山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。
森の国ドイツに住む妖怪
その正体は魔法使い?
ヨーロッパで森の国といえばドイツが思い出されます。
ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家を見つけ、赤ずきんちゃんがオオカミと出会ったのは、森の中でした。伝統菓子のバウムクーヘンは「木のケーキ」です。そして、ハーフティンバーの街並み。また、ドイツの山脈には「チューリンゲンバルト」「ボヘミアバルト」などのように「バルト=森」という名前そのものが山脈を表しています。たまたまNHKで放送していた「旅するドイツ語」では、「シュバルツバルト(黒い森)」地方を旅して、森の恵みのチェリーをいただく話なんかをやっていました。
そんなドイツの、中央部にあるハルツ山脈のブロッケン山へ登るトレイルを歩いてみました。実は、森よりも「ブロッケン」の名が気になっていたのです。登山をする人なら「ブロッケンの妖怪」「ブロッケン現象」として、この地名をよく耳にしているのですが、実際に行ったことのある人は、あまりいないはず。日本からわざわざ行くほどのアルペン的景観が見られるわけじゃないし、鉄のカーテンがあった東西対立の時代までは、東西ドイツの国境地帯で、入ることができなかった所だからです。
「ブロッケンの妖怪」というのは、太陽を背にした自分の人影が後光を伴って霧に投影される現象で、これを昔の人は、神や亡霊の出現と思ってビビっていたらしいですが、山歩きをしていると、日本でもしばしばこの妖怪には出会います。妖怪といっても、その正体は自分なので、手を振ると妖怪も手を振ってくれるのですね。名前の由来となった本場の地で、はたして妖怪に逢えるのか?
麓の町を歩いていると、木骨構造の土産屋のウィンドウには、木工職人マイスターが作ったパイプをふかす人形が並び、レストランでは、ウサギやシカの肉が供されていて、「森の文化」の国に来たなあという感じです。そして、なぜか、ホウキに乗った魔女の人形も目につきました。どうやら、この山は「魔法使いの山」と呼ばれているらしいのです。
妖怪に魔法使い。怪しすぎる山ですが、踏み込むしかありません。しかし、入ってみたら、なだらかで広いトレイルで、全く険しさはありません。ただし、行ったのが真冬でしたので、しんしんと雪が降り積もって雪道が延々と森の中に続いています。「ヘキセンスティーク=魔法使いの道」とのトレイル道標が立っています。たっぷりと雪をまとった巨大なクリスマスツリーのような針葉樹に囲まれた中にいると、ドイツのお話の中にいるようで、さすが森の国です。
分岐して歩いて行ったトレイルには「ゲーテウェッグ=ゲーテの小道」とあります。その昔、ゲーテが歩きながら思索を巡らせた場所でもあるそうです。ゲーテと言われても教養がないのでピンときませんし、テキトーなことしか考えずに歩いているのですが、雪深い森を黙々と歩いてたら、口はへの字に結ばれて、難しそうな顔になりそうです。
ところが、さすが森の民、ドイツピープルは嬉々として、しかも大勢の人々が歩いているのです。半分くらいの人たちはクロカンスキーで飛ばしていきます。どうやら、天気や季節に関係なく、森歩きが大好きな人たちのようでした。
さて、雪の山頂に近づくと、森はなくなり視界が開けるはずでしたが、あいにく霧に包まれてしまっています。それでも一瞬晴れたので、ブロッケンの妖怪に会えるかと期待しましたが、出てきません。代わりに現れたのは、黒い巨体にボオーッと咆哮を上げる怪物!SLがカシュカシュと走ってやってきました。山のテッペンまで観光列車がやって来る、そんな開けた山なのでありました。
●トレイルルート
距離:約8km(トルフハウスからブロッケン山頂までの往復)
時間:約3時間(無雪期なら2時間)
標高:1,141m(ブロッケン山)
●ブロッケン山へのアクセス例
フランクフルト空港
↓
フランクフルト(Frankfurt)駅
↓ICE(高速列車)
ゲッティンゲン(Göttingen)駅
↓RB(準急列車)
バート・ハルツブルク(Bad Harzburg)駅
↓バス
トルフハウス(地図中のTorfhausという集落)