hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 4
Special Issue 4
林業もこなす
アウトドアガイド
2021.8.23
群馬県最北部、首都圏の水源である利根川の源流地にあたるみなかみ町。谷川岳や大水上山などの約2,000m級の山々に囲まれた地に、人口約1万8,000人が暮らしています。温泉やアウトドアスポーツの拠点が充実した観光地であり、ユネスコエコパーク・SDGs未来都市に選定されるなど多彩な面を持った地域です。近年、ライトな形で林業に携わる移住者が増えているというその現況を探るべく、3日間におよぶ濃密な取材を敢行しました。

町一体がユネスコエコパークに登録されたみなかみ町は、アウトドアアクティビティの活動が盛んです。それゆえ、アウトドアをサポートするガイドも数多く暮らしています。季節によって仕事量が左右されがちなガイド業において、複業の一つとして林業をはじめたチームがあります。それが〈モクメン〉です。ガイドがなぜ林業?どうやって両立させているのか。同チームのメンバーであり、アウトドアサービスを行う〈ワンドロップ株式会社〉の代表を務める宝利誠政(ともゆき)さんに話を伺いました。

写真:西山 勲、取材先/文:田中 菜月

林業をはじめて変わった
アウトドアガイドの視点

宝利さん写真提供

夏は山でトレッキング、湖でカヌー、川でパックラフト。冬は雪山でバックカントリーやスノートレッキング。こうしたアウトドアツアーを展開しているのがワンドロップ株式会社です。参加者の要望に合わせてフレキシブルに組み立てるツアー内容が人気を集めています。

ワンドロップの事務所兼受付。宿泊できるゲストルームもある。

日本山岳ガイド協会公認、ラフティング協会公認の資格を保持するプロフェッショナルなスタッフによるアウトドア体験の提供に加えて、染物体験やキャンプ・アウトドアグッズの専門店、宿泊施設、廃校を活用したキャンプベースの運営など、ガイド業の領域を自ら広げています。

モクメンの4人。左から入澤仁さん、須田建さん、宝利さん、中山悠也さん。宝利さん写真提供

その中でも他と一線を画す取り組みが、本業の閑散期に行っているという自伐型林業(※)です。同社のスタッフたちが会社とは別に<モクメン>としてチームを組み、林業に携わっています。

※自伐型林業では、森林経営計画を自ら行い、長い目で見て森林を管理し、持続可能な形で収入を得ていく、自立型の林業を目指す。

みなかみ町で暮らす前はカナダに住んでいた宝利さん。谷川岳に強く憧れて2005年に移住した。

「紅葉が終わってから雪が積もるまでの間はシーズンオフになります。本業が落ち着いてくると、だいたい山仕事をしていますね。『自分たちが普段よく行く山をきれいにしたい』ということで作業できる場所を探して、近くの共有林を山主さんから許可を得て森林の整備をしています。どこの地域も山に入る人がいなくて、植林してから放置されたままの山が結構あるので、山主さんも『好きにやってくれればいいよ』という感じでした」

宝利さん写真提供
ストーブ用の薪になった間伐材。

山での作業は、育てたい木を残し、それ以外の支障木(育てたい木の成長を妨げるような木)を伐っていく間伐がメインだと言います。

「まっすぐきれいに生えている木はもっともっと大きく育てたいというのが一番の思いではあります。ただ、やっぱり僕らはガイドなので、通常の林業とはちょっと違う視点で山を見ているかもしれません。『この木を伐るといいマウンテンバイクのコースができそうだな』とか、『ここを林道にするとトレイルランニングをするのにいいんじゃないか』とか。もちろんその優先順位は低いですが、そういったことをイメージしながら森林の整備をしている感じですね。実際、『この木がなかったら、いいラインで滑れるのにな』と思っていたところを偶然間伐することになって、そのあとスキーで滑ったらすごく滑りやすくなっていました。自分たちのフィールドを広げることにもなるので林業はいいなと思いましたね」

林業の仕事をしているときはガイド視点が、逆にガイドをしているときは林業の視点が混ざり合うのだと宝利さんは話します。

「今まではガイドをするときに、季節によって花や雪の話をすることはありましたけど、木の解説はやってきませんでした。でも、林業をはじめてからは、ガイドで山の中を歩いているときに話す内容の幅が広がったと思います。『この木を燃やすとこんな燃え方するんだよ~』『こっちの木は乾燥する過程ですごくねじれるから、住宅材に使われないんですよ』とか。そんな話が混ざるようになりましたね」

自分がガイドを受ける立場だとすると、案内してくれる人が自然や木に詳しければ詳しいほどうれしいものだと思います。だからこそ、宝利さんのようにガイドと林業2つの視点があることは、それ自体にとても価値があることだと感じました。

ミツバチの巣箱。採れたハチの巣でミツロウづくりも行う。
ハチの巣を精製してつくったミツロウ。
販売用の丸太にミツロウワックスを塗り込むスタッフの大蔵萌子さん。森林整備で出てきた木材は薪だけでなく、インテリア用の丸太に加工したり、コースターにしたりして、自社のショップやイベントで販売している。

アスリートの
セカンドキャリアに林業?!

ところで、宝利さんたちが林業をやってみようと思ったのはなぜだったのでしょうか。当時のことを振り返ってもらいました。

「林業で食べて行こうとか、それでガッポリ稼ごうという思いはなくて。みなかみ町の山に冬も夏もガイドで入っていると、太陽の光が入ってこないぐらい木が密になっているのが気になっていました。それに、ヒルが増えている理由も木が密集してじめじめした環境が影響しています。自分たちで山の手入れをしたい思いはあったんですけど、山で木を伐る技術も知識も当時はありませんでした。そもそも勝手に人の山を伐るわけにもいかないですし。ちょうどそんなときに町で自伐型林業の研修が開催されたんです」

研修に参加してみたところ、アウトドアガイドとしての経験が存分に活かされることに予期せず気付かされたと言います。

アウトドアやキャンプなどで活躍する「バウラインノット」

「何十年も林業をやっているベテランの先生に教えてもらっています。その中で木にロープをかける講習もあるんですね。僕らもロープワークは仕事の一環でやっていて、常に海外からも新しいロープの技術を吸収しています。それを林業で活かせるなって思うシーンがあって、先生に教えてもらった結び方とは別に、川や海で船を結ぶときに使う方法でやってみたところ、『こっちの方が速くて、楽でいいね』って言ってくれたんですよ」

同じ自然が対象だから当然のことなのかもしれませんが、林業とアウトドアの親和性は高いことが伺えます。アウトドア方面から林業に携わる人も増えてくるのではと宝利さんも話します。

「少しずつですけど、みなかみ町でもアウトドアガイドをしながら林業をする人は増えていますね。やってもやりきれないくらい日本は山があるので、もっとたくさんの人とできたらいいなと思います」

こうしたアウトドアガイド以外にも、アスリートのセカンドキャリアの一つとしても林業に光が当たりはじめているようです。2年前、スポーツ選手のスポンサーをしている企業の関係者などが集まり、選手たちのセカンドキャリアと林業に関する会議が開かれ、宝利さんもスピーカーとして参加しました。

「第一線で活躍した選手でも、引退後に誰でも仕事に就けるわけじゃないんですよね。セカンドキャリアとしてどんな仕事ができるかということで、自伐型林業は一つの道なんじゃないかと。もともと体力や筋力もありますし。アスリートのセカンドキャリアとしての林業は、これから増えてくる可能性はあると思います」

実は、モクメンのメンバー兼ワンドロップのガイドである中山悠也さんも元日本代表選手のスノーボーダー。「仕事がなくてスポーツから離れていってしまう人をたくさん見ているんですよね、彼も。ある程度稼がないと生きていけないから、自分がやりたいこととは全然違う仕事をする若者をたくさん見てきたと思います」と宝利さん。

中山さんのようなアスリートが、働きながらスポーツも続けていく地盤として、林業は案外いいのかもしれない。思わぬ模索が進みはじめていたのでした。

ワンドロップの事務所から見える谷川岳。この景色に惹かれて、この場所に事務所を構えたという。

この先、宝利さんは山と、アウトドアと、林業と、どう付き合っていくのか。思い描く将来のことを聞いてみました。

「アウトドアガイドは体力も筋力も使うので、状態を維持できるようにトレーニングしていますけど、それでも年齢を重ねると衰えていくものなので限界があります。かたや、林業で教えてもらっている先生たちは60〜70代が多いです。あんなに太い木を安全にきれいに伐り倒しているのを見るとすごいなって思うのと同時に、僕らもこの先林業は続けていけるんじゃないかなと思わせてくれます。仮に体力が低下してアウトドアの仕事が難儀になってくる中で、ガイドの仕事をちょっと減らして林業を増やすとか、バランスをとってやっていける気はしています」

自分の人生を長い目で見たときに、歳を重ねても続けられる一つの生業として林業に可能性を感じているようです。

「あと若者をどんどん育てていきたいです。そうすれば自分たちは林業の時間を増やして、若者にガイドの仕事をまわせるようになりますし。そんなふうに循環できたらいいなって思ってます」

たとえ異業種でも、普段から自然の中に身を置いている人や、身体を動かすのが得意な人こそ、林業との親和性がいい。そんなことを教えてもらった取材でした。こうした先人たちが増えていくことで、林業の世界へ飛び込みやすい環境が少しずつ生まれています。

●Information
ワンドロップ株式会社
〒379-1303 群馬県利根郡みなかみ町上牧2230-1
TEL 0278-72-8136
HP https://onedrop-outdoor.com/
Instagram https://www.instagram.com/p/CQnHmp_saKM/
Facebook https://www.facebook.com/OnedropOutdoor/

1
みなかみ町ってどんなところ?
2
クラブ活動的林業のすすめ
3
WOOD JOB!な田舎暮らし
5
起業したり、テレワークしたり、温泉入ったり
6
移住者と地元住民のご近所関係
7
編集部の取材レポート
8
移住したらこんな特典が!
田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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