みなかみ町の中でも中心部から離れ、最北に位置する“藤原地区”は、尾瀬ヶ原の湿原に隣接した豊かな自然を持ちます。この地域でも今年から新たな自伐型林業チームが動き出していると聞き、そのチームのリーダー的存在である地域アドバイザーの北山さんと、地域おこし協力隊として加入した伊良皆さんと柳沼さんに話を伺いました。
群馬の最北端で
作り上げていく暮らし
藤原地区はみなかみ町の中でもひときわ特徴的です。関東でありながら夏は高原特有の爽やかさに包まれる一方、冬は深い雪に閉ざされてしまいます。ある種、町の中心部とは違った生活の中で「ないモノは自分たちで作る」という気概が強いのが、この地域の特徴なのかもしれません。
「(群馬北部の)どこへ行っても『藤原に住んでます』って言うとだいたい絶句されるんですね。住んでいるだけで『すごいね』って言われるんです。大体住んだことない人が言うんですけどね(笑)」
そう教えてくれたのは、藤原地区で10年以上前に古民家を自ら改築し、独自の暮らしを作ってきた北山郁人さんです。今では、すっかり藤原に腰を据えている北山さんももともとは移住者。東京奥多摩の秘境からやってきました。奥多摩では、農山村の再生事業や自然学校の立ち上げに関わってきたといいます。現在は林業の他にも、農泊事業を進める「みなかみ町体験旅行」で常務理事、藤原地区では「NPO法人奥利根水源地域ネットワーク」代表、茅葺(かやぶき)屋根の材料である茅を生産する「森林塾青水」の塾長を務めており、その活動領域は多岐にわたります。
藤原地区ではすでに自伐型林業の活動している人が10人ほどいます。アウトドアガイド×林業で生活を作る人がほとんどです。個人事業主の集まりで、特に決まった団体名はありません。他の取材先では「北山さんのところ」で会話が成立するほどで、藤原地区では北山さんが中心的な存在なのだとすぐにわかります。
そんな中、2021年度に地域おこし協力隊の活動チーム「みなかみWOOD JOB!」が誕生しました。メンバーは、地域おこし協力隊として着任した伊良皆さんと柳沼さんの2人。その2人に道具の使い方や藤原地区での暮らしを教えるのが北山さんです。優しい師匠に元気な弟子ができた、そんな温かい関係の3人です。
伊良皆さんと柳沼さんにとっては、まだまだ始まったばかりの移住生活。これまで体験したことのない林業になぜたどり着いたのか?そもそも何を考えて藤原地区を活動拠点とすることにしたのでしょうか?
トロンボーンを置き
田舎でチェンソーに持ち替えて
地域おこし協力隊として、みなかみWOOD JOB!で林業を学ぶ伊良皆さんと柳沼さん。それぞれ、みなかみ町に惹かれた理由はまったく別のところにありました。
以前は群馬県高崎市に住みながら隣村の自衛隊で音楽隊に所属し、トロンボーンを演奏していたという伊良皆高史さん。移住の動機は“田舎暮らしへの憧れ”でした。
「みなかみに来る一番のきっかけは林業ではなくて、田舎に住みたいなとの思いからでした。移住先での仕事を考えている際に林業を紹介して頂いて講習に参加し、林業について学んで。とてもやりがいがありそうだなと感じて始めました」
高崎市にいるころからキャンプでみなかみ町に来ていたこともあり、場所や冬の厳しさは知っていたといいます。最後に背中を押したのは「PLAY FUJIWARA」(http://play-fujiwara.net/)というサイトでした。そのサイトはまさに、北山さんとカメラやデザインを担当する夏目さんが仕掛けたものです。アウトドアやアクティビティを中心とした藤原地区の魅力が詰まっています。
伊良皆さんが移住を本格的に検討し始めてから1年。移住するまではとんとん拍子だったといいます。とはいうものの、小学校1年生と4歳になる子どもたちを含めて、家族で移住について時間をかけて話してきました。
「家族も割と乗り気でしたね。反対をゴリ押ししてきたわけではなく、家族みんなで『じゃあ行きましょう』という感じで来ました。子どもは右も左もわかってないですけど、だからこそ今のうちに来ようと思って(笑)」
みなかみ町へ移住する際の唯一の条件は、都内に通う奥さんのために新幹線駅の近くに住むことでした。そのため、家族で暮らしているのはみなかみの中心部・月夜野(つきよの)です。(月夜野から藤原までは車で40分。月夜野は、新幹線や高速道路など交通の便が良い)月夜野には、雪に閉ざされるような冬は来ません。北山さんが、「便利なとこに住んでるな~(笑)」というのも納得です。
同じ町の中で、地域によって顔が違うことがみなかみ町の特徴です。便利な地域に住みながら、自然の中で働くことを選べるという環境は暮らしやすさにつながっているのでしょう。
身体を使ってはじめてわかる
森の魅力
みなかみ町に来る以前は、人材・組織開発、企業の研修をコーディネートする仕事をしていたという柳沼翔子さん。相手と心を開いて話す経験を重ねるうちにあることに気付きました。それは、「会議室よりも森の中の方が本音で話してくれる!」というもの。確かに、会議室では仕事の雰囲気が抜けずにどこか緊張感があります。本音が思わず口をついて出るのは、森の中の安心感故なのでしょう。それならば、豊かな環境の中で自分の内面と向き合えるように活動したいと思い、行きついた場所がみなかみ町藤原地区でした。
柳沼さんは「リトリート」と呼ばれる取り組みを森の中で行っています。
「リトリートの語源って、『逃避』『隠居』『エスケープ』みたいな意味があって。普段とは離れたところで自分を見つめ直すみたいなことを『リトリート』と呼んでいるんです」
リトリートだけでも十分面白い活動であるのになぜ、林業も始めたのでしょうか?そのきっかけはまたしても北山さんにありました。それは豊かなブナ林が広がる「奥利根水源の森」でリトリートを開催する場所を探していた時のことでした。
「森の中の道が整備されずになくなっていて、遭難しかけたんですね。それで、地元の人に『山を案内できる人いませんか』と聞いて、北山さんと出会ったんです。当初は森の中で静かな時間を過ごそうかなと思ってたんですけど、北山さんに森を案内してもらううちに林業にも関心が向くようになったんです」
林業を進めることは、リトリートのフィールドを整備することにもつながっています。現在のリトリートのプログラムには、さっそく間伐体験や薪割りが加わりました。参加者の反応も上々のようです。
「薪を背負ってもらう時の、ずしっていう感覚は東京にいるとないから、『木がこんな重いのか!』という感覚で、パワーを全開に出してもらってます(笑)」
普段のオフィス街を抜け出し、身体や感性を存分に使う機会は大切なものなのでしょう。自然の中で動き、感じることが自分の本音に近づく第一歩なのかもしれません。
柳沼さんが北山さんと一緒に活動する理由は他にもあります。それは「北山さんから生活の知恵を受け継ぐこと」です。
「この前、北山さんがケガしたんですよ。もしそのケガが命に関わるものだったら、今やっている炭焼きや茅場刈り(茅葺屋根の材料を作るために管理されている場所の下草を刈る)、林業がすべて終わっちゃうなと思ったんです」
林業もリトリートも森の命があって初めて成り立つものです。命の危険と近い場所では、ベテランも新人も関係なく、特有の緊張感があります。楽しさも厳しさも一緒に、森の生業を引き継ぐ、それがみなかみWOOD JOB!のもう一つのあり方なのかもしれません。
清々しさと戸惑い
初めての山仕事
生い立ちも移住してきた経緯もまったく違う2人。町の林業研修会に参加しているとはいえ、当然これまでに林業の経験はありません。初めてだらけの山仕事をどのように感じているのでしょうか?まずは伊良皆さんに聞いてみました。
「想像通りのことの方が多いです。肉体労働ですし。でも、森の中で作業することが多いので変なストレスは感じません。清々しい疲れを感じながら日々を送れてますね」
取材した日は、刈払い機で茅場の下草を刈り取る作業を行っていました。あいにくの雨模様でも見渡せば谷川連峰をはじめとした山々が顔を出しています。「清々しい疲れ」というのも納得の環境です。
今回が刈払い機初挑戦だった柳沼さんはどうでしょうか?
「自分にできる作業だというのが、喜びでしたね。チェンソーもユンボ(油圧ショベル)も誰かに見ててもらわないとできないので。刈払い機も油断すると石が飛んできたり、跳ねたりするので、ケガがチェンソーより多いということには納得しました」
さらに、一緒に山仕事をするメンバーのことも教えてくれました。
「関わっている方たちが強くて、かっこよくて、優しいんです。刈払い機の刃を取り替えるだけの作業もできなくて、本当に毎日、自分で自分のポンコツさにびっくりしています(笑)。ペーパードライバー なのにユンボに乗ってますし。キャタピラ(車輪のような部分)の右と左が別々に動くことにパニックになってしまうんですけど、誰かが付きっきりで見てくださるんです。他にも、ユンボに乗っているときにふと止まって、ミミズを逃がしてあげるんです。皆さん力は強いんですけど優しいので、そんなところに救われていますね」
肩書きはどんどん増えるけど
生きていくってそういうこと
みなかみ町藤原地区を中心に山暮らしを作ってきた北山さんは、この地で自伐型林業に取り組む意味をこう話してくれました。
「林業ってもうみんな駄目だと思っているじゃないですか。でも意外と、そうでもないなということもあったり。だから色んなものを組み合わせて、田舎で暮らしていける形が作ることができればと思っているんです」
例えば、みなかみWOOD JOB!が作った道を森林ガイドのフィールドや農林業体験も含めた体験プログラムに使うことも考えられます。
取材時に作業していた茅場もその組合せの一つ。北山さんが関わる「森林塾青水」が15年もの間、都会の人と一緒に保全してきた茅場は、文化庁から指定を受け、毎年関東一円の文化財修理に使われています。エコパークに指定されるみなかみ町にとってこの茅場は象徴的な場所なのです。
伊良皆さんと柳沼さんが所属する協力隊の任期は最長で3年。北山さんから自伐型林業を学びながら、その後の生活について思い描いていることを聞きました。
伊良皆さん「協力隊で3年終わった後もみなかみ町に住みたいなと強く思っています。住んでみてとても良いとこですしね。みなかみの人には『景色なんてすぐ飽きるよ』って言われましたけど、全然、飽きないですね!3年後に住んでいる場所は月夜野じゃないかも知れないですけど。みなかみで暮らしていけるようにしたいですね」
柳沼さん「なんとなく2つ浮かんでいます。水源の森を再生して、自然と人が共生するモデル地域にしたいなというのが一つ。もう一つは、木で社会と経済が豊かになる・変わることがどういうことなのか興味があって、木材ステーションや他の自伐型林業のチームと連携しながら木の流れで町を良くする取り組みに関われたらと考えています」
初めは林業だってなんだかわからないけど、自伐型林業をきっかけとして一つずつわかるようになって、できるようになっていく。その環境がみなかみ町にはあります。そうして、できることの範囲が広がり肩書きが増えます。もちろんその中で活動の範囲も広がり、町に関わるあらゆる人とのつながりができます。
現在みなかみ町には、自然やアクティビティに惹かれていろいろな背景を持った人が住み始めています。ワーキングホリデーで滞在する海外の方も増えました。さまざまな人がいるから、多種多様な森の使い方が生まれる。伊良皆さんや柳沼さんもきっとそうで、「森とトロンボーン」や「林業ビジネスとリトリート」、そんな新しいジャンルが生まれたなら、さらに多くの人が森と接点を持つはずです。次に藤原地区を訪れたときに、2人はどんな肩書で生業を広げているのか今後の活動に注目です。
●Information
みなかみWOOD JOB!
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