Forest Shutter 森の暮らし
# 11
自然のままの自然と
人の居場所の境界
茂庭甲子の場合
2022.9.9

森と共に暮らす人々の日常をフィルムカメラで切り取る「Forest Shutter」。連載第11回目は、岩手県奥州市を拠点に造園業を行っている奥州造園・茂庭甲子さん。山や川を遊び場としながら、そこから受け取ったインスピレーションをもとに造園を行うという茂庭さんが自然に対して感じていることとは。

写真・文:宮本 拓海/(写真は茂庭さんからも提供いただきました)

庭師の仕事に感じていること

父親が開業した会社「奥州造園」で働き始めたのが、2015年。今は会社を継いで、代表を務めている。事務所があるのは、岩手県奥州市。近隣の岩手県南を中心に、個人住宅や店舗などの、庭木の管理や植栽をする造園業をしている。

居住空間の中に自然が感じられる、気持ちいい場所をつくる。庭師として私が行っている仕事だ。

庭の捉え方は人それぞれたくさんあって、自然なものだと考える人もいれば、芸術的な空間として考える人もいる。その中で感じているのは、あくまで家の延長で居住空間のひとつだということ。

造園業をすることになったきっかけは、父に声をかけられたこと。それまでは、盛岡に本社がある古着屋で働いていた。古着屋では、すでにつくられたものを繰り返し活用する仕事に携わっていたけど、自分で一からなにかを生み出す仕事にも就きたいと考えていたから、庭師になるのもいいなと思った。それと、庭を通して、日本文化を勉強したかったのも理由のひとつ。

古着屋で働いていた頃は、海外に行くこともあって、現地の人たちと交流する機会がたくさんあったけど、そのときに自分が日本の文化を聞かれても答えられないことがすごく恥ずかしくて。なんでかというと、それまで自分は海外の文化をすごく好んでいたから。音楽も洋楽ばかり聞いていて、ヨーロッパやアメリカ、南米の方にばかり興味を持っていた。

そんな中で父親がしていた造園の仕事は、日本文化に密接していることだから、当時の自分の考えに合っているなと思って、やることを決めた。

だから、庭師になった今はうちの田んぼで取れた稲わらで冬囲い用の藁ぼっち(霜焼けから植物を守ったりする)を編んだり、少量だけど門松もつくったりしている。昔ながらの技術や手法、地域の特性を勉強しながら、それらを生かした造園を続けていきたい。

仕事をする上で意識しているのは、庭に自然のオマージュをどう落とし込むかということ。最近、仕事をしている中で、自分の家の庭の景色が生きがいだという老人と出会った。その老人は、もともと山が好きだったけど、歳をとって自分で山に行くことができなくなってしまったという人。だからこそ、窓から見る景色がすごく重要で、それが人生の支えになっていると話していた。

庭がそこまで人の人生において、重要な役割を果たすものだと思っていなかったから、すごく刺激を受けた。その人にとって、感じられる自然は庭がすべて。だからこそ、その人がどんな景色を見たいか、よくコミュニケーションを取りながら、造園をすることの重要性を改めて感じさせられた。

いつも仕事のインスピレーションは山から受け取る。山ではよくトレイルをしているのと、去年からは川にも入って、テンカラ釣りとフライフィッシングを始めた。

川で遊ぶようになると、実はきれいだと思っていた場所でも、汚いところが多いことがわかった。特に汚れているのは、人の家がすぐ近くにある川。そのことに申し訳なさを感じて、自分の仕事でなにか解決できることはないかと考え始めるようになった。

自分も含めて、ブーム的に多くの人間が自然の植物や生物のバランスが取れている場所へ立ち入るのはとても慎重になるべきなのかもしれない。

短期間で多くの人が入ると、山や川はどうしても植生バランスが崩れたり、汚れたりしてしまう。そこに棲む動物たちも、人が入ってくると居心地が悪くなる。だから、人が山や川に入りすぎないために、里山や庭のような、人が管理する自然が重要なんだと思う。

人がそこに留まっていてくれたら、自然のままの自然が守られていく。そういう意味で、庭師は農業や林業、漁業などと同じように、自然を守ることにつながる仕事のひとつだと思っている。

山や川、身近な自然を守る

岩手は山や川、自然が身近ですごく暮らしに密接しているから、その環境のすばらしさをすごく感じることができる。やっぱり山とか川って、居心地がめちゃくちゃいい。そこをちゃんと守っていきたい。

正直、庭師という仕事にこだわりがあるわけじゃなくて、職業はただの道具で、普段遊んでいる場所を守りたいというのが一番。やっぱり自然が荒れていく状況を見ていると、責任感を感じるし、無視できない。

自分が大切にしているものに暴力を振るえないような気持ちに近いと思う。家族じゃないけど、遊んでいるとすごく身近な存在に感じてくる。

もともと古着屋で働いていた頃とかは、自分で管理できないから、もらった花は捨てたりしてたのにね。やっぱりちゃんと自然を知ると、すごく大事にしたくなるんですよね。今は、植物の力は偉大だなと思っています。

宮本 拓海 (みやもと・たくみ)
1994年生まれ。岩手県奥州市出身。2019年4月から企画・執筆・編集を行うフリーランスとして活動。その他、Next Commons Lab遠野ディレクター、日本仕事百貨ローカルライター、インターネットメディア協会事務局などを務める。将来の夢は、奥田民生のように生きること。