Forest Shutter 森の暮らし
# 8
心身に刻まれた植物の巡り
小森夏花の場合
2021.2.10

森と共に暮らす人々の日常をフィルムカメラで切り取る「Forest Shutter」。連載第8回(前回はこちら)は、続編となる家族で「七草農場」を営む小森夏花さんのお話。「循環と共生の毎日から教えてもらったこと」のスピンオフ篇として、長年の暮らしの中で心身に刻まれた植物の巡りと伊那谷で暮らす人々について綴ってもらいました。

写真・文:小森 夏花/イラスト:小森 朝登/編集:村松 亮

植物と共に巡るわたしたちの暮らし

同じ場所にずっと暮らしていると、ここにはこの植物がこの時期に出る、というのがインプットされて、頭と体にゆるやかな地図のようなものができる。

左/タラの芽 右/コシアブラ
左/タラの芽 右/コシアブラ

早春。もう保存の野菜が尽き始める頃の野草は貴重な食材だ。フキノトウは油と塩で炒めて油味噌に。アサツキはネギの代わりにどんな料理にも刻んで入れる。よもぎの新芽は山ほど摘んでよもぎもちに。つくしはハカマを取ってつくしごはんに。家の裏山は山菜の宝庫。学校が終わった子どもたちと採りに行く。たくさんあるのはコシアブラ。タラの芽も少々。かごいっぱいに入れて野山を駆け巡る。「こっちにいっぱいある!」子どもたちの見つける早さと俊敏さには敵わない。知恵がついてきた今年、子どもたちはきれいに揃えて近所の直売コーナーに売りに行った。陳列した先から「お兄ちゃんたちが採ったの?」とおばさんに声をかけられ、「じゃあ買っていかなきゃねえ」と買って頂いた。「やった!!」。

こうやって、売ることや買うことの知恵や面白さ、お金を得るということを自然に学んでいくことはおこづかいを簡単に渡すより、ずっと面白い。

初夏、桑の実がこれでもか、と実り紫色に染まる。子どもたちは猿のように木に登って頬張る。私もその横でボウルに集めて、桑の実入りのチーズケーキを作る。それと同じ時期に木いちごも採り頃だ。食べるのは人間だけではなくて、鳥やスズメバチ、蟻も食べに来る。

小さなカメムシがくっついていて、夢中になって食べているとたまに口の中に入ってしまうことがあって、それは悲惨なことになる。

アケビ

秋は栗、そしてアケビ。子どもたちはシャツのおなかの部分を引っ張って、山ほどの栗を貯めて来る。たいがい運動会のごはんは栗ごはんになる。アケビは種をぷっぷと飛ばしながらなめる。食べるところは少ないけれど、甘ったるい濃厚なミルクの味。柿も採って干し柿に。

この辺りは渋柿ばっかりだけれど、渋柿が木の上で熟すととろとろの甘い甘い柿になる。我が家ではそれをうる柿、と呼んでいて、みんなで口の周りをべたべたにしながら食べる。…こうして植物が季節の巡りを教えてくれるのだ。

山の暮らしに虫はつきもの
共存するためのあれやこれや

山がすぐ横にある我が家は嫌でも虫と一緒に暮らさねばならない運命だ。まず多いのがカメムシ。秋は寒さを避けて冬眠に入るカメムシがわんさかと家の中に入って来る。どんな隙間でも平べったくなって入り込む。取り込んだ洗濯についていることも多くて、着ようとするとあの匂い。どんなに美しく暮らす家でも山際の家は避けては通れない道。あんまり多いのでいちいちティッシュに包んで捨てる訳にもいかず、掃除機で吸うと臭いにおいが掃除機から発せられる。

そんな時、農家の先輩に教わったのはペットボトルにカメムシを捕まえる方法。ペットボトルに死んだカメムシが入っている様子ははっきり言って他所様にはお見せできない代物だ。でも知り合いの家に行ったらその家ではカメムシが油の入った瓶に油漬けになっていた…。これがお金だったならあっという間に億万長者なのに…。毎年つぶやく山際の家の住民あるあるだ。

とうもろこしについたマイマイガ

農家にはそもそも虫はつきもの。キャベツやブロッコリーに青虫がいっぱい発生してしまって、延々と取ることもある。そんな時はバケツにためて飼っている鶏にやると、もう大興奮。大騒ぎの押し合いへし合いの取り合いだ。他にも見た事もないような巨大イモムシや自在に飛ぶカマドウマ(大の苦手)、何十年かに1度大発生するというマイマイガの幼虫の襲来、お風呂に入っていてふと上を見上げると目に入る巨大蜘蛛。

都会で暮らしていたらその存在すら知らないような生き物たちの世界が、実は自分たちの暮らしのすぐ横にあるんだ、と気づく。

まるで大きい家族のように、
ゆるやかにつながる伊那谷の人たち

伊那に来てたくさんの人と知り合った。一緒に子育てをしてきた友人たち、お互い自営業でがんばっている友人たち、ここでの暮らしの知恵をたくさん教えてくれた近所の方たち、野菜を買いに家まで来てくれるお客さん、そんな人たちがまたそれぞれつながっていて、一緒にイベントをしたり、持ち寄りでごはんを食べたり、自分の店でうちの野菜や米や小麦を使ってくれたり、お互いのものを物々交換したり。いつもいつも一緒じゃないけれど、それはゆるやかにつながっていていざという時には、お互いできることで助け合い、支え合い、力を出し合う。

そんな関係は大きな家族みたいで、心地いい。出会った時は小学生だった子が今ではすっかり青年になって、我が子を連れだして川へ海へと遊びに連れて行ってくれる。子どもたちが立て替えてもらったお金を返そうとしたら「いいですよ、僕もそうやって大人の人たちに色々してもらったから。また子どもたちが大きくなったら次の子たちにやってあげて」と言われて、いつの間にか立派になってこんな風に自分が支えられるようになるとはなあ、と泣けてしまった。

人も巡っていくもの

そう言えば、今年の田植えと稲刈りでは我が子たちが今までにないくらい大活躍だった。根気よく稲を植え、バインダーを自在に動かして稲を刈り、何束もの稲を担いで運び、合間に生き生きと田畑を転げ回って遊んで大笑いして。人はだんだん老いて出来ないことが増えてくるのだろうけれど、こうして世代って交代して、巡っていくんだなあ、となんだかしみじみと嬉しい気持ちになったのだ。

村松 亮 (むらまつ・りょう)
株式会社シカク/プランナー、プロデューサー、編集者。中央アルプスと南アルプスに挟まれた広大な谷である伊那谷に家族と暮らす自宅をもち、オフィスは東京と2拠点生活を行っている。2020年春、noruプロジェクトをローンチ。移動を題材にしたwebメディア『noru journal』と、ガレージスタジオ「noru studio」(2020年6月OPEN)を運用している。