Forest Shutter 森の暮らし
# 4
いつか家族が戻ってこられる場所に
料理人 宮下広和の場合
2020.5.31

山や森で暮らす人たちの日常生活を切り取る連載の第4回は、料理人の宮下広和さん。Uターン後、長野県伊那市で創作バル「FLATT」をオープン。現在はオーナーシェフでありながら、地域とのアウトドア・プロジェクトに夫婦で参画し、それ以来、これまでになかった家族との豊かな時間が人生に加わったのだそうだ。

写真・文:宮下広和/編集:村松 亮

夢は語ってみるものだ

僕が地元である長野県飯島町に帰ってきたのは23の時のこと。長女を授かったことがきっかけとなった。3年ほどの遠距離恋愛を乗り越え、結婚。家族ができたら“自分の育った場所で家庭を築きたい”と当たり前のように思っていたから、Uターンをすることに何の迷いもなかった。

料理人を目指していた僕は、修行の日々を送っていた。料理人になりたいと思ったのは、親戚のお兄ちゃんがかっこいい料理人だったからだ。その後のたくさんのご縁を通して、「自分の店を持つ」というビジョンが明確になっていった。30までに自分の店を出す。26歳、大きな目標を掲げた。すでに3人の子どもに恵まれていた。

夢は語ってみるものだ。お店を出したいということは、ずっと口にしていた。ある年、先輩から「いい物件があるからまずは君に紹介したい」と声をかけていただいた。その物件を一目見て、ここならイケる!と確信し、1人で即決。でも家族は猛反対。それもそのはず、4人目の子を授かっていた。何度も家族会議を重ね、最後には妻も両親も「一緒にがんばろう」と背中を押してくれた。

妻の話によると、僕は彼女に出会った日に将来の夢について語っていたんだそうだ。そしてそれを聞いた彼女は、僕と結婚することを直感的に感じたんだという。きっと彼女はその時から僕と一緒に店を営むことを決めてくれていたのかもしれない。

その後、妻は無事に出産を迎え、その傍ら事業計画を、僕はお店作りに徹した。そしてついに店を出した。やろう!と決めてから3ヵ月後のことだった。それからは2人で店に立ち、仲間の手を借りながら、来てくださるお客さんに応えられるように突っ走るだけの日々。

妻との二人三脚の経営は、それはそれは楽しくて。夫婦というより同志。ライフパートナーでもありビジネスパートナーでもある。店を出すことで、お互いが尊敬しあえる最高な関係を築くことができたのだと思う。

田舎ゆえの悩み
4人の子育てと、仕事とのバランス

それでも、いつも頭にあるのは4人の子どもたちのこと。店が忙しくて家を留守にし、両親に頼る日も多くあった。そんな生活が約2年続いた頃だろうか。僕たちががんばれるのは”子どもたちのため”と割り切ることができるようになってきたあたりから、少し気持ちがラクになってきたような気がする。そして子どもたちのためにできることは何だろう、と考えるようになっていった。

当たり前だけど、田舎は車社会だ。年頃になってきた子どもたちに習い事を、と思っても、忙しい僕たちには送迎ができない。両親にもこれ以上の負担はかけたくない。ならばいっそのこと、家の周りに大きい遊び場をつくっちゃえばいいのでは? 妻はそんなことを口にしていた。

そのうちに地域のさまざまなご縁がつながり、町をあげて千人塚に遊び場をつくるプロジェクトが発足することになった。千人塚とは、戦国時代には山城があった場所で、現在はため池と桜、さらにオートキャンプ場、マレットゴルフ場など地域のみんなが集える場所。店は3年目を迎え、少し落ち着いてきた頃で、新しいチャレンジをするにはいいタイミングだ。妻から一緒に参加しよう!と誘われ、躊躇なく手を挙げた。

それからは店にいることが趣味だった僕も、マウンテンバイクにSUP、釣りなどアクティビティをする時間が増え、仕事の息抜きを子どもたちと一緒に味わうことができるようになった。おのずと地元にいる時間が増え、この場所をより強く愛せるようになっていた。

「やっぱり自分たちの手でこの地を守ろう!そうすれば、子どもたちが遊びやすい場所になる。いつか離れたとしてもまた帰ってこれる場所ができる」そう思った。そして何年かが過ぎた頃、町から千人塚の管理を誰かに委託したい、という話をいただき、妻が主に担う形でありがたく引き受けた。

「いってらっしゃい!」
「おかえり!」が言える喜び

生活は大きく変わり、妻はいきいきと楽しそうにしている。何より規則正しい生活が送れること。子どもたちに「いってらっしゃい!」「おかえり!」が言えること。週末子どもたちと遊びながら仕事ができること。外の空気を吸えること。四季を感じながら仕事ができること。地元のおいちゃんおばちゃんが良くしてくれること。当たり前のようで当たり前じゃない。

子どもが笑って、大人も笑う
全力で自然と向き合っていきたい

罠にかかった鹿をいただいたときのこと。いつもは父と僕とで捌くのだが、小2の次男がやりたいと言い出した。急なことだったから、少し戸惑った。いつもおちゃらけている次男だけど、真剣な眼をしていた。そして皮を剥ぐのを手伝ってもらった。森の中で暮らし、その恵みを享受することで僕ら家族は生かされている。子どもだからまだ早いとかじゃなくて、子どもにこそわかるように伝えることが大人、親の責任なんだと思う。森の中で夢中になって遊ぶことで、自然と命の尊さを子どもなりに考える。この日常はきっとこれからの糧になっていってくれるだろう。

まずは、大人が全力で自然と向き合う姿を見せていきたいし、できるだけ子どもたちと一緒に感じたい。親元を離れるまでクソ楽しい人生にしてあげたい、と思う。
目下の夢は、千人塚にオーベルジュをつくること!ゲストと一緒に山に入って山菜、キノコ採り。そして山の幸でおもてなしする。夢は広がるばかりだ。子どもたちも巻き込んでみんなで楽しんでいきたい。

※「千人塚公園」は、長野県上伊那郡飯島町の中央アルプス国定公園。キャンプ場などの施設もあり、城ケ池では、SUP、カヌー、ヨットや釣りも楽しめる。
https://senninzuka.site

村松 亮 (むらまつ・りょう)
株式会社シカク/プランナー、プロデューサー、編集者。中央アルプスと南アルプスに挟まれた広大な谷である伊那谷に家族と暮らす自宅をもち、オフィスは東京と2拠点生活を行っている。2020年春、noruプロジェクトをローンチ。移動を題材にしたwebメディア『noru journal』と、ガレージスタジオ「noru studio」(2020年6月OPEN)を運用している。