Forest Shutter 森の暮らし
# 1
伊那谷の⼭の暮らし
片桐家の場合
2019.12.1
深い山で暮らす家族にフィーチャーする「Forest Shutter」。記念すべき第1回目は、山々に抱かれた伊那谷に移住し、旦那さんは東京との2拠点で活動している片桐家。マウンテンライフを、住人自身による写真日記として残してもらいました。そこには、家族にしか写せない瞬間が詰まっていました。
写真・文:片桐 亮/編集:加藤直徳

無理をしない山の暮らし。
2つの場所でしか実現できないもの。

3年前、東京から長野県の駒ヶ根市に移住し、平日は東京で単身赴任、週末は長野の自宅に帰るという2拠点生活をスタートさせた。森に暮らしているようでいて、一週間のほとんどを東京という都市の中で過ごしている。ゆえに、山暮らしのために身に付けたい知識やスキルの習得は牛歩の速度。

それでも大人になってから家族と共にゼロから始める生活は、”生き方の幅と深度”を広げてくれると思う。今まで培ってきた能力のほとんどが役立たない、自然に囲まれた暮らしの中でしか、虫の侵入を防ぐ方法も、煉瓦の積み上げ方も薪棚の作り方、熊の鳴き声の聞き分け方も……いまだに身についていないけれど、身につけようとそもそも踏み出すことはなかったから。

長女が通う自然保育の保育所で開催されたチェーンソー講習会に参加。講師の先生に群がる父ちゃんたちの様子を眺めながら、東京でのランニング講習会の風景と似ているなぁ、と感じた。フォームにシューズに、マニアックな質問で講師に迫るランナーたちの熱気に近いのかもしれない。移住後、家のスペースが大幅に広がり、道具は増える一方でも、その道具を使いこなすスキルアップはなかなかそれと平行しない。

家の薪は斧でせっせと割るが、幼稚園での薪割りは田舎では周囲から羨ましがれる薪割り機を使う。この作業を任されるたびに「我が家にもほしいなー」と指をくわえてしまう。地元の人はこうした使用頻度は低いが価値ある重機や工具は仲間とシェアして購入することもあるそう。誰かと道具をシェアすることで、スキルを学び合うこともできるのが利点なのだと思う。

我が家のデッキから眺めた庭。引っ越してから2回ほど大掛かりな伐採をしたので、木々の隙間からほどよく日光が差し込む。庭に訪れる動物は、猿、うさぎ、リスなど。今年は熊イヤーだったこともあり、近所でツキノワグマの目撃情報が例年にないほど相次いだ。動物保護区である我が家のエリアは、罠を仕掛けるなど手立ては保守的なもの。好きで山奥に住んでいるのだから文句は言えない。家族で、YOUTUBEで熊の鳴き声を検索し、「この声よく聞く!」とゾクゾクとしながらも盛り上がった。

2匹の愛犬は、里親として引き取ったイタリアングレーハウンド6歳♂(灰色)と、ブリーダーのところで引き取り手もなく孤立していたウィペット2歳♂(白)。小さいイタリアングレーハウンド6歳は、デッキに猿が登場すると大騒ぎするのに対して、ウィペット2歳は鳴くこともせずに穏やかに見守る。

我が家のある駒ヶ根市も含まれる「伊那谷」と呼ばれるエリアは、南アルプスと中央アルプス2つの山脈に挟まれた広大な谷。野生動物たちは人に近いところで数多く生息している。ジビエを食すことは流行り物でなく、獣害対策という面を持つ一方、山のいのちの循環という考えもある。ローカルのイベントで食べたジビエプレートは、鹿のハムやソーセージ、パテなど鹿づくしがこの一枚。

それに、人に近いところで暮らすのは、野生動物だけではない。「馬搬」や馬で畑を耕す「馬耕」を現代に伝え継ぐ伊那谷の「働く馬」ことビンゴくん。ローカルの老若男女から愛される人気者は、とあるイベントで、子どもたちをソリに乗せて森を歩いていた。

東京生まれで長野育ちの長女5歳、そして、長野生まれの長男0歳10ヶ月。長男は助産院で出産したので、娘も終始出産に立会い、へその緒を切るところまでやりきった。これは長女の密かな自慢で、自信にもなっていると思う。

特別なものは何もない。
家族の時間がゆっくりと流れていく。

庭で伐採した木は薪ストーブの燃料にしているが、どれもスギや松などの針葉樹なので、広葉樹に比べると火持ちが短く燃料としては不効率。火持ちがよく、暖める力が高い広葉樹もミックスさせているため、広葉樹の中でも人気のナラの木を近所で購入しストックしている。よく薪を買いにいく産直の社長からは「薪は買うものじゃない!(伐採して割って自分で作りなさい)」とご指導いただくが、御社の売り上げになるのだからお許しくださいと、その都度思う。

自宅は標高約950メートルで、街との気温差はだいたい2度ほど。冬になれば、自宅周辺は雪が降っていても街へ下りると晴れているということもある。

自宅は急斜面に建てられているため、リビングの窓からの眺めは目線に木々の葉がくる。晴れた日のデッキのベンチは、犬たちのお気に入りスポットで、春や秋など過ごしやすい季節になれば、このベンチで子どもと犬が場所を取り合うことになる。

子どもたちとはよく散歩に出掛ける。クリスマス前の恒例行事であるリース作りのために、近所の木の実や蔓を探しにいった際、長女が撮影してくれた。

散歩コースの中で最も好きな、定点観測のスポット。自宅から数百メートル離れた場所に位置する「大沼湖」。そして水面越しに望む中央アルプス最高峰「木曽駒ヶ岳」。いくら眺めても飽きることはない。

2拠点生活のメリットは、良いところを意識的にすくえるということだろうか。月曜日から金曜日までは人混みに押し潰されながら、朝から深夜まで働く東京での単身生活。それでも2拠点を続けるのは、働く場としての東京が好きだから。そして金曜日の夜、駒ヶ根に向かう高速バスの中で都会生活のスイッチはゆるやかに切れていく。

深夜、真っ暗闇の森にたどり着けば、そこから自分の週末が始まる。スローライフなんてよく聞くけれど、はっきりいって田舎暮らしはまったくスローではない。長い冬に向けて一年中薪を割らないといけないし、夏になれば広大な土地の草刈りが待っている。四季の流れに追いつき、追い越され、順応していくうちに一年はあっという間に過ぎていく。それでも長年の都会生活に身も心も慣れていた自分たちには、季節の変化を肌身で感じることが必要以上に楽しく感じている。

暑い、寒い、明るい、暗い。当たり前のことを当たり前のように子どもたちにも味わってほしいと願う。

加藤 直徳 (かとう・なおのり)
編集者。鎌倉(山側)在住。NEUTRAL、TRANSIT、ATLANTISなどの雑誌の編集長を経て、現在印刷まで手がける出版社「NEUTRAL COLORS」を主宰。雑誌NEUTRAL COLORS編集長。hibi-kiはコンセプト作りからDirectorとして参加。各連載も担当する。山は登るより眺めるのが好き。
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