WORLD FOREST NEWS
# 11
豊かな川を子どもたちに
リバーガイドたちの挑戦
2023.3.10
ナチュラルアクション アウトドアツアーズ提供

かつて日本三大急流の一つに数えられ、江戸時代以降、静岡の駿河湾と山梨の甲府盆地を結ぶ舟運(しゅううん)の舞台となった富士川。海と山の暮らしを繋いだ名川(めいせん)が今、水力発電に伴う水量減少と水質悪化のダブルパンチで「死の川」と呼ばれている。「豊かな水と生き物を取り戻し、川で遊ぶ楽しさを子どもたちに伝えたい」。河川環境の再生を目指す地元のラフティングガイドたちが起こしたうねりは、川下から川上へと広がり始めている。

写真・文/渕上 健太

川面を行き交った高瀬舟

長野、山梨両県にまたがる南アルプス連峰の鋸岳を源とする釜無川。そして山梨県の秩父山地を水源とする笛吹川。二つの流れが山梨県の甲府盆地で交わると富士川と名前を変える。延長128㎞。静岡県富士市で駿河湾に注ぎ、江戸時代には甲州(山梨)側からは年貢米、帰路は塩を積んで流れをさかのぼる高瀬舟の往来でにぎわった。こうした舟による物流は「富士川舟運」と呼ばれ、鰍沢(山梨県富士川町)をはじめとする流域に整備された河岸(船着き場)は、宿場町としてにぎわいを極めた。

富士川上流の釜無川(山梨県北杜市)
明治時代に行われた富士川舟運の様子(富士川とともに歩む会発行「私たちの富士川」より)

戦前からの「巨大水利権」

明治36(1903)年に甲府と八王子を結ぶ中央線が開通。さらに昭和3(1928)年に甲府と静岡の富士を結ぶ富士身延鉄道(現在の身延線)が開業すると、鉄道が物流の中心を担う時代が一気に到来。富士川をにぎやかに行き交う高瀬舟は急速に姿を消した。一方、太平洋戦争を控えたアルミニウム需要増加に伴い、富士川では金属産業向けの電源開発がスタート。山梨県南部町の取水堰堤では、河口付近に建設された日本軽金属の水力発電所用の水利権が設けられ、今も最大で毎秒75トンの取水が認められている。

一方、堰堤の下流側に流される水の量は毎秒あたり秋冬期間が3トン、春夏期間が5トンにとどまる。取水された最大毎秒75トンの水は長大な導水管を通って河口付近の水力発電所に運ばれるため、堰堤の下流側では年間を通して水量が大きく減少。瀬音が弱まった現在の流れからは、荒瀬を乗り越えて河口を目指し、帰路は海風を帆に受けて川面を進んだ高瀬船の往来を想像するのは難しい。

リバーガイドたちの「くやしさ」

そんな富士川で、ラフティングが始まったのは1990年代後半。当時、プロのウインドサーファーとしてワールドツアーに参戦していた地元・富士宮市出身の佐野文洋さんが、アメリカのオレゴン州でラフティングを見学。「インストラクターと一緒なら初めてのひとでも手軽に水や自然との一体感を共有できる」と魅力を知り、地元の富士川下流部にラフトボートを持ち込んだ。

発電用の取水によって富士川本来の水量は失われてしまっているものの、梅雨時期や大雨の後には水量が増え、本来の豪快な流れがよみがえる。

佐野さんが家業の林業会社〈有限会社もくせい〉の観光部門として「ナチュラルアクション アウトドアツアーズ」を立ち上げ、一般向けのラフティングツアーを始めたのが1998年。やがて富士川でのラフティングの楽しさを知った地元の若者たちが、佐野さんと同じようにリバーガイドとして、流域で観光客向けのツアーを企画する仕事を始めていった。

富士川でラフティングを楽しむ人たち(ナチュラルアクションアウトドアツアーズ提供)

しかし次第に多くのリバーガイドたちが富士川の水量や水質について、共通の問題意識を抱くようになったという。「大雨の後などを除くと渇水状態が慢性化しています。あと夏場の水温が上がる時期になると藻が発生して、それが腐って浮いてきて臭うこともある。川の環境悪化を強く感じるようになりました」と佐野さんは振り返る。

水量不足で水の流れが部分的に途絶える「瀬切れ」と呼ばれる現象が起きることもあり、リバーガイドたちは富士川の河川環境悪化の深刻さを感じ始めた。水量減少や水質悪化を悲観し、他の川に移っていったガイドもいたという。

渇水や水温上昇で藻が繁殖した富士川(ナチュラルアクション
アウトドアツアーズ提供)

海への影響も

そうした中で浮かび上がったのが、長年の民間企業による発電用の大規模取水が、富士川の水量や水質に大きな影響を及ぼしている現実だった。また上流部に位置する山梨県内の富士川水系支流で、砕石業者が汚泥などの産業廃棄物を大量投棄していた実態を静岡新聞が2019年に報道。さらに大規模取水で発電された電力が、本来目的のアルミ精錬に使われず、売電されている実態も報じられた。

発電用の取水による水量減少に加えて、汚染物質流入に伴う水の強い濁りなどの水質汚染、そして戦前から続く水利権のあり方自体も、地元では大きな問題として認識されるようになった。

リバーガイドや林業の仕事とともに、春と秋には駿河湾で特産のサクラエビ漁を営む佐野さんは「近年問題になっているサクラエビ不漁には、獲り過ぎや地球温暖化の影響に加えて、駿河湾に流れ込む富士川での大規模取水による水量減少や河川環境悪化も強く影響していると実感しています」と訴える。

2015年に山梨、静岡両県の富士川で行われた河川生態の専門家による調査でも「死の川」と形容されるほど濁りが激しかったといい「富士川の名物で全国から大勢の太公望が集まった尺アユの姿も今は見られなくなってしまいました。川底の石の間には泥が堆積して、アユの産卵場所がなくなってしまっているのが現状です」と声を落とす。

駿河湾でのサクラエビ漁(有限会社もくせい提供)
駿河湾で獲れたサクラエビ(有限会社もくせい提供)

2年に一度のチャンス

高瀬舟が行き交った往時と比べると「満身創痍」とも言える富士川だが、二年ごとに一日だけ、本来の水量が戻る日が訪れる。発電用導水管の点検のため、取水が止められる日があるのだ。その時期は毎回、寒さが厳しさを増す12月と決められている。

その貴重なチャンスに着目したイベントが「富士川Free to Flow~富士川に自由な流れを取り戻そう~」だ。豊かな流れがよみがえった富士川の流れにラフトボートやカヤック、SUPなどを浮かべて川下りを楽しみながら、水量減少や水質汚染といった川の問題について考える催しで、2018年に第1回を開催。昨年12月11日に開かれた3回目には、初回と比べると6倍以上多い約300人が富士宮市内を流れる富士川に集まった。地元の静岡県内をはじめ、北海道や九州からもリバーガイドや川下りの愛好者が訪れ、日本三大急流の名に恥じない流れで川下りを楽しんだり、富士川の魅力や課題についてのディスカッションに参加したりした。海と川を行き来する生き物の象徴として、サクラマスの放流も行われた。

昨年12月の「富士川Free to Flow」で行われたサクラマスの放流(富士川Free to Flow実行委員会提供)

主催しているのはナチュラルアクション アウトドアツアーズをはじめ、静岡、山梨両県の富士川流域のラフティング会社5社が加盟する「富士川船頭組合」が立ち上げた実行委員会。組合長の大窪毅さんは「富士川水系では、本流以外の支流でも発電用の取水による渇水が起きている。川の流れを取り戻すのは流域に住む民の権利だと思っています。多くの人に関心を持ってもらい、同じような問題を抱える全国の川に本来の豊かな流れをよみがえらせるきっかけにしたい」と話す。

水量が復活した流れを楽しむ全国からの参加者(富士川Free to Flow実行委員会提供)

広がるうねり

富士川の河川環境悪化について、流域住民などの関心が高まる中、国土交通省は、河川環境を維持するための「河川維持流量」を富士川水系で本年度中に設定すると昨年2月に発表した。学識経験者らによる検討会を立ち上げており、今年3月中に策定する方針だ。

こうした中、富士川船頭組合は「現在の富士川の中下流域の水量は全国の他の一級河川の河川維持流量の平均と比べると5分の1以下で、全国平均から算出すると毎秒25トンは流れていてもよい計算になる」と指摘。「山梨県南部町の発電用取水堰下流の流量を毎秒25トン以上に設定」「河川維持流量について今後も議論する協議会の設置」など4項目を国交省に求める署名活動を昨年12月にスタートさせた。今年2月中旬時点で全国から8529筆の署名が集まり、国交省甲府河川国道事務所に提出した。オンラインでの署名活動は現在も継続している。

このほか流域住民が「水の流れでつながる市民連盟」を今年1月に発足。2月中旬時点で静岡、山梨両県を中心に100以上の賛同団体が加わった。上流部の長野県内の環境保護団体などにも参加を呼び掛け、富士川での十分な水量確保や魚が行き来しやすい河川環境整備などを国交省に求めていく方針だ。

木こりとして家業の山仕事にも従事する佐野さん。川と海、そして山からの恩恵で生きる立場から、富士川の再生を目指している

地域に根差し、川上から川下までの自然の恩恵を受けて生きるリバーガイドたち。水の利用をめぐっては地元企業や国、自治体が関係する問題だけに、地域内でも意見が分かれ、「富士川Free to Flow」の活動に対する風当たりを感じることもあるという。それでも佐野さんは小さなうねりが、波紋のように広がることを願っている。

「川は人の身体で例えると血管のようなもの。汚れたり、詰まったり、流れる量が減ったりしてはいけない。武器も何もないぼくらでも、いろいろな人の力を合わせることで、もしかしたら未来を変えられるかもしれないという希望を持っています。それは富士川だけでなく、沖縄の基地問題や原発処理水の海洋放出問題など、経済や政治のために自然を切り売りしてきた結果、地域に生じたさまざまな理不尽な問題さえも、変えていくことにつながると思うんです」

●富士川Free to Flowやオンライン署名の紹介サイトは https://chilloutdoor.jp/fftf/

渕上 健太 (ふちがみ・けんた)
学生時代を過ごした秋田県で山の魅力に取りつかれる。山スキーから岩登り、山菜・キノコ採り、渓流釣りまでボーダレスに山遊びを楽しむが、海への憧れも強い。目下一番の関心事はシーカヤック。八ヶ岳南麓で林業に従事する。森林インストラクター。