今年の夏はやたらと雨の日が多かった印象があります。特に、北陸や東北地方を中心に集中豪雨による大きな被害も発生しました。こうしたニュースを見聞きするたび、大雨にともなう土砂崩れなどの山地災害がいつどこで起きてもおかしくないと思ってしまいます。そんなうれしくない身近さを感じ、改めて山地災害について学んでみることにしました。
今回は岐阜県森林研究所で山地災害リスクを考慮した森林管理や道づくりの研究、そして技術の普及に取り組む臼田寿生さんに、知っておいて損はない山地災害の知識を教えてもらいます。
なぜ日本では山地災害が
発生しやすいのか
日本は「災害大国」といわれ、世界の中でも災害による被害が多い国の一つです。
日本で発生する災害のうち、山地における土砂災害は、毎年、日本のどこかで発生していることから、国内に住んでいる皆さんにも、身の危険を回避するために、山地災害が起こりやすい要因や発生しやすい場所をぜひ知っておいていただきたいと思います。
では、はじめに、なぜ日本では山地災害が発生しやすいのか、その主な理由について、確認してみましょう。
① 地形が急峻で地盤が脆い
日本列島とその周辺は、複数のプレートの境界が集中する地域であることから、造山運動により地盤が次第に隆起し、急傾斜な山地が形成されやすい環境となっています。このため、国土の約7割が山地や丘陵地であり、土砂が流れやすい傾斜地が多くを占めています。さらに、断層運動の影響を受けて、地盤が断裂し脆くなりやすい状況にあります。
② 大雨や集中豪雨が発生しやすい
日本の年間降水量は、世界平均の約2倍であり、世界の中でも雨が多い地域の一つとなっています。また、前線や低気圧、雨が降りやすい地形などの影響によって、集中豪雨が発生しやすい環境です。
このように日本では、地震などによって脆く砕かれた急傾斜の地盤に対して、大雨が降るという、土砂移動が起こりやすい条件がそろった場所が多く存在するため、毎年のように山地災害が発生するのです。
《土砂移動が起こりやすい条件》
・地盤が脆い(土砂がある)
・傾斜地である(土砂が移動しやすい)
・水が集まる(土砂がゆるみやすい、流されやすい)
さらに、近年は、地球温暖化の影響で大雨の発生回数が増加傾向にあり、今後も地球温暖化が続いた場合には、日降水量200ミリ以上の大雨の年間発生回数が21世紀末には、20世紀末と比較して約2.3倍になると予測されています。
このような状況から、山地災害のリスクは、今後さらに高まっていくことが考えられるため、多くの方に山地災害に関する知識について、理解を深めていただきたいと思います。
山地災害には
どのようなものがあるか
山地災害の種類は、主に次の3つに分けることができます。
① 山くずれ
② 地すべり
③ 土石流
このうち、「土石流」は、被害が広範囲に及びやすく、多くの人命や財産に影響を与える可能性が高いため、実際に発生した事例を参考にその特徴を理解しておきましょう。
2021年7月に静岡県熱海市伊豆山で発生した土石流災害は甚大な被害をもたらし、ニュースでも大きく取り上げられました。
国土地理院が空中写真から調査した結果によると、この土石流は、発生源の崩壊地から、約2㎞下流まで到達していたことがわかり、その影響で多くの人命と財産に被害が及んだと考えられました。
土石流は、15~20度以上の斜面で発生し、直径1mを超えるような大きな岩などが時速50㎞程度(最大では時速100㎞以上)で流れ下り、傾斜が2~3度の緩やかな場所で停止します。
過去に土石流が発生した場所では、谷の出口に「沖積錐」と呼ばれる小型の扇状地が見られますが、山間部ではこの沖積錐に集落が発達していることが多いため、このような場所では、特に土石流の発生に警戒が必要です。
山地災害が
起こりやすい場所を知る
山くずれや土石流などによって人命に被害が及ぶなど重大な被害が発生しやすい危険箇所は、土砂災害警戒区域などに指定されている場合があります。このような危険箇所は各種ハザードマップ(重ねるハザードマップなど)で知ることができますので、あらかじめご確認いただくことをおすすめします。
●重ねるハザードマップ
https://disaportal.gsi.go.jp/
山地災害のうち、山くずれ(斜面崩壊)が発生しやすい場所の特徴は、次のとおりです。
① 急傾斜地(斜面崩壊は25度以上で発生し、30度以上では特に発生しやすい)
② 地盤が風化し、土層が発達した場所(風化岩盤、表土が厚い場所など)
③ 水が集まりやすい場所(谷型斜面、湧水発生箇所など)
④ 地形改変された場所(宅地や道などを造成するために切土や盛土を行った場所など)
⑤ 樹木の伐採後に放置された場所(皆伐後に植栽が行われていない場所など)
このうち、①~③は、主に自然条件によるところが大きいですが、④と⑤については、人為的な要因が大きく影響します。④の地形改変された場所には、林道などの道がつくられた場所も含まれ、⑤の樹木の伐採後に放置された場所には、皆伐後に植栽などの再造林が行われず放置された場所が含まれます。
つまり、林業における木材生産活動においても適切な場所と方法を選択しなかった場合には、災害を引き起こしてしまう可能性があるため、十分な配慮が必要なのです。
山地災害を
防ぐための研究
岐阜県森林研究所では、山地災害を防ぐためのさまざまな研究に取り組んでおり、その成果として、崩れやすい場所を探す際に参考となる微地形図「CS立体図」や「傾斜区分図」などの地図を作成し、「ぎふ森林情報Webマップ」などで公開しています。
●ぎふ森林情報Webマップ
https://www.forest.rd.pref.gifu.lg.jp/shiyou/sinrinwebmap.html
また、森林内の道の整備にともなう山地災害を未然に防ぐための研究として、既設の森林作業道の災害リスクを可視化した「森林作業道災害リスク評価参考図」や地形に適合した無理のない道づくりを支援するための「森林路網計画支援マップ」の開発にも取り組んでいます。
これらの研究に関する詳しい内容は当所のWEBサイトに掲載されていますので、ぜひご確認いただき、ご意見、ご要望をいただければ幸いです。
●岐阜県森林研究所公式WEBサイト
https://www.forest.rd.pref.gifu.lg.jp/
日本は、断層などの影響で地盤が脆くなりやすく、雨も多いため、山地災害が発生しやすいことをお伝えしましたが、一方で、これらの影響を受けている日本特有の自然環境から、きわめて多様で豊かな植物相が形成されるとともに、良質な農林水産物や豊富な温泉資源に恵まれているなど、私たちは様々な恩恵を受けていることも忘れてはなりません。
山と共に豊かな生活を送るため、身近な山のことや山と上手く付き合うための作法を知り、山の恵みを末永く適切に利用していきたいですね。
【参考】
一般財団法人国土技術研究センター「国土を知る」
https://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary07
国立研究開発法人 防災科学技術研究所「防災基礎講座」
https://dil.bosai.go.jp/workshop/index.html
土石流の調査研究の現状について (Ⅰ)―土石流の概念と発生条件―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjseg1960/21/3/21_3_132/_pdf
Profile
臼田 寿生●岐阜県森林研究所専門研究員。専門は森林環境工学。技術士(総合技術監理部門、森林部門)、岐阜県出身。1990年に岐阜県庁に入庁。主に治山業務に従事し、恵南豪雨災害における山地災害の復旧事業などを担当。2007年より現職。山地災害リスクを考慮した森林管理や道づくりの研究と技術の普及に取り組む。