世界や日本の森にまつわるニュース情報から、編集部が気になることを掘り下げる、WORLD FOREST NEWS。今回は太陽光発電を取り上げます。全国各地で建設が進む中、現地では業者と住民の間で対立が深まっているという話も耳にします。山梨県北杜市を例に挙げ、今何が起きているのか、ライター・フチガミ氏にレポートしてもらいました。
眺望にひかれ移住
パネルで暮らしが一変
八ケ岳南麓に位置し、移住や二地域居住に加え、コロナ渦に伴うリモートワークの場としても関心を集める山梨県北杜市で、住宅の目の前に太陽光発電施設が建設され、住民が景観の悪化を訴える問題が相次いでいる。遊休化した山林や農地に建設されるケースも目立ち、建設見直しや撤去を求めて訴訟や署名活動に発展する動きも出ている。国による再生可能エネルギー推進の施策や過度な開発を防ぐ規制の不備に加え、農林業の衰退も施設建設が相次ぐ背景にある。ソーラーパネルが林立する森や農地の姿は「エコ」や「クリーン」の印象が強い太陽光発電が抱える課題とともに、担い手不足が深刻化する国内農林業の現状も色濃く映し出している。
「富士山や甲斐駒ヶ岳の眺望が大きく変わってしまった。壁(ソーラーパネル)しか見えず、夏場はパネルから反射される太陽光で部屋が暑くなり、電磁波による健康被害も感じている」
大阪府から14年前、北杜市小淵沢町に夫婦で移住した渡部義明さん(74)は、自宅の庭先に迫るように林立する太陽光パネルを指さし、疲れた表情を見せる。周囲の山々を見渡せる標高790メートルほどの自宅近くに太陽光発電施設が最初に作られたのは2013年。現在は自宅敷地の東側と南側に隣接する3ヵ所を含めて、合わせて6ヵ所の発電施設が住まいを取り囲むような形で稼働。それらに近接する場所にある別の7ヵ所の土地でも国による再生可能エネルギー買い取り制度の認定を受けるなどした太陽光発電事業の動きがあるという。
首都圏や中京圏に比較的近く、冬場も晴天に恵まれ、水や緑が豊かなイメージが強い北杜市。「住みたい田舎ランキング」の上位としてメディアでたびたび取り上げられている人気の移住候補地だ。渡部さんも四季を通じてさまざまな表情をみせる山々の景観に惹かれて移住した。しかし自宅の周りに出現した大規模なパネル群で、移住後わずか6年ほどで、暮らしは心身のストレスが多いものとなってしまった。
渡部さんを含む近隣住民ら5人は、施設の新規建設の差し止めや既存施設の撤去を求めて16年1月に設置事業者を相手取り甲府地裁に提訴。現在は東京高裁で控訴審が結審し、近く判決が出る見込みだ。
室温などのデータ収集やこれまでの経緯をまとめた裁判資料の作成、裁判所への出廷など、太陽光問題に追われる先の見えない日々が続く。市に相談しても状況は改善されず「この苦しさは経験したひとでないとわからない」とやり場のない憤りを募らせる。
不安抱える移住者
署名活動も
「家の前の森が突然伐採され、ソーラーパネルが立ち並んで景観や住環境が一変してしまった…」
水や緑に恵まれたイメージの一方で、こうした訴えの声が北杜市内では随所で聴かれる。現在は施設が建設されていなくても「今後、家の前の森や空き地がソーラーパネルに変わってしまうのでは…」と不安を抱く住民も少なくない。こうした懸念の声は古くからの集落地域に住む地元住民よりも、森の近くや集落の周辺部などで暮らす移住者や別荘利用者の間で目立つのが特徴だ。
自宅敷地西側に広がる約1100坪の遊休地に都内の事業者による太陽光発電施設の建設計画があることを知り、近隣の移住者約10人と2021年6月、計画見直しを求める署名活動や立て看板の設置をした北杜市高根町の和久井修平さん(72)は「計画地にはキジやリス、タヌキが住んでいる。動植物への影響に加え、投機目的で造られて海外の投資家などに渡って適切に管理されない恐れもあり不安だ」と話す。計画地は傾斜地で、隣には「世界かんがい施設遺産」に登録された歴史のあるかんがい用水路が流れている。水路への土砂流出の心配もあるとして移住者を中心に約230人分の反対署名を集め、結果を業者側に郵送で伝えたが回答はないという。
一方、太陽光発電施設に隣接する土地は、移住希望者から敬遠されるケースがあるため、土地や建物の資産価値低下を懸念する住民も少なくない。熱海市で2021年7月に起きた大規模な土石流など近年、全国的に土砂災害が多発する中、山林や農地を開発して造られる太陽光発電施設が災害を助長しないか不安視する声も強まっている。
県内の2割が集中
今後も増える見通し
再生可能エネルギー買い取り制度が始まった12年以降、北杜市では民間事業者の参入が相次いだ。広大な裾野を広げる八ケ岳の南麓に位置し、「全国一」とも言われる豊富な日照時間に恵まれていることに加え、市と民間事業体が06年、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託を受けて2メガワット級の大規模太陽光発電の実証研究(北杜サイト)を始めるなど「市が太陽光発電への積極姿勢を示したことも民間参入を後押しした」との見方が地元では強い。
北杜市の面積は山梨県全体の1割ほどだが、再生可能エネルギー買い取り制度の認定を受けて市内で導入された出力10キロワット以上の太陽光発電施設は、市などによると2063件(昨年末現在)で県内の約2割を占める。ほかに844件(同)が認定取得済みで今後、新たに稼働する可能性があり、住民の懸念材料となっている。
認定取得後も長期間に渡り稼働しないケースについて、国が一定期間経過後に認定を取り消す方向を示していることから「ここ1~2年にかけて駆け込みで設置工事が始まっているように見える」(住民)と不安の声も出ている。
制度の「抜け穴」
条例の効果疑問視も
北杜市内で問題となっているのは、大半が建設時や稼働後の規制が緩く、異業種でも参入しやすい出力50キロワット未満の施設で、全導入件数の96%余りを占める。50キロワット程度の施設の場合、設置に必要な土地面積は200坪程度とされる。ただ北杜市では複数の50キロワット未満の施設が近接して建設されるケースが目立ち、「結果的に大規模な太陽光発電施設がつくられてしまったのと同じだ」と景観悪化を問題視する住民や専門家が多い。国は50キロワット以上の計画を意図的に「50キロワット未満」に分割した形で認定申請することを禁じている。しかし「設置事業者が家族の名義に変えて申請するなど、申請時に明記された情報だけでは国が分割案件と判断できない場合もある。事実上、50キロワット未満の施設が近接して造られてしまい景観が様変わりしている」と訴える住民が少なくない。
太陽光発電をめぐる問題が市内各地で深刻化する中、北杜市は19年10月、出力10キロワット以上の太陽光発電施設の新設を市の許可制とし、事業実施の際は「周辺住民の理解を求める」ことなどを事業者の責務とした太陽光発電に関する条例を施行させた。「自然環境や景観、安全安心な生活環境との調和を図る」ことを目的に明記している。
ただ条例制定をめぐっては、住民や専門家による検討委員会が当初まとめた条例骨子で提言された「隣接住宅側との隔離距離を10メートル以上確保する」との内容が、市議会で可決された条例案では「最低1メートル以上、モジュール(パネル)の高さが1メートルを超える場合は、その高さ以上」とする内容に大幅緩和されるなど、「極めて設置業者側に優位な内容に後退してしまった」(元検討委)との懸念が根強い。「施設の周りに植栽もなく、雑草が生え放題になっている」(住民)など、施行後も施設建設に伴う景観破壊や夏場の気温上昇といった問題を訴える地域住民が後を絶たないのが実情だ。
移住者らが連絡会発足
地元住民との意識差も
こうした状況を受けて北杜市では2021年6月、市内への移住者らでつくる太陽光発電施設問題に取り組む7団体が連絡会を発足させた。各地域で起きている問題や専門知識についての情報共有、事業者や行政機関への働き掛けなどで連携する考えだ。
発足記者会見で出席者からは「観光や景観が北杜市の売り物なのに施設が野放しで造られてよいのか」「現状では地域環境との調和とはほど遠い」などの声が相次いだ。また建設見直しを求める動きに対し「事業者側から警告書を受け取った。口封じや脅しとも受け取れた」など対立が深刻化しているケースも報告された。
構成団体の一つ「ころぼっくる会議世話人会」共同代表の春木良昭さん(78)は「周りの住民が反対したらその声を尊重することが大切。景観や水源確保、土砂災害防止などの観点で絶対に作ってはいけないエリアをはっきりさせるべき」と話す。連絡会は「事業者による説明会開始後、半年以上経過しても地域住民の納得が得られない場合は市が調整役となる」ことなどを盛り込んだ太陽光発電施設に関する市条例の改正提案書を今年8月11日、北杜市長に提出した。
一方、太陽光発電施設をめぐっては耕作放棄地や放置された山林の拡大が、建設増加の背景にあるとの指摘が八ケ岳山麓では多く聞かれる。連絡会の発足記者会見でも出席者から「推進したひとも、お金儲けよりも集落をどう維持していくかという気持ちだったのではないか」との声が出た。
北杜市は面積の約76%をカラマツやアカマツなどの人工林を中心とする森林が占める。比較的標高が高いエリアの県有林を中心に、間伐や植え付け、下刈りといった森林整備が毎年行われているものの、里山エリアを中心に遊休化した山林が目立ち、シカやサルによる農業被害のほか、強風時に人家や道路へ木が倒れるなどの問題が起きている。
別の出席者からは、太陽光発電施設の建設に反対するのは移住者が多い現状について「地元のひとにとっては、自然には苦労をさせられたという体験しかない。地元の草刈りに参加するなどして地域のひとたちの信頼を勝ち得ないと(取り組みが)上から目線になってしまう」と地元住民との信頼関係づくりの大切さを挙げる声も出た。
北杜市内では太陽光発電施設の建設による土砂災害や水源地域への影響を防ぐ観点で、地元住民も加わった建設反対の動きが起き、計画が白紙化されたケースも複数ある。ただ古くからの集落などに直接的な影響が少ない場合、地元住民と連携した建設見直しの機運は生まれにくい。地元の行政区に加入していない移住者も多く「市に(太陽光問題に対する)声を届けにくい。地元区長や市からも必要な情報が来ない」(出席者)。太陽光発電施設の建設をめぐり、移住者と地元住民の間で考え方や認識に温度差があるケースも少なくないのが現状だ。一方、地域内にさまざまな声があることを踏まえ、施設建設を目的とする山林伐採に慎重姿勢を示す林業会社もあるなど、太陽光発電と距離を置く地元関係者もいる。
地域の魅力継承へ
求められる行政のかじ取り
「平成の大合併」で8町村が合併・編入して生まれた北杜市は「環境創造都市」を旗印に掲げ、観光客や移住者の誘致に力を入れている。昨年春以降のコロナ渦を背景に、移住や二地域居住に加え、企業や個人によるリモートワークの場としても関心を集め、中古物件を中心に不動産市場が活況だ。近年のキャンプブームを受け、都市部に住むひとが山林などを購入してプライベートキャンプを楽しむ動きもある。
ただ太陽光発電施設の建設問題が「移住や観光にも影響する」(県議会関係者)との懸念もあり、地域の財産ともいえる高原や里山の景観と太陽光発電施設との整合性をどう確保するかは地域全体の課題だ。同じ問題は北杜市に隣接し、首都圏住民などの移住先として人気が高まっている長野県富士見町でも起きており、今年8月8日に投開票された町長選では住民団体が候補者に公開質問状を送るなど論点になった。
今年5月に成立した改正地球温暖化対策推進法では、50年までの「温室効果ガス実質ゼロ目標」が掲げられた。目標達成に向け比較的、短期間で建設できる太陽光発電施設は今後、再生可能エネルギー拡大の主軸として全国でさらに増える見込みだ。一方、建設に伴い住民が景観悪化などを訴えるケースが全国的に相次いでいることから、自治体が関与して住民トラブルを防ぎながら再生エネの導入促進を図る仕組みも明記された。
北杜市在住の政治学者で明治大学講師の飛矢崎雅也さん(47)は、「山林や農地の手入れをするひとが減り続けている問題に踏み込まないと太陽光発電をめぐる問題は解決しない」と話す。全国的に関心が高まる「自伐型林業」や農業などを目指す移住者らを、高齢化した山林所有者に紹介するなどのコーディネート機能を市に期待し「土地所有者がどんな理由で発電事業者に用地提供したのかをまずは調べる必要がある。発電施設以外の活用を含め、土地所有者にもプラスになる道筋を探ることが重要だ」と新たな方向性を挙げる。
地域外の事業者による新規参入が多くを占める太陽光発電をはじめとする再生エネ事業。観光振興や移住促進といった地域資源に根差したまちおこし施策とどう整合性を取るか。地域のかじ取り役としての自治体による主体性を持った取り組みが今後強く求められそうだ。