WORLD FOREST NEWS
# 3
意外と知らない?
火災に強い木造建築
2020.7.23
photo Christophe PINARD

世界や日本の森にまつわるニュース情報から、編集部が気になることを掘り下げる、WORLD FOREST NEWS。“森林文化”について幅広く学ぶことができる全国でも稀有な教育機関「岐阜県立森林文化アカデミー」の先生を講師に迎え、わかりやすく解説してもらいます。第3回は木造建築と火事の関係について迫ります。

写真・文:辻 充孝(岐阜県立森林文化アカデミー准教授)

木造建築は火災に弱い?
その真実とは

昨年4月に世界遺産のノートルダム大聖堂で火災が発生したニュースを覚えているでしょうか。尖塔や屋根の部分が崩落してしまったのですが、実はこれらは木材でできていました。そのため、再建にあたっては伝統的な木造にするか、別の建築資材を活用するのかどうか議論が続いているようです。

国内を見てみると、首里城の火災、糸魚川市の木造密集市街地火災はショッキングなニュースとして記憶に新しいと思います。

このようなニュースを見ていると、木造建築は火災に弱いと思いがちですが本当にそうでしょうか。また、木造だから火災が起こりやすく、被害も大きくなるのでしょうか。国内のデータをもとに考えてみましょう。

令和元年度の消防白書によると、平成30年の出火件数は約20,764件、そのうち木造火災が約40%程度です。つまり残り60%は、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の火災なので大きな違いはありません。出火原因をみても、1位がたばこ、次いで焚火、コンロ、放火と木造に関係する要因もありません。

ですが、1件当たりの焼損床面積をみると、木造は全建物火災平均の約1.5倍となっており、火災が発生すると構造材も可燃物である木造建築は被害が大きくなる傾向があります。日本の有名な古建築はほぼ木造のため火災での全消失リスクも高く、さらに周辺を巻き込んでの大規模火災になりやすいため、メディアで取り上げられやすのでしょう。そのため木造建築は火災に弱いという印象が植え付けられたのではないでしょうか。

つまり、出火しにくく、延焼性を減らすことができれば火災に強い木造建築をつくることが可能です。

木材は燃えるけれど
燃えにくい可燃物

どのように火災に強い木造建築をつくればよいのでしょうか。それには木材の性質を理解することが大切です。

木材置き場
photo Isao Nishiyama

木材はもちろん可燃物ですが、燃えにくい可燃物なのです。

木材が燃える様子を考えてみましょう。

木材に熱が加わるとまず内部の水分が蒸発し乾燥していきます(水分が残っている部分は100℃以上には上がりません)。乾燥後、さらに熱を加え続けると、180℃近くから木材成分の熱分解により可燃性ガスが出てきます。さらに温度が上昇し260℃近くで火源を近づけると引火します(着火温度)。さらに約450℃では火源が無くても発火します(発火温度)。

この様子から木材の燃えにくさの秘密を考えていきます。

水分を含んでいる素材であること
含水率という言葉を聞いたことがあるでしょうか。木材に含まれる水分の割合のことです。古い木材でも、空気中の湿度によって含水率がゼロになることはなく、10~15%程度の水分を常に含んでいます。

角材の断面
photo Isao Nishiyama

例えば含水率15%の柱1本(120㎜角で長さ2.5m)には、約2Lの大量の水が含まれていることになります。この水分が蒸発しない限り、燃え広がることはできないのです。

大きな木材は熱容量が大きいこと
キャンプファイヤーに着火するときに、いきなり大きな木材にライターで着火する人はいませんよね。燃えないことを知っているからです。

この理屈は簡単で、大きな木材は熱容量(ある物体の温度を1℃上昇させるために必要な熱量)が大きく、ライターのような小さな炎(熱)では木材の着火温度である260℃まで上げることができないからです。割りばしや小枝などの小さな木材から順番に炎を大きくしていきますよね。

炭化することで燃え広がりにくいこと
木材が燃えていくと表面が炭化していきます。この炭化層は空洞を多く含んでいて熱を伝えにくい断熱材となり、木材内部に熱が入りにくく燃焼が抑制されます。そのため、木材は1分間に1㎜程度しか燃え進みません。

この性質は、火災時の安全性にもつながっています。建築資材の強度低下は、鉄やアルミに比べて木材は圧倒的に安全に燃え進みます。これは、火災時の避難や消火活動などを安心して行える優れた魅力です。

建築資材の温度上昇と強度残存率の関係

このグラフは、横軸に時間の経過をとり、黄色い線(右目盛り)が熱を加えていく温度です。熱が加わった際の木と鉄とアルミの強度残存率(左目盛り)を見ると、アルミは、5分もたたないうちに強度低下が一気に進み10%程度に落ち込んでいます。鉄も10分(500℃)で20%まで急な強度低下がみられます。一方、木材は緩やかな強度低下で、20分経過しても50%の強度を維持しています。このように、見た目と強度が一致していると、安全な消火・救助活動ができます。

この3つの性質によって木材は可燃物でありながら燃えにくいという性質を持っているのです。

火災に強い木造建築
岐阜県の事例

燃えにくい木材を活用し、景観も意識した火災に強い木造建築が全国にたくさんあります。岐阜県内の建物を例にその対策を見ていきましょう。

木造建築は火災に対する強さとして大きく4段階に分類されます。それぞれにきちんと対策することで、火災に強い木造建築が出来上がります。

①裸木造建築

白川郷の合掌造り

木材が外部に露出して特別な防耐火対策のとられていない建築物です。世界遺産の「白川郷合掌造り集落」が有名です。屋根は茅葺き、外壁は木材といかにも火災に弱そうですが、一方で地域素材を活用し、気候に適した美しい街並みをつくっています。この建物を燃えない金属の屋根や壁で覆ってしまうと魅力が失われてしまいます。

そのため住民と消防団によって毎年大規模な放水訓練が行われています。火災に弱い建物という認識の上で備えをしっかり意識するソフト面の強化で火災に負けない木造建築になっています。

②防火木造建築

立派なうだつが上がる築250年の小坂家住宅。

立地に合わせて外壁や軒裏を防火構造(燃えにくい構造)とした建築物で、一般住宅で最も多い木造建築です。美濃市の重要伝統的建造物群保存地区「うだつの上がる町並み」の家々も防火木造建築です。

屋根や外壁は不燃材の瓦や黒漆喰で覆われ、隣の家からの飛び火くらいではなかなか延焼しません。またこの町並みの特徴である“うだつ”と呼ばれる防火壁を屋根より高く上げることによって隣棟火災を防いでいます。

岐阜県立森林文化アカデミーの外観。ベージュ色の壁が防火壁となって延焼を防止
森林文化アカデミーの外観。ベージュ色の壁が防火壁となって延焼を防止。

また同じ美濃市にある「岐阜県立森林文化アカデミー」は、7000㎡を超える大規模な木造建築群ですが、現代風にアレンジした“うだつ“によって、火災が起こっても延焼範囲を限定し被害を拡大させない工夫をとっています。

③準耐火建築物

道の駅美濃にわか茶屋の軒下空間。ゆとりある軒が特徴的
道の駅美濃にわか茶屋の軒下空間。ゆとりある軒が特徴的。

耐火性能を強化し一定時間の間、火災に耐える性能を持った建築物です。美濃市にある「道の駅 美濃にわか茶屋」は長良杉をふんだんに使った45分の準耐火建築物です。

太い梁や柱と30㎜の分厚い野地板で性能を確保しています。一見すると木材だらけで、裸木造建築と見間違いそうですが、木材を分厚く大きく使うことで熱容量が大きくなり、炭化による木材内部への燃焼をより抑制できるようになります。燃えにくい可燃物という特徴を活かして耐火性能を向上させています。

④耐火建築物

岐阜市立図書館がある「ぎふメディアコスモス」の内観

火災後にも倒壊しない耐火性能を持った建築物です。岐阜市の図書館「メディアコスモス」が有名です。

床は鉄筋コンクリート造、柱は鉄骨造ですが、最も印象的な屋根は木造で出来ています。しかも繊細な格子ですぐに燃え広がってしまいそうですが耐火建築なのです。

室内には大量の可燃物(本)がありますが、本棚を低く抑えることで天井との距離をとり、本が燃えても高温の熱が屋根まで届かず、着火しないように設計しているからです。

岐阜県内のいろいろな事例を紹介しましたが、どの建物も木造建築の魅力も損なわず、さまざまな工夫で火災に強い木造建築が出来上がっています。

コンクリや鉄にはない
木材の魅力

木材にはコンクリートや鉄にはない魅力がたくさんあります。木材の魅力の一端を紹介しましょう。

●暮らしの質を上げる素材
木材は五感を心地よく刺激し暮らしの質を向上する効果が期待できます。

例えば、フローリングに杉やヒノキを用いると、水分を適度に吸収するため足触りがよく、熱伝導率が低いためヒヤッとする冷たさを感じません。

また内装に木材を使用することで、匂いによるリラックス効果や、ランダムな木目の視覚的な優しさなど、暮らしの質を向上する効果が期待できます。

●経年美化する素材
建築は竣工時が最も美しいかというと、そうでもありません。先に紹介した「合掌造り集落」や「うだつの上がる町並み」は、時を重ねた風合いが魅力の一部になっています。プラスチックなどの石油由来素材では徐々に劣化し汚れていくだけなのでこうはいきません。

みなさんも木造建築の趣ある佇まいを体感したことはあるでしょう。この経年美化は、木材に代表される自然素材ならではの大きな魅力です。

●将来にわたって手に入る素材
建築は様々な素材の複合体です。例えば外装だけでも木材のほかにタイルやサイディング、吹き付け、金属板などの素材が使われます。50年以上も住むと、どこかで交換や手入れのタイミングがやってきます。

商品化された外装材は確かに扱いやすいですが、50年後には商品がなく、破損した一部だけ取り換えたいけど手に入らず全交換という事態にもなりかねません。

その点、木材は将来にわたって持続的に入手でき、建物に合わせた加工も容易です。構造躯体でさえ腐朽した柱の足元を補修している例も多くあります。他の工法ではこうはいきません。このオープンな素材と工法も木造建築の魅力の一つです。

築250年の小坂家住宅の柱の根継ぎ(腐食などが起きた部分だけ新しい木材に交換する)
築250年の小坂家住宅の柱の根継ぎ(腐食などが起きた部分だけ新しい木材に交換する)

木造建築は構造体が可燃物のため、火災対策をしっかり立てる必要がありますが、木材の持ち味を引き出すことで、唯一無二の魅力ある建築物が出来上がります。

先に紹介した「合掌造り集落」や「うだつの上がる町並み」は、建物単体の魅力もさることながら集まることで町並みとしての魅力も増しています。

気候風土を活かした火災に強い木造建築で、魅力豊かな町並みが増えていくことを期待しています。

●岐阜県立森林文化アカデミーの公式サイト

Profile
辻 充孝●岐阜県立森林文化アカデミー准教授・一級建築士・バウビオローゲBIJ。兵庫県出身。1996年に大阪芸術大学建築学科を卒業後、Ms建築設計事務所に入所。5年間の実務経験を経て2001年から現職。専門は建築計画、温熱環境、省エネ設計。研究と合わせて道の駅美濃にわか茶屋やmorinosなどの木造建築・木造住宅の設計に携わる。スマートウェルネス住宅等推進調査事業委員、環境共生住宅推進協議会パッシブデザイン検討委員。
https://www.forest.ac.jp/teachers/tsuji-mitsutaka/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。