WORLD FOREST NEWS
# 1
森林火災から考える
森の手入れの重要性
2020.2.27
写真:ロイター/アフロ

世界や日本の森にまつわるニュース情報から、編集部が気になることを掘り下げる、WORLD FOREST NEWS始まりました。「森林文化」について幅広く学ぶことができる全国でも稀有な教育機関「岐阜県立森林文化アカデミー」の先生を講師に迎え、わかりやすく解説してもらいます。まずは、近頃オーストラリアやアマゾンで大規模に発生している「森林火災」について見ていきましょう。

文:柳沢 直(岐阜県立森林文化アカデミー教授)

オーストラリアの森林火災は
気候の影響が大きい?

最近、オーストラリアでの大規模な森林火災がニュースで報じられています。昨年秋から出火し、2月はじめの豪雨によって一部自然に鎮火したとはいえ、まだ火災は続いています。すでに日本の北海道の面積を超える1000万haが消失し、尊い人命が失われるだけでなく、多くの野生動物が命を落としています。直接火に巻かれて死亡するだけでなく、生息地の消失によって二次的に多くの生き物が姿を消すことになるでしょう。

写真1:降水量が年間200㎜以下であるため乾燥している東シベリアのカラマツ林。(サハ共和国ヤクーツク近郊)

今回の大規模な森林火災はオーストラリア南東部を中心に発生しています。この地域の沿岸は温暖湿潤気候ですが、内陸はステップ気候であり夏季には乾燥して森林火災が頻発します。他にもシベリアのタイガ(写真1)や、北米西海岸、地中海沿岸なども乾燥が起きやすく、大規模な森林火災の起きやすい地域です。

シベリアの北緯62〜72度の範囲では周期的に森林火災が起きていて、生態学的プロセスとしてとても重要であると言われていますし、北米のイエローストーン国立公園でも同様に山火事の起きやすい生態系が知られています。前述のオーストラリアですと、落果後火事に遭わないと種子が発芽しないBanksia属植物のような樹木もあります。このような樹種では森林火災込みで生活史が成り立っているわけです。

なぜ森林は燃えてしまうのか?
出火原因は大きく2つ

森林は主に樹木で構成されている生態系ですので、樹木がよく燃える素材である以上、森林が燃えるのは至極当然のことであると言えます。話はこれで終わってしまうのですが、もう少し突っ込んで考えてみましょう。この問題は出火原因と、燃え広がりやすい条件の2つに分けて考えることができます。

森林火災の出火原因として挙げられるものには、主に“自然現象”と“人間が関わるもの”があります。自然に発生する場合の要因としては、落雷や、強風によって幹が強く擦られることによる摩擦熱での発火、さらには火山の噴火によっても出火する場合もあります。

一方で、人為的な出火原因としては焼き畑や野焼きの火がコントロールできずに延焼する場合、山林中でのタバコのポイ捨てや、意図的な放火などが考えられます。日本では自然現象で発火することは稀で、多くの場合人為的な要因で出火しているとされています。ただし、出火原因を特定することは多くの場合困難です。始まりがタバコのポイ捨てであったとしても、火災が広がった後では物証であるタバコは跡形もないでしょうし、ポイ捨てした本人が申告しなければ誰も知りようがありません。

森林火災の発生件数が地域別に調べられています。(*1)関東平野では大宮付近を中心とした場合、40〜50km圏内で極大となり、同様に名古屋圏では20〜30km、大阪圏では10〜20km圏内でもっとも発生が多いそうです。これは人間活動と森林の分布が重なる場所で森林火災が発生しやすい、つまり人為的な要因で出火することが多いことを裏付けています。

一方で、出火すると燃え広がりやすい環境もあります。先ほど述べたように高温かつ乾燥した気候です。例えば日本では、瀬戸内海沿岸の地域は降水量が少なく乾燥しやすいことから山火事が起きやすいとされています。瀬戸内海では平成23年の井島(石島)山林火災のように、島の林がほぼまるごと消失してしまう、といった事例も起きているようです。(*2)林野火災がもっとも多発するのは3月前後であり、降水量の少ない乾燥した時季と一致しています。

発生した火種を大きくするのが風です。強風にあおられることで火は瞬く間に広がります。それが乾燥して高温の風であれば尚更です。こういった風をつくり出すのが「フェーン現象」という気象です。水分を含む風が山体などにぶつかり、降水が起こると、山体の反対側には乾燥した高温の風が吹き下ろします。森林火災の発生が太平洋側に多いのは、このフェーン現象によるところが大きいです。

もう一つ重要なのが、燃え種(もえぐさ)です。当たり前ですが、出火しても周囲に燃えるものがなければ火は広がりようがありません。出火しても地表近くを火が走って比較的小規模な火災で終わるか、それとも林冠(林の上部。葉や枝が繁っている部分)まで林が丸ごと燃えてしまうか、は林内に燃えるものがどれだけあるのかに左右されます。森林の状況は人と森林の関わりによっても決まってきますので、林の手入れは重要な意味を持っています。

森林生態系への影響
実際の調査からわかること

森林火災は森林生態系にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。筆者が調査に関わった森林火災に平成14年(2002年)4月に発生した「岐阜市東部及び各務原市林野火災」があります。

この火災は4月5日の13:30頃に発生し、火災発生当時湿度6%という観測史上最低レベルの乾燥条件下で、北西からの強い風にあおられて燃え広がり、約27時間燃え続けた後、翌6日16時頃鎮火しました。被災面積は約410ha、被害総額は8億2600万円とされ、内陸で起きた森林火災としては大規模なものでした。(*3)

勤務していた職場は15㎞ほど離れていましたが、立ち上る煙を遠くからでも確認できました。東海北陸自動車道の各務原トンネルの真上の林だったため、煙で一時通行止めになりました。また、被災地周辺には住宅地も多く、地元の人にとっては身近に起きた森林火災としても強く印象に残ったのではないでしょうか。

写真2:山火事直後の林の様子。地上部に緑はみられない。(岐阜県各務原市須衛町)

この山火事では林冠層まで丸ごと林が消失してしまったところも多く見られました。特に南向き斜面のアカマツ林やコナラ林、アベマキ林では地表に緑がまったくない状態まで燃えてしまいました(写真2)。まさに焼け野原です。こんな状態で果たして植生(その地域に生えている植物の全体)は回復するのでしょうか?

写真3:地上部が完全に燃えてしまったあと、地下部から萌芽更新したネジキ。(同須衛町)
写真4:山火事後地下部から更新したサルトリイバラ。春先にいち早く芽を出した。(同須衛町)

直感に反して火災後すぐに真っ黒な地表からも、次々と新芽が芽吹いてきました。地上部は完全に消失したとしても、樹木を含め多年生の植物は地下部が生き残っているものが多いためです(写真3・4)。土の中に“埋土種子”という長寿命の種を眠らせておいて、地表が明るくなったら芽を出すものもいます(写真5)。こういったことが可能なのは、山火事によって地表面の温度が700〜800℃になっていたとしても、地下5㎝よりも深い場所では、それほど高温にならないからです。

写真5:埋土種子から発芽したヤマウルシ。その年の他種子の散布を待つことなく素早く芽を出すことが可能なため、競争上有利。(同須衛町)

このような林の更新状況をみていると、森林にとって火災は、台風による倒木や、河川の氾濫による水害など多くの撹乱要因の一つであり、生物たちにとっては「想定内」の出来事であるように思えてきます。林全体を覆っていた樹木が消失することによって、明るくなった地表には多くの植物が芽を出すチャンスが生まれます。実際にハギの類いやワラビなど、山火事跡に多く出現する植物もいるのです。実際に植樹をしなかったところでも、焼け跡から萌芽で更新した樹木によって10年も経たずに山は緑に覆われました。

この現場で激しく燃えた林は、手入れのされていなかった「元」里山林でした。山火事前には、燃え種の多い林だったことがわかっています。斜面上部から尾根にかけてのマツ林では、マツ枯れによって枯死したアカマツが点々としており、斜面下部ではツツジ類が一面に繁茂して、地表にはアベマキやコナラの落ち葉が厚く堆積していました。これらに火がついたら容易に延焼することは想像に難くありません。

昭和30年代までこれらの林は里山として、集落の人々に利用されていました。樹木は大きくなる前に伐採されて炭に焼かれていましたし、ツツジ類などの低木は薪として燃料に、落ち葉は掻き取られて肥料や焚き付けに使われていました。昔の里山は、こうして人が頻繁に入る林だったので、森林火災の発生頻度も多かったかもしれませんが、燃え種が少なかったため、容易に消し止められ、延焼することも少なかったのではないかと想像できます。

これから地球は温暖化すると予測されていますが、一様に温暖化するのではなく、地域によって差が大きくなると考えられています。また、近年の豪雨災害を見てもわかるように、激しい降水や反対に長期間の寡雨、熱波なども頻発すると予想されています。人と森林の関わりが薄れている日本のような地域では、森林火災の発生件数自体は減少傾向にありますが、今までにない極端な気候条件下で発生した森林火災が大規模化、長期化する可能性は十分あると思います。いずれにしても、これからは森林と人との付き合い方を十分に考える必要があるのではないでしょうか。

(*1)飯泉茂編『ファイアーエコロジー 火の生態学』(東海大学出版会、1991年)
(*2)香川県「直島町(井島)の林野火災について(第14報・最終報)」(香川県HPより)
(*3)岐阜県「岐阜市東部・各務原市林野火災」(岐阜県HPより)

●岐阜県立森林文化アカデミーの公式サイト

Profile
柳沢 直●岐阜県立森林文化アカデミー教授。専門は植物生態学。京都府出身。1991年、京都大学理学部を卒業後、京都大学大学院に進学、京都大学生態学研究センターにて、里山をフィールドに樹木の分布について、植物の水利用の観点から研究。2000年博士号(理学)取得。京都府南部の里山を調査するうちに里山の自然に触れ、その価値を知る。2001年より現職。現在は、人と生物の関わりの中で育まれてきた里山の自然に興味を持ち、調査する一方で、新しい里山の利用に取り組んでいる。著作物に「里山の生物と自然」(分担執筆)、「水を知る?植物との密接な関係」(園芸マニア 1993年10月号)、「生活工芸双書 萱」(共著)など。
https://www.forest.ac.jp/teachers/yanagisawa-nao/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。