杉センセイの生物図鑑、 知らんけど
# 18
樹が燃えるとき
文化も森も豊かになる
2023.6.12

近頃は焚火ブームもあってか、各地で焚火のイベントを見かける機会が多くなりました。キャンプのために薪を買うという人も増えているでしょう。樹を使って火を燃やすという行為は、有史以来人間がずっと続けてきたことです。そう、樹と火と人の三角関係には数千年の歴史があるのです。そんな樹と火と人の関係性について杉センセイと深掘りしました。

写真・文:三浦 夕昇

森が豊かな国に
住む人の特権?

気温が高くなってきましたが朝晩は冷えることもあるし、年がら年中、焚き火とか暖炉の火が恋しくなるんですよね。寒いからこそ、火の暖かな色合いとか、炭の香りが身に沁みるのかなあ。

そうやなあ。「樹を燃やして、火を起こし、暖をとる」って、森が豊かな国に住んでる人の特権やからな。日本人は、昔からさまざまな樹種を燃やして、貴重な文化を育んできたんやで。

カシの枯れ枝を燃やしたキャンプファイヤー。

そっかあ、日本は森の国ですもんね。そこで樹を燃やす文化が発達するのも頷けますね…。でも、「樹を燃やす」って表現に、ちょっとした申し訳なさを感じるんですよね。なんか森林破壊に繋がる気がして…。

確かに、その認識は間違ってないで。火には、森を一瞬で破壊する力があるからな。でも反対に、人間が樹を燃やすことで、森の生態系が豊かになることだってあるんや。それに、“樹を燃やす”という行為は有史以来ずーっと続いてきたんや。その文化自体が、貴重な財産なんや。火には、“樹と人間を繋ぐかけはし”としての側面もあるんやで。

どういうことですか、それ。なんか面白そうですね。

よし、じゃあ今日は、火と樹と人の深〜い三角関係について深掘りしていくで〜。

薪としての利用

「樹を燃やす」って聞いたら、まず最初に思い浮かぶのは「薪」というワードですよね。

薪として使われるのは、ブナ科のクヌギ(Quercus acutissima)とコナラ(Quercus serrata)やな。彼らの材は、とにかく火持ちがイイんや。クヌギ・コナラの太い薪に一度着火したら、一晩じゅう火種として使える。「火持ちがいい」というのは、言い換えると「薪の交換回数を減らせる」っちゅうことや。薪を伐り出して、運んで、くべて…って、なかなかの重労働やろ?その手間を軽減できるのは大きな利点やったんやな。

コナラは凹凸の激しい幹が特徴。ドングリの樹としても有名。兵庫県川西市にて。

コナラとかクヌギって、どこに行っても見かけますよね。日本の人里近くの「里山林」の主人公だと聞いたことがあります。

その通り。薪は、昔の人々にとっての生活基盤やったからな。コナラやクヌギの森は、「薪炭林」として大切に管理されてきたんや。そういう森では独自の生態系が築かれていた。それが所謂「里山」やな。

さまざまな樹種が生い茂るコナラ・クヌギ林。里山林では、多種多様な植物が生い茂り、それが他の生物の多様性も増幅させる。兵庫県川西市にて。

人による管理が、豊かな生態系を作り出すって、興味深いですね…。具体的にどういう管理が行われていたんですか?

クヌギやコナラには、「萌芽能力」が備わっているんや。樹体が倒れて、切り株の状態になっても、もう一度芽を出して“復活”できる。この性質を利用して、薪炭林では「成木を伐採」→「萌芽」→「萌芽した枝を10年ほど放置」→「薪がとれる太さに育ったらまた伐採」…という管理サイクルが形作られた。

幹の途中から萌芽したコナラ。島根県益田市にて。

なるほど、樹の復活能力を上手く活用して、薪を永続的に確保できるシステムを作っていたんですね。持続可能性という点では、いまの化石燃料よりも優れていますね…。でも、このシステムが生態系をどう豊かにしたんですか?

薪炭林の管理サイクル。

上の管理サイクルは、「輪作」みたいな感じで運営されとった。森をいくつかの区画に分けて、それぞれの区画ごとにサイクルの進行度合いを変えとったんや。わかりやすくいうと、ある区画は伐採されて間もなくて、切り株ばっかりやけど、その隣の区画は伐採されてから長い年月が経っていて、高木ばっかり…みたいな感じ。里山では、「高齢林」と「若齢林」、さらに「森のでき始めの土地」がモザイク状に配置されていたんやな。すると、各々の森の日照条件に差が生まれ、植物の多様性が増す。結果的に、それを餌とする昆虫の多様性も増すんや。

最後に伐採が入ってから10年以下の区画(クヌギ若齢林)。日当たりが良く、陽光性の植物が生える。兵庫県川西市にて。
最後の伐採が入ってからおそらく数十年以上経っている森(コナラ高齢林)。日当たりは悪く、日陰を好む植物が生える。山梨県北杜市にて。

人間の燃料採取が、”環境の多様性”を大幅に高めていたんですね…‼︎

その通り。あと、伐採・萌芽再生を繰り返してきたクヌギやコナラの幹には、激しい凹凸がつくんや。ほんで、その凹凸には、樹液のシミ出しや、ウロが生じる。そういうところは、昆虫たちの餌場や棲家にもなった。“伐採”という行為そのものも、生態系を豊かにしてきたんやで。

幹に凹凸が入ったクヌギ。兵庫県川西市にて。

人間が燃料を採ることによって、生き物の棲家ができあがっていくって、すごく素敵ですね。樹と人間の“二人三脚”で自然を豊かにしていく流れが、現在の化石燃料の利用と真逆な気がします。

占いに使う樹

「薪」っていう実利的な利用だけじゃないで。古来、日本では火を使った占いが行われていたんや。興味深いことに、占いの際に燃やす樹はバラ科のウワミズザクラ(Padus grayana)と決まっていたらしい。

ウワミズザクラの花。桜と同じバラ科ではあるが、ブラシ状の集合花をつける。青森県青森市にて。北国では、よく似たシウリザクラ(Prunus ssiori )と混生する。

ウワミズザクラ…。「さくら」という名前が入っている通り、かわいい花ですね…‼︎でも、この樹を燃やして占いを行う図が想像できないんですけど。どんな占いが行われていたんですか?

まず、鹿の亀甲骨を用意する。ほんで、刃物を使ってその骨にいくらかの“溝”を刻み込んでおくんや。その後、骨をウワミズザクラの薪を使って焼く。すると、熱で骨が変形して、骨にひび割れができる。この“ひび割れ”の形で占いを行うんや。ウワミズザクラという樹種名は、「占(うら)溝(みぞ)桜」が訛ったものとされている。

ウワミズザクラの大木。寿命は長く、成長は遅めで、林冠層に到達するまで80年ほどかかると言われている。青森県十和田市にて。

なるほど…。ってか、その占い、要は骨を焼けばいいんですよね。焚きつけがウワミズザクラである必要なくないですか?別に他の樹種でも成立する気がするんですけど。

いや、ウワミズザクラじゃないとアカンねん。“占い”というのは、神様からのお告げ。そんな大事なコトを聞くときには、“周りの邪気”を祓わなあかんねん。ウワミズザクラには、その“邪気”を祓う力があると信じられてきたんや。

どういうことですか?あのかわいい花に、そんな魔力があるんですか?

ウワミズザクラの材を燃やすと、「パチパチパチッ‼︎」っていう猛烈な破裂音が鳴る。この破裂音が、邪気祓いになると考えられてきたんや。ウワミズザクラの材には、「チロース」っていう風船状の物質が多く含まれてる。これが、破裂音の原因なんやな。

樹の幹の内部には、根から葉へ水を運ぶ「道管」が通っている。この道管は、樹が成長するにつれて新しいものに付け替えられてゆく。その際、古い道管は閉鎖しなくてはならない。チロースは、道管が古くなると周囲から道管の内部に入り、その機能を停止させる役割をもつ。
ウワミズザクラの蕾。食用になる。長野県白馬村にて。

なるほど、燃やした時の独特な“音”に、ウワミズザクラが占いに選ばれる理由があったんですね。

なんと今でも、皇室の公式な占いでウワミズザクラが使われてるんやで。元号が変わって、新天皇が即位する際に「大嘗祭(だいじょうさい)」っていう五穀豊穣を祈願する儀式が行われるんやけど、その時に使う米の産地は、ウワミズザクラを使った占いで決められるんや。2019年、平成から令和に変わるときは、栃木県と京都府の米が使われたらしいな。

灯りとしての利用

電気がなかった時代、火は“灯り”としても利用されてきたんや。そういう時に燃やすのは、マツやカバノキなどなど、長時間“炎を出して”燃える木やった。

なるほど、照明として使うためには、ただ“火持ちがいい”だけじゃなくて、炎を出し続けることが大事ですもんね。

特に、松ヤニを樹の棒の先に塗りたくって火をつける「松明」(たいまつ)は有名やな。

漢字に「松」って入ってますもんね…。

アカマツは北海道を除く日本全国で普通に見られるマツ。古来から燃料として用いられてきた。

松明は、マツ林が近くにあれば簡単に作れるで。マツの幹の傷から染み出た松ヤニを集めて、加熱して溶かし、それを長い棒の先に塗れば完成や。松明の一番の長所は、火のコントロールが容易な点。松ヤニを塗った部位から火が燃え広がって、棒を手で持てなくなった…みたいなハプニングは起こらへん。1度の着火で、15分は燃え続けるしな。

アカマツから染み出た松ヤニ。
実際に作ってみた松明。15分ほど火力は持続した。

松明って、ゲームの中でしか見たことがなかったけれど、そんな実用性があったんですね。懐中電灯がなかった時代、重宝しただろうなあ。

アカマツが自生していない寒冷地(北東北、北海道)では、カバノキ類の樹皮が灯りの焚きつけに使われとった。あいつらの樹皮の何がすごいって、雨が降っていても簡単に着火できるところ。東北のマタギは、カバノキの樹皮を常時持ち歩いていて、雨の夜に灯りをともす際の焚きつけに使っていたらしい。

「北の国から」で、シラカバの樹皮を焚き火に使うシーンを見たことがあります‼︎あれ、“山のプロ”も実際にやっている方法だったんですね。

北国の樹の代表・シラカバは、燃えやすい樹としても有名。アイヌ民族や開拓民たちは、この樹の皮で火を起こし、広大な北海道の森を歩き回ったのである。北海道美瑛町にて。

本州中部〜北海道にかけて分布するカバノキ類の一種、ウダイカンバ(Betula maximowicziana)の樹皮は、鵜飼いが照明用の松明をつくるときに使っとったらしい。「ウダイ」という樹種名は、「鵜松明(うたいまつ)」を短縮したものなんや。

鵜飼いって、水際で仕事してますよね…。そんな場所でも炎を出し続けるなんて、火力の強さが半端ないですね…。

ウダイカンバ。カバノキの中で最も大きくなる樹であり、その材は体育館の床や、ピアノのハンマーなどに用いられた。青森県深浦町にて。
樹皮がボロボロと捲れたダケカンバ(Betula ermanii)。北海道東川町にて。これを焚きつけに使ったのである。

マツもカバノキも、他の樹種が生育していない裸地や草原を主な生育地としているんや。つまり、山火事が起こって森が焼け、他の樹が全部燃えれば、その後彼らの生育にぴったりな環境ができあがる…。あいつらが燃えやすい材、樹皮を作り出すのは、意図的に山火事を拡大させて自らの生息地を確保するため、という説がある。

なんかテロリストみたいで怖いですね…。でも、そういう性質を巧みに利用してしまう先人たちの知恵には感服です…‼︎

「火」は森と人との潤滑剤

ひとくちに「樹を燃やす」と言っても、その方法はひとつじゃないんですね…‼︎人の日常生活、森林生態系、そして樹の生態が複雑に作用しあって、「火」という成果物を作り出し、文化と自然の両方が豊かになっていく…。素敵な流れですね。

樹は、「身の回りの明るさと温度を自由に調節できる」という人類の特権を、火という媒体を通してバックアップしてくれる存在なんや。そんな彼らとの付き合いは、簡単に断ち切れるものじゃない。火は、人間と森とのあいだの潤滑剤なんや。ただ最近は、ガスとか石油が燃料として使われてるから、人間が樹を燃やす機会は大幅に減っとる。その影響で、里山の放置など、さまざまな問題が起こってるな。

それはもったいない…。私も、何かの樹種を燃やして、「樹を燃やす」文化を復活させたいです…‼︎

そうやなあ、宝くじ売り場の前でウワミズザクラ燃やして占いをしたら、10億円当たるんちゃう?知らんけど。

《杉センセイまとめ》
・「樹を燃やす」という行為が、必ずしも森林破壊に繋がるわけではない
・人間は薪として使うコナラ・クヌギの森を手厚く管理していた。そして、その持続的な管理によって森の生態系が豊かになっていった
・ウワミズザクラは、邪気を祓う力がある樹と信じられており、火を使った占いで盛んに用いられた。現在でも皇室の公式な行事で占いに用いられる
・先駆樹種(マツやカバノキ)の樹皮や材は、炎を出して燃え続けることから、照明がわりの焚き火の燃料として用いられた。彼らの“炎を出して燃えやすい”という性質は、森を一掃して生息地を確保する、という過激な生存戦略に基づいているという説もある
●参考文献
・深澤芳樹著「古代の灯火―先史時代から近世にいたる灯明具に関する研究」独立行政法人国立文化財機構
https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2021/07/kaken-15K03001.html
・楢原纏著『神々と植物』神戸新聞総合出版センター
・佐道健著『木へんを読む』学芸出版社
・伊東隆夫・佐野雄三・安部 久・内海泰弘・山口和穂 著『日本有用樹木誌』海青社
・『週刊日本の樹木』学研グラフィック百科
三浦 夕昇 (みうら・ゆうひ)
神戸出身の19歳。樹木オタク。幼少期から樹木の魅力に取り憑かれており、日本各地の森を巡っては樹を観察する毎日を送る。2023年冬より、ニュージーランドの学校で環境学を学ぶべく留学をする予定。