杉センセイの生物図鑑、 知らんけど
# 17
樹木たちのお休みタイムに
お邪魔します
2023.1.20

寒さが厳しくなるとダウンを着たり、毛布にくるまって寝たり、暖まり方はさまざまです。それは樹木たちも同じこと。木々の冬の過ごし方を杉センセイと覗いてみましょう。

写真・文:三浦 夕昇

樹木たちも
厚着をする

冬はすっかり葉も落ちて、森に入っても見えるのは樹の枝だけ。花も咲いてないし、景色はモノトーンだし……退屈な季節になったなあ…。

冬が退屈やって⁉︎ それはものすごくもったいない思い込みやなあ。冬の森にも、楽しい発見はいっぱい転がっているんやで。

冬の森の楽しい発見…、面白そうですね…!例えばどんなことですか?

そこに樹の枝があるやろ。それをこっちに引き寄せて、よ〜く見てみい。

なんか、鉛筆の芯みたいに尖った芽?がついていますね。これがどうかしたんですか?

これはブナの冬芽や。落葉樹は、みんな冬に葉を落として休眠する。その間、翌年の春に開く葉を枝先にストックしとかなあかん。次の年の生命線となる大事な“葉”を、冬の厳しい寒さから守るシェルター。それが冬芽なんや。樹にとってめっちゃ大事な設備やから、冬芽のデザインはめっちゃ精巧につくり込まれとる。冬芽を観察すると、樹木たちの緻密な生存戦略を垣間見ることができるんやで。

へえ〜‼︎ よくよく考えると、冬芽をちゃんと観察したことなんてなかった…。ブナの冬芽にはどんな生存戦略が隠されているんですか?

ブナの冬芽をもう一回よく見てみ。芽の表面にいくつか薄い線が入って、鱗(うろこ)模様ができあがってるやろ。

ほんとだ〜‼︎鱗模様がくっきり見えますね。

ブナの冬芽は、「芽鱗(がりん)」というカバーに覆われているんや。人間も、寒くなると厚着をして暖をとるやろ。それと同じで、樹木たちも翌年葉になる部分にカバーをかけて、冬の寒さをしのぐんや。何枚の芽鱗を着るかは、樹種によってまちまちや。ブナの冬芽は、おおよそ20枚の芽鱗を被ってるな。

サワシバの冬芽の断面。葉芽を芽鱗の層が包み込んでいる
サワシバの芽鱗を一枚ずつ剥がすとこんな感じ。一枚一枚の芽鱗はとても薄っぺらいが、それらが重なることで、堅牢なカバーが完成する。

あの小さい冬芽に20枚のカバーが折り重なっているんですか⁉︎ それで鱗模様ができあがるんですね…。すごく細かいつくりだなあ…。でも、芽鱗って、すごく薄っぺらくないですか〜?あんなのが20枚折り重なったところで、パーカー1枚の保温力には敵わないと思うんですけど。

失礼な‼︎ ブナの冬芽は、マイナス30度になっても内部が凍ることはないんやで。これも、芽鱗のおかげや。ブナよりも高緯度に分布するダケカンバやミズナラ、ハリギリは、マイナス70度まで耐えられる冬芽を使っとる。

マイナス30度‼︎ パーカーとか、そういう次元の話じゃないですね…。参りました‼︎

春のブナ林では、白い雪の上に大量の芽鱗が落ちて、雪面が茶色に染まる。1つの冬芽に20 枚の芽鱗、1本の樹には数千の冬芽、1つの森には数千のブナ…芽鱗の数を考えると気が遠くなる。
ブナ以外にも、芽鱗を愛用する樹種は多い。サワシバ(上)、イタヤカエデ(下)の冬芽。

冬芽の防御機能

芽鱗だけちゃうで。念には念を入れて、もっと強力な設備を冬芽に導入してる樹種もおる。こっちの冬芽を見てみ。

この冬芽、ブナよりも大きいですね。もうちょっと近くで見てみよ…って、あっ…なんかネバネバしてる。テープの接着面みたいな手触りですね‼︎

これはトチノキの冬芽や。人間が冬に保湿クリームを塗るように、彼も芽の表面にベタベタの粘液をつけて、冬芽を乾燥から守ってるんや。あと、動物や虫の中には冬芽を食べるやつもおる。例えばモモンガやムササビは、冬芽を重要な食料源としとる。粘液はそういう厄介者の攻撃をかわす役割も担ってるな。

なるほど。備えあれば憂いなし、ってやつですね〜。あれ?でも、ちょっとおかしくないですか?冬芽が乾燥したり、食べられたりして困るのは、ブナも一緒なはず。なんでブナの冬芽には粘液がついてなくて、トチノキの冬芽だけベタベタなんですか?ブナも粘液を導入して、もっとセキュリティを万全にしたらいいのに。

ええところに気がついたなあ〜。確かに、冬のブナ林を歩くと、ムササビやモモンガに食べられたブナの冬芽をよく見かける。ブナがちょっと丸腰すぎるように見えるのも無理はないな。
この疑問を解決するためには、一回上を見上げて、樹の枝ぶりを観察せなあかん。

上?冬芽を観察しているのに?

そうや。ブナとトチノキの枝ぶりを比べてみ。ブナは細い枝が無数に伸びていて、なんだか繊細な印象の枝ぶりやろ。反対に、トチノキの場合は太い枝がゴツゴツ伸びて、なんだか粗い印象の枝ぶりやろ。

トチノキ(上)とブナ(下)

ほんとだ‼︎枝の密度が、全然違いますね‼︎

この違いは、葉の大きさからくるんや。トチノキは長さ40㎝に及ぶ葉っぱが約9枚集まった、“複葉”(複数の葉がひとかたまりになってつく葉)をつけるんや。当然、トチノキの葉っぱはめっちゃでかい。一方ブナは、手のひらサイズの、小ぶりな葉っぱをつける。大きい葉っぱをつけるトチノキは、葉がかさばらんように枝と枝の間隔を広めに取らなあかん。せやから、枝ぶりが粗く、単純なものになるんや。反対に、ブナの葉っぱはスペースをとらへんから、彼は枝を密集させることができるんや。

トチノキの新葉。夏になるとこの倍ぐらいまで大きくなる。
ブナの葉。

なるほど…それが冬芽とどう関係があるんですか?

枝ぶりが単純なトチノキは、1本の枝につけることができる冬芽の数も少ない。つまり彼は、一つひとつの冬芽を大切にせなあかんのや。冬芽を1個失ったら、翌年相当な量の葉っぱを失うからな。でもブナは、枝ぶりが繊細やから、大量の冬芽をつけることができる。冬芽をちょっとやそっと失ったところで、あいつはあんまり気にせえへん。控えがいっぱい残っとるからな。そんで、あいつは冬芽のセキュリティにはあまり気を配ってへんのや。

枝ぶりと冬芽って、実は密接に繋がっているんですね〜‼︎

“冬芽”っていう小さなパーツが、森の天井の骨組みである“枝ぶり”と密接に関係してるんや。冬芽を通して、森の構造が明らかになってくるんやで。なんか、楽しくなってくるやろ?

冬芽を観察すると、樹の枝ぶりにも目がいく。

すっぽんぽんで寒くないの?

これまで出てきたやつとは真逆で、芽鱗も、粘液もかぶっとらん、裸ん坊の冬芽をつけるやつもおる。

そんな強者がいるんですか?そういえば、小学校の時、どんなに寒い日でも半袖半ズボンで登校してくるヤツいたな…。森の中にも、そういうキャラの樹がいるんですね。

そうやな、それに近いな(笑)。例えばこいつ(下の写真)。これは、ムラサキシキブという低木の冬芽や。先端部の、大きく飛び出した芽の表面に、葉脈のような筋が入ってるやろ。

ほんとだ‼︎もしかして、これって、春に葉っぱに成長するんですか…?

正解。ムラサキシキブの冬芽の一番外側の部位は、翌春に葉に成長するんや。

ええ‼︎ そんなことして、大丈夫なんですか?大事な葉っぱを、吹きっさらしの外気にさらすなんて…。ちょっとスパルタすぎませんか…?

ははは。大丈夫。ムラサキシキブも、さすがに完全なすっぽんぽんで冬を越すわけちゃうで。一番外側の部分をさわると、若干フカフカするはずや。つまり、彼の冬芽の表面には、細かい毛が無数に生えていて、それが保温効果をもたらすんや。

ほんとだ…フカフカする…‼︎
なるほど、この産毛が、芽鱗の代わりになるんですね。春に葉っぱになる部分に、直接毛布をかぶっている感じか…。

その通り‼︎こういった、芽鱗を着ない冬芽は、「裸芽(らが)」と呼ばれるんや。

冬の森には
楽しい造形がいっぱい

どうや?冬芽を通して、樹木の頭の良さがわかってきたやろ?あいつら、冬の間は枝だけになって、すっからかんの風貌になってまうから、「何も考えずに休眠してるだけ」みたいに誤解されがちや。でもほんまは、数ヶ月先の春を無事に迎えるために、とてつもなく緻密な作戦を練って、一瞬たりとも油断することなく冬越しをしてるんや。眠る間も、生きるための努力を欠かさない。樹木の生き方に学ぶことって、たくさあると思わへんか?

そうですね〜。一見ぶっきらぼうに立っているように見えて、実はすごい努力家だったなんて、ギャップ萌えを感じずにはいられませんね…。

冬芽以外にも、葉痕(ようこん:葉脈と枝をつなぐ維管束の痕跡。枝の表面に見られる)、樹皮のデザイン、枝ぶりの文様などなど、冬の森には楽しい造形がいっぱいやで。樹木たちは、冬ならではの芸術作品を用意して、森で待ってくれてるんや。せやから、冬の森が退屈、なんてことはないで〜‼

サワグルミ(上)とオニグルミ(下)の葉痕。クルミ科の樹種は、枝に顔を浮かび上がらせるのが得意なようで…(ちょっと怖い?)サワグルミの枝にはニコちゃんマークが、オニグルミの枝にはお猿さんの顔が浮かび上がる。
幹がまっすぐ伸びた冬のブナ二次林。

結局、樹木たちが僕らを退屈させることなんてあり得ないんですね‼︎さっそく、冬の樹木と戯れに、森に行ってきます‼︎

おう‼︎きいつけてな‼︎ もしかしたら、夏の森よりも楽しい‼︎ なんてことになるかもしれへんな。知らんけど。

《杉センセイまとめ》
・多くの樹種は、「芽鱗」と呼ばれるカバーで冬芽を包み込み、寒さを凌いでいる
・芽鱗を何枚も着込んだり、芽の表層に粘液をつけたりと、樹木たちが冬越しをする方法はさまざま
・冬芽のデザインと、樹のからだ全体のつくり・機能は密接に関係している
・一方で、芽鱗などの防寒設備を持たない冬芽「裸芽」も存在する

●参考資料
・丸田恵美子『冬の樹木の生理生態学』
http://www.fb.fr.a.u-tokyo.ac.jp/pdf/physiological_ecology_of_trees_in_winter.pdf
・広沢毅・林将之(2010)『冬芽ハンドブック』文一総合出版 
・植物生理学会ホームページ
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4379
・奥入瀬フィールドミュージアム
http://oirase-fm.com/notes/naturalist/百面相と先手必勝のメカニズム/

三浦 夕昇 (みうら・ゆうひ)
神戸出身の19歳。樹木オタク。幼少期から樹木の魅力に取り憑かれており、日本各地の森を巡っては樹を観察する毎日を送る。2023年冬より、ニュージーランドの学校で環境学を学ぶべく留学をする予定。