寒さが厳しくなるとダウンを着たり、毛布にくるまって寝たり、暖まり方はさまざまです。それは樹木たちも同じこと。木々の冬の過ごし方を杉センセイと覗いてみましょう。
樹木たちも
厚着をする
冬はすっかり葉も落ちて、森に入っても見えるのは樹の枝だけ。花も咲いてないし、景色はモノトーンだし……退屈な季節になったなあ…。
冬が退屈やって⁉︎ それはものすごくもったいない思い込みやなあ。冬の森にも、楽しい発見はいっぱい転がっているんやで。
冬の森の楽しい発見…、面白そうですね…!例えばどんなことですか?
そこに樹の枝があるやろ。それをこっちに引き寄せて、よ〜く見てみい。
なんか、鉛筆の芯みたいに尖った芽?がついていますね。これがどうかしたんですか?
これはブナの冬芽や。落葉樹は、みんな冬に葉を落として休眠する。その間、翌年の春に開く葉を枝先にストックしとかなあかん。次の年の生命線となる大事な“葉”を、冬の厳しい寒さから守るシェルター。それが冬芽なんや。樹にとってめっちゃ大事な設備やから、冬芽のデザインはめっちゃ精巧につくり込まれとる。冬芽を観察すると、樹木たちの緻密な生存戦略を垣間見ることができるんやで。
へえ〜‼︎ よくよく考えると、冬芽をちゃんと観察したことなんてなかった…。ブナの冬芽にはどんな生存戦略が隠されているんですか?
ブナの冬芽をもう一回よく見てみ。芽の表面にいくつか薄い線が入って、鱗(うろこ)模様ができあがってるやろ。
ほんとだ〜‼︎鱗模様がくっきり見えますね。
ブナの冬芽は、「芽鱗(がりん)」というカバーに覆われているんや。人間も、寒くなると厚着をして暖をとるやろ。それと同じで、樹木たちも翌年葉になる部分にカバーをかけて、冬の寒さをしのぐんや。何枚の芽鱗を着るかは、樹種によってまちまちや。ブナの冬芽は、おおよそ20枚の芽鱗を被ってるな。
あの小さい冬芽に20枚のカバーが折り重なっているんですか⁉︎ それで鱗模様ができあがるんですね…。すごく細かいつくりだなあ…。でも、芽鱗って、すごく薄っぺらくないですか〜?あんなのが20枚折り重なったところで、パーカー1枚の保温力には敵わないと思うんですけど。
失礼な‼︎ ブナの冬芽は、マイナス30度になっても内部が凍ることはないんやで。これも、芽鱗のおかげや。ブナよりも高緯度に分布するダケカンバやミズナラ、ハリギリは、マイナス70度まで耐えられる冬芽を使っとる。
マイナス30度‼︎ パーカーとか、そういう次元の話じゃないですね…。参りました‼︎
冬芽の防御機能
芽鱗だけちゃうで。念には念を入れて、もっと強力な設備を冬芽に導入してる樹種もおる。こっちの冬芽を見てみ。
この冬芽、ブナよりも大きいですね。もうちょっと近くで見てみよ…って、あっ…なんかネバネバしてる。テープの接着面みたいな手触りですね‼︎
これはトチノキの冬芽や。人間が冬に保湿クリームを塗るように、彼も芽の表面にベタベタの粘液をつけて、冬芽を乾燥から守ってるんや。あと、動物や虫の中には冬芽を食べるやつもおる。例えばモモンガやムササビは、冬芽を重要な食料源としとる。粘液はそういう厄介者の攻撃をかわす役割も担ってるな。
なるほど。備えあれば憂いなし、ってやつですね〜。あれ?でも、ちょっとおかしくないですか?冬芽が乾燥したり、食べられたりして困るのは、ブナも一緒なはず。なんでブナの冬芽には粘液がついてなくて、トチノキの冬芽だけベタベタなんですか?ブナも粘液を導入して、もっとセキュリティを万全にしたらいいのに。
ええところに気がついたなあ〜。確かに、冬のブナ林を歩くと、ムササビやモモンガに食べられたブナの冬芽をよく見かける。ブナがちょっと丸腰すぎるように見えるのも無理はないな。
この疑問を解決するためには、一回上を見上げて、樹の枝ぶりを観察せなあかん。
上?冬芽を観察しているのに?
そうや。ブナとトチノキの枝ぶりを比べてみ。ブナは細い枝が無数に伸びていて、なんだか繊細な印象の枝ぶりやろ。反対に、トチノキの場合は太い枝がゴツゴツ伸びて、なんだか粗い印象の枝ぶりやろ。
ほんとだ‼︎枝の密度が、全然違いますね‼︎
この違いは、葉の大きさからくるんや。トチノキは長さ40㎝に及ぶ葉っぱが約9枚集まった、“複葉”(複数の葉がひとかたまりになってつく葉)をつけるんや。当然、トチノキの葉っぱはめっちゃでかい。一方ブナは、手のひらサイズの、小ぶりな葉っぱをつける。大きい葉っぱをつけるトチノキは、葉がかさばらんように枝と枝の間隔を広めに取らなあかん。せやから、枝ぶりが粗く、単純なものになるんや。反対に、ブナの葉っぱはスペースをとらへんから、彼は枝を密集させることができるんや。
なるほど…それが冬芽とどう関係があるんですか?
枝ぶりが単純なトチノキは、1本の枝につけることができる冬芽の数も少ない。つまり彼は、一つひとつの冬芽を大切にせなあかんのや。冬芽を1個失ったら、翌年相当な量の葉っぱを失うからな。でもブナは、枝ぶりが繊細やから、大量の冬芽をつけることができる。冬芽をちょっとやそっと失ったところで、あいつはあんまり気にせえへん。控えがいっぱい残っとるからな。そんで、あいつは冬芽のセキュリティにはあまり気を配ってへんのや。
枝ぶりと冬芽って、実は密接に繋がっているんですね〜‼︎
“冬芽”っていう小さなパーツが、森の天井の骨組みである“枝ぶり”と密接に関係してるんや。冬芽を通して、森の構造が明らかになってくるんやで。なんか、楽しくなってくるやろ?
すっぽんぽんで寒くないの?
これまで出てきたやつとは真逆で、芽鱗も、粘液もかぶっとらん、裸ん坊の冬芽をつけるやつもおる。
そんな強者がいるんですか?そういえば、小学校の時、どんなに寒い日でも半袖半ズボンで登校してくるヤツいたな…。森の中にも、そういうキャラの樹がいるんですね。
そうやな、それに近いな(笑)。例えばこいつ(下の写真)。これは、ムラサキシキブという低木の冬芽や。先端部の、大きく飛び出した芽の表面に、葉脈のような筋が入ってるやろ。
ほんとだ‼︎もしかして、これって、春に葉っぱに成長するんですか…?
正解。ムラサキシキブの冬芽の一番外側の部位は、翌春に葉に成長するんや。
ええ‼︎ そんなことして、大丈夫なんですか?大事な葉っぱを、吹きっさらしの外気にさらすなんて…。ちょっとスパルタすぎませんか…?
ははは。大丈夫。ムラサキシキブも、さすがに完全なすっぽんぽんで冬を越すわけちゃうで。一番外側の部分をさわると、若干フカフカするはずや。つまり、彼の冬芽の表面には、細かい毛が無数に生えていて、それが保温効果をもたらすんや。
ほんとだ…フカフカする…‼︎
なるほど、この産毛が、芽鱗の代わりになるんですね。春に葉っぱになる部分に、直接毛布をかぶっている感じか…。
その通り‼︎こういった、芽鱗を着ない冬芽は、「裸芽(らが)」と呼ばれるんや。
冬の森には
楽しい造形がいっぱい
どうや?冬芽を通して、樹木の頭の良さがわかってきたやろ?あいつら、冬の間は枝だけになって、すっからかんの風貌になってまうから、「何も考えずに休眠してるだけ」みたいに誤解されがちや。でもほんまは、数ヶ月先の春を無事に迎えるために、とてつもなく緻密な作戦を練って、一瞬たりとも油断することなく冬越しをしてるんや。眠る間も、生きるための努力を欠かさない。樹木の生き方に学ぶことって、たくさあると思わへんか?
そうですね〜。一見ぶっきらぼうに立っているように見えて、実はすごい努力家だったなんて、ギャップ萌えを感じずにはいられませんね…。
冬芽以外にも、葉痕(ようこん:葉脈と枝をつなぐ維管束の痕跡。枝の表面に見られる)、樹皮のデザイン、枝ぶりの文様などなど、冬の森には楽しい造形がいっぱいやで。樹木たちは、冬ならではの芸術作品を用意して、森で待ってくれてるんや。せやから、冬の森が退屈、なんてことはないで〜‼
結局、樹木たちが僕らを退屈させることなんてあり得ないんですね‼︎さっそく、冬の樹木と戯れに、森に行ってきます‼︎
おう‼︎きいつけてな‼︎ もしかしたら、夏の森よりも楽しい‼︎ なんてことになるかもしれへんな。知らんけど。
《杉センセイまとめ》
・多くの樹種は、「芽鱗」と呼ばれるカバーで冬芽を包み込み、寒さを凌いでいる
・芽鱗を何枚も着込んだり、芽の表層に粘液をつけたりと、樹木たちが冬越しをする方法はさまざま
・冬芽のデザインと、樹のからだ全体のつくり・機能は密接に関係している
・一方で、芽鱗などの防寒設備を持たない冬芽「裸芽」も存在する
●参考資料
・丸田恵美子『冬の樹木の生理生態学』
http://www.fb.fr.a.u-tokyo.ac.jp/pdf/physiological_ecology_of_trees_in_winter.pdf
・広沢毅・林将之(2010)『冬芽ハンドブック』文一総合出版
・植物生理学会ホームページ
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=4379
・奥入瀬フィールドミュージアム
http://oirase-fm.com/notes/naturalist/百面相と先手必勝のメカニズム/