杉センセイの生物図鑑、 知らんけど
# 16
クリスマスツリーの素顔
2022.12.23

12月になると、市街地でも木を目にする機会が増える気がしませんか?そう、クリスマスツリーとして使われる木々が、色とりどりに飾られてあちこちに佇んでいますよね。毎年近くで見ているはずだけれど、思いのほか知らないクリスマスツリーの素顔に迫ってみましょう。

写真・文:三浦 夕昇

クリスマスツリーに
使われる樹種

もう12月ですね。今年も早かったなあ〜。この時期になると、街は一気にクリスマスムードになって、心が華やぎますねえ。この前ホームセンターに行ったら、クリスマスツリー用のモミの樹が売られていたんです。ああいうのを見ると、なんだかワクワクするんですよね。

そうやなあ。モミって、原生的な森の中に生える樹やから、結構な山の中に行かないと観察できへんねん。でもこの時期には、街中で気軽にモミと会える。樹木オタクにとっても、クリスマスはワクワクする時期なんや。

そんなマニアックな楽しみ方でクリスマスを過ごす人がいるんですね…(笑)

ところで、クリスマスツリーに使われるモミの樹が、野生状態で山に生えている姿を見たことあるか?

そういえば、あんまり意識したことなかったかも…。あいつら、普段森の中ではどういう生活を送っているんですか?

よし、じゃあ今回は、クリスマスツリーの生態について、深掘りしていくで〜。

お願いします!

一般的にクリスマスツリーとして使われるのは、マツ科モミ属(Abies)、もしくはマツ科トウヒ属(Picea)に属する針葉樹や。この御二方は、緑に茂った針葉に、綺麗な三角形の樹形…みたいな、いかにもクリスマスツリーらしいフォルムに育つ。ホームセンターや園芸店で売られる生木のクリスマスツリーも、たいていモミ類かトウヒ類やな。

へえ〜クリスマスツリーに使われるのって、モミだけじゃないんですね…。

せやで。今度ホームセンターでクリスマスツリーを見かけたら、樹種名も注目してみてや。

北海道に分布する、モミ属のトドマツ(Abies sachalinensis)。綺麗な三角形の樹形。北海道仁木町にて撮影。
ヨーロッパ原産のトウヒ属のドイツトウヒ(Picea abies)。日本でも頻繁に植栽される。元祖クリスマスツリーはこの樹種だと言われている。岩手大学附属植物園にて撮影。
モミとトウヒの違い。日本では、モミがクリスマスツリーとして使われることが圧倒的に多いが、ヨーロッパでは、トウヒも頻繁に用いられる。特にドイツトウヒは、成長が早く繁殖が容易なため、苗木の大量生産に向いており、多くのクリスマスツリー業者が本種を栽培しているとのこと。

クリスマスツリーの起源

そもそもクリスマスツリーって、誰がいつ飾り始めたんですか?なんとなく、ヨーロッパ発祥のイメージはあるんですが…。

実のところ、クリスマスツリーの起源は、はっきりとはわかってないんや。1539年に、フランスのストラスブール大聖堂でクリスマスツリーが飾られたというのが、今のところ最古の記録とされている。

世界中に浸透している習慣なのに、その起源は不明なんですね…。なんか不思議。

ただ、一部の伝承では、8世紀にフランク王国(現在の西ヨーロッパ全域に相当)で活躍したキリスト教宣教師・聖ボニファティウスがクリスマスツリーの発明者である、ということになってる。

ほう、その伝承って、どんな内容なんですか?

当時フランク王国には、トールという雷神を信仰する古代ゲルマン民族が住んでいたんや。彼らは、「トールは大木に宿る」という巨木信仰を持っていて、人間の生贄を大木に捧げたりしとった。ボニファティウスは、この残虐な習慣をやめさせるために、ある村でオークの大木を伐り倒した。すると、大木の切り株近くからモミの苗木が育ち始めたんや。これを見たボニファティウスは、村人にこう伝えた。
「これからは、このモミの樹を聖なる樹としよう。そして、この樹を家に飾ってキリストの誕生日を祝うのだ」
それから古代ゲルマン民族たちは、聖なる大木の”後継”のように育つモミに神々しさを感じ、キリスト教に改宗したらしい…。とまあ、こんな内容やな。

なるほど、オークの大木に「死」を捧げていた村人たちが、モミの樹でキリストの「生誕」を祝うようになるなんて…。ものすごい変化ですね。

まあ、歴史というのは勝者が語るからな。もしかしたらボニファティウスを英雄に仕立て上げるために、史実にいくらかの脚色を加えてるのかもしれんし、古代ゲルマン民族の野蛮なイメージをかなり誇張してるのかもしれん。ただ、ボニファティウスがドイツのガイスマーという村でオークの神木を切り倒した、というのは史実らしい。せやから、あの伝承にはいくらかの信憑性があるんや。

なぜ常緑なのか

キリスト教圏では、冬でも緑の葉をつけ続けるモミの樹は「永遠の命の象徴」として神聖視されてきたんや。常緑の植物を神聖視する傾向は、キリスト教に限らず世界中さまざまな文化圏で見られる。日本でも、常緑のマツが「生命力の象徴」とされていて、その信仰が門松という形で現れとるな。

マツという樹種名は「祀る」にも通じる。松は古くから「不老長寿」「永遠の繁栄」の象徴とされてきた。

なるほど、クリスマスツリーと日本の門松には、似たようなルーツがあるんですね。面白い…。でも、ちょっと待って。そもそもの疑問なんですけど、どうして針葉樹は冬の間も葉を茂らせることができるんですか?モミやトウヒって、ものすごく寒い場所に生えるイメージがあります。広葉樹は、そういう場所では皆、葉を落として休眠しますよね…。

多くの人は、モミやトウヒというとこんな景色を思い浮かべるのでは。北海道東川町のアカエゾマツ(トウヒ属、Picea glehnii)群落。

ええところに気がついたな。確かに、寒冷な地域では、多くの広葉樹は冬に落葉する。ブナやナラなんかがその代表例やな。でもモミやトウヒは、そういった落葉広葉樹よりもさらに寒冷な地域に進出して森をつくるんや。シベリアや亜高山帯みたいに、広葉樹が進出できないほど寒さが厳しい地域でも、平気で生育しよる。実はこれこそが、彼らが常緑である理由なんや。

どういうことですか?寒さが厳しくなるのに、無理やり葉をつけ続けるって、矛盾してる気が…。

針葉樹が生育するような亜寒帯では、グリーンシーズンが極端に短いんや。春が来るのは6月ごろで、9月ごろには秋が来る。そんな季節配分の場所で落葉なんかしてしまったら、光合成ができる期間はたったの4ヶ月たらずになってまう。4ヶ月の間に、樹のからだを維持できるほどの養分をつくることはかなり難しい。せやから、針葉樹たちは冬を通して葉を稼働させ続けてるんや。いわば、あいつらは冬の間、“残業”として光合成を行ってるんやな。

岩手県・八幡平にあるオオシラビソ(モミ属、Abies mariesii)の樹海。八幡平は、奥羽山脈の稜線上にある高山。冬の寒さはシベリア並み。モミやトウヒは、そういった寒冷地にこぞって進出し、森を作る。

夏が短すぎるから、冬も残業しないとノルマを達成できない…というわけですね。なんだかブラックな労働条件だなあ。本当にお疲れ様です‼︎

彼らの仕事は「葉をつけること」やからな。この仕事がストップすると、彼ら自身の生活も危うくなるし、生態系も回らなくなる。冬も残業して、必死に光合成を続ける針葉樹を見ると、家族のために日夜がんばるお父さんを連想してしまうなあ。

雪深い八甲田山で森を作るオオシラビソ。広葉樹が寝静まっている4月上旬でも、ひたすら光合成を続ける。

三角樹形

クリスマスツリーといえば、愛らしい三角形の樹形や。三角形という図形は、キリスト教の教義である三位一体(イエスキリスト、父なる神、精霊の3つをまとめて唯一神とする考え方)を連想させる。これも、モミの樹が神聖視されてきた理由のひとつなんや。

よくよく考えてみると、あそこまで綺麗な三角樹形をつくる樹って、モミ・トウヒの他にないですよね…。

北海道に分布するトウヒの仲間・アカエゾマツの樹形。綺麗な三角形。

あの三角樹形も、彼らの生存戦略のひとつなんや。モミやトウヒは、幹を直立させる癖がある。つまり、空までの最短ルートを幹でなぞってるんや。これは、効率よく樹高を稼いで、日照を独り占めするため。この場合、梢のほうに向かって側枝を短くし、ピラミッド型の樹形を作ると、すべての葉に日光があたって光合成がし易くなる。結果として、綺麗な三角樹形ができあがるんや。

幹をまっすぐ伸ばすモミ(モミ属、 Abies firma)。その樹高は40m以上にも達する。京都市鞍馬にて。
モミの三角図形の模式図。段々に張った枝が、日光(赤矢印)の受け皿の役割を果たす。

なるほど、あの樹形の裏側に、そんな綿密な作戦が隠されていたとは……。樹木のからだって、本当に精巧に作り込まれているんですね…。

モミの若木。ピラミッド型の枝配置が、できあがりつつある…。兵庫県神戸市にて。

ただ、三角樹形には大きな欠点があるんや。モミとかトウヒって、幹を真っ直ぐ伸ばすのは得意やねんけど、臨機応変に幹を屈曲させることはできへんねん。ピラミッド型の枝の配置は、幹の直立が前提のデザインやからな。融通が効かへんのや。

でも、森の中には大勢の樹木がひしめいていますよね…。そんな空間では、幹を真っ直ぐ伸ばすのは至難の業だと思います。林内で発芽したモミの稚樹は、どうするんですか?

融通が効かない生活スタイルを送っているため、モミやトウヒは他の樹種との共同生活は苦手。日当たりのいい環境で、同じ樹種どうし大勢で群れることが多い。北海道阿寒湖で、仲良く群れるアカエゾマツの稚樹たち。カワイイ。

その通り。暗い林内で発芽してしまったモミは、そのままでは大きくなれへん。でも、すべての樹には寿命がある。モミの苗木の頭上で枝葉を伸ばしている大木たちも、いつかは倒れるんや。林内で発芽したモミやトウヒは、その大木が倒れる“Xデー”を、静かに待ち続けるんや。

えぇ!でも、樹ってすごく長寿ですよね。それが倒れる日って、何十年先になるか分からないじゃないですか。

暗い林内で発芽していた、トドマツの稚樹。北海道美瑛町にて。

大丈夫。モミやトウヒは、かなり耐陰性(日陰で生き残る能力)が強い。彼らは時として、暗い林内で数十年以上、苗木のまま待機するんや。そして、頭上の大木が倒れてギャップ(大木が倒れることでできる林冠の穴)ができた瞬間、一気に幹を高く伸ばして、空きスペースを陣取る。

電車が混んでるとき、座席の前に立ち続けて、その席が空いた瞬間誰よりも早く陣取る人、いますよね。それを想起させる戦略だなぁ…。

山手線の新宿駅とか池袋駅でよく起こる現象やな。あの人たちは、モミと全く同じ生き方をしてるんや。ところで、この話を聞いて、何か思い出さへんか?

モミの苗木視点で見た森林内のギャップ。
モミの人生はだいたいこんな感じ。

あ!ボニファティウスの伝説!

そう、オークの大木が倒れて、同じ場所からモミが生えてきた、っていう伝承は、モミの生態と完全に合致するんや。

すごい!8世紀の伝承が、実際の植生遷移と密接に関係してるなんて!

もしかしたら、クリスマスツリーの発明者は、ほんまにボニファティウスなのかもな。知らんけど。何はともあれ、メリークリスマス!

メリークリスマス!

《杉センセイまとめ》
・クリスマスツリーに使われるのは、マツ科トウヒ属・マツ科モミ属の針葉樹
・クリスマスツリーの起源は、はっきりしていない。ドイツには、8世紀のフランク王国の宣教師・聖ボニファティウスがクリスマスツリーを発明したという伝承がある
・モミやトウヒが寒冷地で常緑を維持するのは、夏が短すぎて光合成のノルマを達成できないから
・モミやトウヒの三角樹形は、森の中で日照を陣取るための生存戦略
●参考文献
・ナショナルジオグラフィック「クリスマスツリーはいつ、どこで生まれたのか?」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/122200755/
・西太平洋湿潤地域の植生帯と針葉樹優占の生物地理学
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030920769.pdf
・渡辺一夫『イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか』築地書館
三浦 夕昇 (みうら・ゆうひ)
神戸出身の19歳。樹木オタク。幼少期から樹木の魅力に取り憑かれており、日本各地の森を巡っては樹を観察する毎日を送る。2023年冬より、ニュージーランドの学校で環境学を学ぶべく留学をする予定。