杉センセイの生物図鑑、 知らんけど
# 11
キツネ/イヌ科イヌ亜科
街中に潜むキツネの暮らし
2022.2.14

この連載では久しぶりに動物の登場です。今回は人の身近で暮らすキツネを紹介します。童話や昔話など、さまざまな場所で登場するキツネを知らない人はいないでしょう。でも、実際のキツネの暮らしについて意外と知らないことが多いような気がします。生きものにも詳しい杉センセイにその生態についていろいろ聞いてみましょう!

写真・文:渡邉 智之

キツネって見たことある?

このごろはすっかり寒くて布団から出られませんね~。こういう寒い季節になると、なぜか新見南吉の『手袋を買いに』を思い出しちゃうんですよ。あの手袋をはめた子どものキツネがかわいいですよね。

本物のキツネが手袋をはめてたらさぞかわいいだろうな。

そういえば本物のキツネは見たことないなあ。見た目は絵本に出てくるようなものとほとんど同じなんですよね?

そうやな。三角形の大きな耳にスラっとした体型と長い脚、フサフサした尻尾が特徴や。

あのフワフワのしっぽや耳はいつかモフモフしてみたいですね!

実はそのしっぽや耳、脚の長さやスラっとした体型は、キツネの暮らしを知る上でかなり重要な情報なんやで。例えば、耳は顔に対して随分大きいやろ?あれは音に対して敏感に反応できる証拠っちゅうわけや。ネズミなんかの獲物が出す些細な音も逃さないためなんやろな。

なるほど。狩りにとても役立つ耳なんですね!

せや。スラっとした体に長い脚としっぽにも意味があってな。犬もキツネと似たような体型しとるやろ?アフリカのチーターなんかもそう。犬とかチーターって足が速いイメージあるやんな。つまり、走り回るのに適した体つきをしとるっちゅーこと。

たしかに、どれも形が似てますね。

こういう走り回るのが得意な体系を生かして、草原でネズミを追いかけたり、飛んで逃げたバッタを追いかけたりして狩りをするんや。だからキツネは下草の多い山の中よりも、実は畑や田んぼ、草地なんかの人里近くの環境の方が好きなんやで。

だから北海道みたいな広大な畑が広がる場所で見かけることが多いんですね。

その通り。ちなみに北海道にいるのは「キタキツネ」で、本州より南(沖縄を除く)には「ホンドギツネ」が暮らしてんねん。

え?本州にもキツネっているんですか?北海道にしかいないと思ってました。本州だと見かけたこともないですね。本当にいるんですか?野良犬なんじゃないですか?

童話『ごんぎつね』の舞台である「権現山」(愛知県阿久比町)

キツネを野良犬と見間違う話はよく聞くけど、ホンドギツネは本当におるんやで。『ごんぎつね』の作者・新見南吉は愛知県半田市の出身でな、物語は半田市周辺が舞台になってんねん。しかも、ごんぎつねが住んでた権現山には、今もホンドギツネが暮らしてるんやで。

本州でキツネを見かけないのは、まさに彼らの性格を表しとる。ホンドギツネは臆病で、神経質な性格なんや。人間を見つけるとさっと逃げてまうし、活動は夜が多いから人目に付きにくいのも理由の一つなんや。

実際は近くにいるのに気がついていないだけなんですね。

せやで。しかもキツネは人の身近にひっそりと暮らしながらも、人の生活を巧みに利用しとるんや。

人の生活を利用って、具体的にどういうことですか?

例えば草が伸びてくるころになると、あちこちで人が草刈りするやろ?そこがキツネの狩場になるんや。草刈りをすることで、草やぶに隠れていた虫なんかが出てくるから、獲物を見つけやすくなるっちゅうわけ。草だらけよりも人の手が適度に入ったほうが、狩場としてはキツネにとって都合がいいんやな。

なるほど。草地以外の狩場ってあったりするんですか?

立ち入り禁止になっている空き地はキツネの寝床や子育ての場所になってることもある。そういう場所は人がほとんど入ってこないことを知ってるんやろな。他にも人気のない工事現場にもよくおるで。キツネは人をよーく観察しとるんやな。

キツネは害獣?それとも…

ていうか、今さらですけど杉センセイ、キツネに詳しすぎませんか?なんで?

実はキツネが好きでな、よく観察しに行ってんねん。でもホンドギツネは警戒心強くて簡単には近づけへん。だから毎日のように通って覚えてもらうわけや。匂いに敏感だからなるべく同じ上着を来て匂いも覚えてもらってんねんで。

そんなことしてたんですか(笑)。うちの近所の空き地とか、毎年草刈りしてる畑でもキツネを観察できそうな気がしてきました!ところで、畑だと農作物も食べちゃったりしないんですかね?

キツネは作物も食べるで。トウモロコシなんか大好物。子育ての時期には親が子どもにトウモロコシを持っていくこともあるんやで。

じゃあ、キツネは害獣ってことなんですね…。

たしかに作物を食べる面では害獣と言えるわな。でも、同じように作物を食べるネズミや虫なんかの生きものもキツネは捕って食べてるから、“益獣”でもある。だから農家さんによってはキツネがいても気にしなかったり、むしろ大切にしていたりすることもあるんや。

なるほど。キツネがいることで人間にとって都合のいいことも悪いことも両方あるんですね。

他にも、誰かがその辺に捨てて腐ったゴミを食べたり、動物の死体を食べたりして町を掃除してくれる役割もあんねん。こういう掃除屋さんのことを「スカベンジャー」って言うんやで。

僕らが気づかないだけで、そんな役割もあったんですか!

それにまだ知られていないだけで、人以外の生きものにもさまざまな影響を及ぼしているはずや。どんな野生動物も片面だけを観るんじゃなくて、人や他の生きものとどう関わっているのかをしっかりと観察して、これからどう付き合っていくかを考えるのが大切やな。

じゃあ、まずは近所にキツネがいないか探してみますね!

そうや。寒くなったら『手袋を買いに』の仔ギツネみたいにこっそり買いものに来てるかもな!知らんけど。

《杉センセイのまとめ》
・日本にはキタキツネとホンドギツネがいる
・体のつくりは彼らの暮らしぶりを表している
・キツネと人の付き合いはさまざま。彼らを観察することが上手く付き合っていく第一歩
●参考資料
小宮輝之『フィールドベスト図鑑vol.12 日本の哺乳類』
渡邉 智之 (わたなべ・ともゆき)
「自然と人をつなぐ」写真家。ニコンカレッジ・名古屋校の講師。岐阜県在住。人の身近に暮らしつつも多くの人が知らないキツネやタヌキなどの生態や人との関わりを撮影。また養蜂やヘボ追いなどの自然と関わる生業・文化も撮影している。?現代社会では見えにくい「自然とのつながり」を見える化することを目指し日々奮闘中。