杉センセイの生物図鑑、 知らんけど
# 8
イチョウ/イチョウ科イチョウ属
銀杏の臭いも毒も生存競争
2021.9.8
photo by Raito Futo

日本の景色のすばらしいところは、四季によってさまざまな魅力があること。これまでは「サクラ」や「フジ」について杉センセイに教えてもらいました。今回は秋の“黄葉”をテーマに、街中でひと際輝く「イチョウ」についての豆知識を聞かせてもらいましょう。

文:高岸 昌平

街路樹のあの木は
「生きた化石」だった!?

もうすぐ紅葉のシーズンですね。街中で見る黄葉といえばやっぱりイチョウ!北海道大学のイチョウ並木とか明治神宮のイチョウ並木なんかは有名ですよね。

photo by Toshihiro Gamo

そうやな。やっぱり街中で見られる黄葉といえばイチョウやな。なんといったって、日本の街路樹でもっとも多いのがイチョウなんや。ちょっと古いけども、2007年の国土交通省発表によると、57万本のイチョウが街路樹として生育しているみたいなんや。

めっちゃ多いですね。なんでそんな多いんですか?

一番の理由は、厳しい環境でも生きていける強い種だから。風や大気環境の変化にめっぽう強いもんで街路樹にうってつけなんよ。でもこんなにイチョウの木が多いのは世界的には珍しいんや。イチョウは「生きた化石」と呼ばれていて、絶滅危惧種に指定されているからな。

「生きた化石」ってあのシーラカンスと一緒ってことですか?

そうや。ジュラ紀からの生き残りと言われていて1億5000万年間種をつないできたと考えられているんや。ジュラ紀のころはイチョウもさまざまな種類があったんやけども、氷河期が終わったころには中国に1品種のイチョウが残ったきりやった。それだけ壮絶な気象環境の時代だったんやろな。だから自生しているイチョウはもうほとんど見られない。「野生絶滅種」ってやつやな。

そんな厳しい環境でも種をつないできたイチョウだから、街路樹の環境でも十分耐えしのげるわけですね。ちょっとイチョウの見方が変わりそうです。

秋の味覚に隠された
毒と臭いの正体

イチョウといえば、秋の味覚としてギンナンが良く食べられてるな。ギンナンにはどんなイメージがある?

黄色の絨毯はきれいだが、歩いているとギンナンを踏むことも。
photo by M’s photography

“くさい”イメージが強いですね。なんであんなくさいものを植えてるのか疑問に思ってました。おかげで、踏まないように歩くのが大変ですよ。

たしかに強烈な臭いやね。あの特徴的な臭いは「酪酸」(らくさん)という成分に由来するんや。タネの周りのオレンジ色の果肉部分に多く含まれていて、人間の嘔吐物と同じ成分なんやで。でもな、これも植物の生存競争戦略の一部と考えられとる。特徴的な臭いに興味を示す限られた動物や鳥類に食べてもらうことで、種をつないでいこうと考えたんやな。

あの臭いにも意味があったんですね。

あとこれは専門外の知識なんやけど、「酪酸」は人間の腸内環境改善にも役立っているそうなんや。だから、あながちくさいだけの成分ではないってことやな。

オレンジ色の果肉が酪酸を含む。
photo by NIC KYU

そういえば、父がギンナン好きで秋になると必ず食卓にあがるんですよね。私が子どものころは茶碗蒸しに入ったギンナンが嫌いでよけて食べてましたよ。

君のお父さんと、一緒にお酒を飲んだら楽しそうやな。でもお父さん、気をつけたほうがいいな。ギンナンは毒を持っているから食べすぎ注意や。

どこかで聞いたことあるような気がしますけど、そんな強力な毒なんですか?なんだかんだ、みんな食べてませんか?

そうやな、2、3粒なら世話ないわ。でも、一度に多く食べると危険やで。おう吐、下痢、ひどいときは呼吸困難、けいれんを引き起こすこともあるんや。

めっちゃ怖いじゃないですか!

このギンナンに含まれる毒というのは、ビタミンB6と構造の似た「メトキシピリドキシン(4-MPN)」という成分や。これがビタミンB6の吸収を阻害することで「ビタミンB6欠乏症」を引き起こす。厄介なのは、この成分は熱に強いねん。だから蒸しても焼いても何しても、メトキシピリドキシン(4-MPN)が残ってしまう。焼けば大丈夫と思ったら大間違いやで。

酔った勢いでギンナンを食べすぎるのは危険。
photo by yosshi

どのくらい食べたら、アウトなんですか?

どんくらいやろな~?もちろん人によって、変わるものやけど、1歳の赤ん坊がおよそ50個食べて3時間後に全身性けいれんを起こした事例は報告されとるな。

50個!? よくそんなにギンナンを用意できましたね。そっちも驚きですよ。いや、赤ちゃんってそんなにギンナン食べるんですかね?なんとなく嫌いそうな味ですけど。

ほんまやね。特に子どもはビタミンB6の蓄積量が少ないから注意が必要や。そう考えると子どもがギンナンをよけて食べないというのも自然なことなのかもしれんな。本能的に味から、ギンナンを避けてるのかもしれんな。大人でも40代の女性が60個食べて4時間後からおう吐、下痢、両腕のふるえを起こした事例もあるで。気いつけや。

ギンナンはいくつ食べると危険なんでしょう?

10個くらいなら、絶対大丈夫や!知らんけど。

杉センセイのまとめ
●イチョウはジュラ紀の生き残り「生きた化石」だった
●ギンナンの臭いの原因は腸内環境を整える「酪酸」
●秋の味覚・ギンナンの食べすぎには要注意!

普段、街中で見るイチョウの木が「生きた化石」だったり、ただ臭いだけと思っていた臭いが生存戦略だったり。賢くしぶといイチョウの生態を教えてもらいました。樹木も草花も人間も普段会っているはずなのに、肝心なことは知らないものです。何万年も前から生きている樹木や植物は、私たちよりもうんと先輩ですね。これからももっと学べる点がありそうです。

次回の杉センセイへの質問(CONTACTよりメールください)も待っています!

【参考資料】
西川栄明(2016)『樹木と木材の図鑑』小泉章夫監修,創元社
https://www.j-poison-ic.jp/report/ginkgo202010/
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/dokusou/18.html
生きた化石イチョウ 絶滅逃れた復活理由は人との共存|NIKKEI STYLE
注目の「酪酸」のはたらき | 酪酸菌大百科 -酪酸菌の秘められた力- | アリナミン製薬 (rakusan-labo.jp)
高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。