この連載の第1回目は、日本で最も多く植えられている木である「杉」をテーマにしましたが、第2回目は日本人に最も馴染み深いであろう「桜」がテーマです。2000年あたりから女の子の名前として「さくら」ちゃんがランクインしたり、九州新幹線も「さくら」と名付けられたり、多くの人がイメージする“日本らしい”美しさを象徴する木になっています。そんな桜について、知っているようで知らないマメ知識を、大阪生まれ大阪育ちの杉センセイに訊きました。
春になると一斉に咲く桜には
人との深い歴史が隠れていた
センセイ、桜ってどれくらい種類があるのですか?
答えからいうと、ようさんあるっていのうが正解かな。桜といえば「ソメイヨシノ」の名前を知っとる人が多そうやけど、他の桜の名前は案外知れへんのでは。それもそのはず、桜といっても品種がぎょうさんあって、まず日本に自生する野生種として基本となるものが9種類。「ヤマザクラ」や「ミヤマザクラ」などがそれやな。そこから品種改良で作られた園芸品種がザッと200種はあるとか、いやいやもっと600種はあるとかないとか…とにかくとんでもない品種があるっちゅうことや。
そうなんだあ。野生と栽培品種の桜は何が違うんですか?
植物学的に厳密に分類すると大変になるが、ざっくり分類すると山野に自生する野生の「山桜」と、品種改良された「里桜」と呼ぶことが多いようじゃ。品種改良された「里桜」と違って、開花といっぺんに葉っぱがでてくるのが「山桜」の特徴で、山に入ったときにそれぐらいは見極められるといいな。
私たちがよくお花見する桜は里桜ってことですね。他に違いはありますか?
当たり前のように、入学式シーズンになると校庭の桜が一斉に咲く光景を見たことがあると思うけど、これは品種改良された「里桜」やからこそ。野生種の「山桜」は3月下旬〜4月にかけて、同じ場所でも各々の状態でバラバラのタイミングで咲き乱れんねん。
へえ、そうなんだ。それにしても何で桜は栽培品種がこんなに多いのでしょう?
そもそも桜は突然変異体や交配種ができやすい樹種で、それに気づいたご先祖様たちは、身近なものの中から少し変わった美しい個体を見つけては、人里で育成する技術を少しずつ発達させて、せっせと品種を増やしてきたんや。一斉に咲くっちゅうのも、お花見がしやすいように人間の都合で作られた品種らしい特徴じゃな。平安時代からはじめて、江戸時代には300種ぐらいまで増えたんやけど、そこに突如現れたんが「ソメイヨシノ」や。
ソメイヨシノの姿形が
どれも同じに見えるワケ
ソメイヨシノはよく見かけるけど、これも栽培品種なんですか?
江戸の染井村の造園師や、植木職人によって育てられた「吉野桜(ヤマザクラの意)」をとって「染井吉野」と命名された桜は、元を辿るとオオシマザクラとエドヒガンをかけ合わせてできとるんじゃ。この大ヒット品種のおかげで、たちまち日本中の桜が「ソメイヨシノ」に取って代わられ、今でも日本の8割は「ソメイヨシノ」なんやが、種で増やしたのではなく、最初の一本から挿し木や接ぎ木(※)っちゅう方法で日本中に増やしていったんやから、日本人の執念みたいなのを感じるわな。
そもそも「ソメイヨシノの種」みたいなのができひんのや。不思議やろ。実際のところ、ソメイヨシノが実をつけることもあるんやけど、それを育てたところで「ソメイヨシノ」にはならへんのや。ここが少しややこしいところなんやけど、「ソメイヨシノ」ちゅうのは個体レベルの違いによって認識される栽培品種っちゅうこと。
ん?個体レベルの違いってどういうことですか?
つまり、人間でもイケメンとフツメンのように個体差があるよな。「ソメイヨシノ」は人間でいうところの「国宝級イケメン」なわけ。ほな「国宝級イケメン」が子どもを作ったら必ずしも「国宝級イケメン」が生まれるかといったらそうでもあらへん。なぜかっちゅうと、親と子どもは似とるけれども、顔や体つきが全く同じっちゅうことはないやろ。せやから挿し木や接ぎ木っちゅう方法で「クローン」を増やすしかないっちゅうことじゃな。
ソメイヨシノってクローンだったんだ…!もう少し詳しく教えてください。
サクラ類は一般に「他家受粉」でのみ受粉して、自分と同じ遺伝子をもつ花粉と受粉できひん性質があるんじゃ。ここも植物の知識がないとなんのこっちゃわからんやろうけど、ひとまず聞いてくれ。植物の場合、ひとつの花の中に雄花、雌花がある両性花っちゅうのがよくあるんじゃが、その雄花・雌花同士で受粉できるってことは、自分と同じ遺伝子を持つ花粉と受粉できるっちゅうことなんじゃ。代表的なところだと、イネとかはそうじゃな。収穫したイネをもう一回、田んぼに撒けば、同じ遺伝子のイネが獲れるということ。
ふむふむ。桜は受粉がちょっと難しいってことですね?
そういうこと。イネとは逆にサクラ類は自分と同じ遺伝子で受粉ができひんくて、受粉しようと思ったら、同じ種でも別の遺伝子を持つ相手を探す必要がある。それでも、ミヤマザクラなどの野生種であれば、近くに生えとる同じ種を見つけられるから、種が絶えることはないんやけど、そもそも「ソメイヨシノ」は全員クローン人間みたいなもんやから、受粉する相手がおらへんのじゃ。つまり、人間が生み出した品種やから、増やすにも人の手がかかるということやな。
【参考】サクラ属の交雑の割合について
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2309
桜から考える自然の生態系
人の関わりも一つの要素
そういえばサクランボって桜の実だと聞いたことがあります。どんな動物がサクランボを好んで食べるんですか?
例えばクマ。正確に言うと、サクランボっちゅうのは食用に育てられた桜の実のことを差すので、クマが食べとる野生種などの桜の実はサクランボとは言えへんのやけどな……クマが桜の実を食べとるっちゅうのは、少し意外なんやないやろか。
へえ~知らなかったなあ。クマって食いしん坊なイメージだけど実際はどうですか?
ある実験で、東京の奥多摩の桜の実をどんな動物がどれだけ食べとるかを調べたらしいんやけど、動物が食べた実のうち、クマが45%を占めていて、残りを鳥やサルなどが食べとったみたいやで。「まあ体がおっきいから、ようさん食べるわな」と思うやろが、クマが食べるっちゅうのは生態系の中では大事な意味があることなんじゃ。
生態系におけるクマの役割ってなんですかね?
クマっていうのは、人よりも体が大きく、食べたものが体に残る時間も人並みやねん。一方、サルは縄張り意識が強く案外、活動範囲が限られとるし、鳥は飛ぶためにすぐに糞をして体を軽くする。せやからタネを遠くに運ぶって意味ではいまいちなんや。クマが桜の実を運んでくれるっちゅうことは、桜からすると子孫をいろんな環境に残すために大事な役割ちゅうこと。クマは距離でいえば最大22km、標高も700m以上高いところにまでタネを運ぶらしいで。
そっかあ、クマの存在ってめちゃくちゃ大事なんですね!でも人にとっては危険だしクマを捕獲したほうがいいんじゃないですか?
一つ知っておいてほしいことやけど、近頃、年間5000頭ぐらいのクマが人によって捕殺されてるんやで。里山にクマが突然現れて騒動になっとるし、人間にとっては「怖ろしい存在」であるクマを退治するってのも道理なんやろうけども、クマがおることで、桜をはじめとするいろんな植物がタネを遠くに運べたり、クマが木をひっかいてできた樹液に昆虫が集まったり……。
人間にとって「怖ろしい存在」やけど、植物や虫にとっては「有難い存在」やし、あくまでも生態系ってのはそのバランスが大事なんで、安易に個体数を減らすことがいいのか、よぉ考えたいなと思っとる。いずれにせよ、そういうことを考えるためにはもっと木や自然のことを知って、考えてもらいたいから、次回以降も楽しみにしててな。
【参考】葉っぱはなぜこんな形なのか?植物の生きる戦略と森の生態系を考える
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000321963
杉センセイのまとめ
●桜が一斉に咲くのは人がそうなるように品種改良したから
●「ソメイヨシノ」級のイケメンは、なかなか生まれない
●サクランボの大好きなクマがいる森っていいな
お花見シーズンに缶酎ハイ片手に何の気なしに眺めている桜にも、さまざまな話がありました。最も日本人に愛されているとも言える桜ですが、人の手が最も入っている木と言えるかもしれません。桜を通して、人と木の関わり方や、動物を取り巻く生態系まで、様々な事を考えさせられます。もっと木や自然について知りたいと思いました。
そんなこんなで今回はここまで。次回の杉センセイへの質問(CONTACTよりメールください)も待っています!