「スギやヒノキより早く成長するコウヨウザンを植えれば、日本の林業は変わるかもしれない」。林業についてかじり始めた人なら一度は見聞きしたことがある話でしょう。ですが、実際のところ本当にコウヨウザンを活用していける可能性があるのかどうか、イマイチわからないままでした。そこで今回、自分の目で確かめてみるため、コウヨウザン研究や植林が進んでいる広島県を訪れ、同県林業技術センターの次長・涌嶋智さんに研究の現状を教えてもらいました。
広島にあった
コウヨウザンの林
スギは植えてから収穫するまでに約50年かかると言われています。半世紀かけて育てることでようやく収入が得られ、コストの回収ができるということです。ただし、収入が得られるというのはあくまで想定であって、植えた時点で50年後の木材需要がどうなっているかはわかりません。
一方で、世界的にはポプラやセンダンなどの20年前後で収穫できる“早生樹”を植える動きもあります。日本でも、スギ・ヒノキとは別の選択肢として、また、育林コスト削減などの観点から早生樹の研究が各地で進められてきました。中国南部や台湾原産の「コウヨウザン」(ヒノキ科)もその一つです。
https://www.ffpri.affrc.go.jp/ftbc/iden/kaishi/2016no1.html
コウヨウザンは中国で一番植えられている樹種で、伐期20年の材は合板などに、伐期30年のものは内装材などに利用されています。日本に自生していないコウヨウザンですが、戦後に植えられたコウヨウザンの林が広島県庄原市にあることが知られるようになったのは2010年代のことです。
かつて台湾で林学を教えていた八谷正義さんが現地から送ってもらったコウヨウザンの種を植えたことがきっかけだったと言われています。その存在を知った広島県が調査を始め、現在のコウヨウザン研究へと続いてきたのでした。
本当に成長は早いの?
「周りのヒノキと比べると、コウヨウザンの樹高と太さはそれぞれ1.3倍ぐらいの成長量です。すごく成長が早いなという印象ですね」
そう話すのは、広島県林業技術センターでコウヨウザン研究全体のマネジメントを担当している涌嶋さんです。初期成長が早いからこそ、下草刈りなどの育林作業の負担を減らすことも可能だと言います。通常は植えた木を優先的に育てるため、周りの草木を刈り取る“下草刈り”を5年ほど毎年1回は行う必要があります。コウヨウザンの場合は最初の1回だけで済むため、育林コストがかなり減らせることも分かってきました。
コウヨウザンは成長が早いことに加えてもう一つ特徴があります。それは“萌芽更新”です。スギやヒノキは伐採したらそこで木が枯れてしまうため、再造林が必要になります。ですが、コウヨウザンの場合は伐採したあとの切り株から新しい芽が出てくるのです。その芽を育てれば、苗木を新たに植える手間を省くことができます。かつて里山に植えたクヌギやコナラを萌芽更新させて、資源を循環させながら薪や炭として利用していたのと近い感覚かもしれません。
「実際に庄原の山では、切り株からグイグイ芽が伸びて、29年で樹高8m、直径12cmまで育っている木もあります。ただ、光が十分に当たっていないと成長が良くないので、光が当たりやすいように皆伐に近いような形で収穫しないとうまくいかないかもしれないですね」
萌芽更新するとは言っても、3回目ぐらいになるとさすがに成長が悪くなるようです。まだ調査中ですが、一部は補植が必要になる可能性もあるということでした。
広島県では2016年からコウヨウザンが造林事業の樹種に採択され、コウヨウザンの植林が始まりました。広島県内で植えられる苗木の約9割がヒノキですが、コウヨウザンを植えてみたいと興味を持った山主さんなどが試験的に植えており、現在は県全体で約70haほどの植林面積になっています。コウヨウザンの苗木は広島県樹苗農業協同組合などを通じて購入が可能です。
「広島県ではhaあたり1500本の苗木を植えることを推奨しています。これだと間伐の必要がなくて、30年経ったら全部伐って、バイオマス発電の燃料やパレット材、場合によっては合板にも使えると思います。コウヨウザンは収穫までが短いので、いろんな選択肢にトライしてみるのもいいですね。いろんなパターンを試して、20~30年で伐採したり、50年まで育ててみたり、いろんな組み合わせができるかなと思います」
コウヨウザンの木材利用についても、同時並行で研究が進められてきました。広島県呉市にある〈中国木材〉の協力を得て、製材、乾燥、仕上げの加工を行ったところ、スギ・ヒノキと同じように加工することができたと言います。コウヨウザン専用の製材機が必要になるといったことはなさそうです。
柱材や梁材、合板、集成材、パレット材など、さまざまな製材品をテスト製作し、スギやヒノキと同様の製材品がつくれることが分かっています。実際にコウヨウザンを加工してみると、スギのように軽くて柔らかく、ヒノキに近い硬さもあるのだと涌嶋さんは話します。
「コウヨウザンは柔らかいので、めり込み強度が非常に弱いのが難点です。例えば、土台みたいな使い方をして荷重がかかるとぼこっとへこんでしまう。傷がつきやすいので、床材として使うのは難しいかもしれません。釘などの保持力が弱いので、長くて太いクギを使うことで対応したり、合板や集成材のようなエンジニアリングウッドに加工すれば保持力は高まります。コウヨウザンの特性を理解して活用していく必要がありますね」
ウサちゃん問題
日本で育ち、木材利用もできることが分かってきたコウヨウザンですが、悩ましい問題もいくつかあります。一つは種と苗木の供給です。これまで中国からコウヨウザンの種を輸入していたのですが、今年の春から輸入が制限されてしまいました。今後は国内での供給体制を整えていく必要があります。
「非常に成長の良い系統のコウヨウザンを挿し木で増やして、今後はその木から種を取ろうと考えています。種の採取用に5年前に植えたコウヨウザンがあるんですが、この試みをやっておいて良かったですね。種が取れるようになるまで、あと5年ぐらいはかかりそうですけどね。それと、庄原市に60年生ぐらいの大きなコウヨウザンがあるので、そこの下に寒冷紗(かんれいしゃ)を敷いて、上から落ちてくる種を集めることも考えています」
種と苗木の供給についてはなんとか対策ができそうですが、それ以上に困った存在なのが野ウサギです。コウヨウザンの苗木を食べてしまうのだと言います。スギやヒノキの苗木は鹿による食害が今も大きな課題となっていますが、コウヨウザンはまた別の生きものとの葛藤があったのでした。
「コウヨウザンを植えたところにカメラを設置して撮影すると、野ウサギが出てきてむしゃむしゃ食べている様子が映っていたんですね。食べられた苗木を見てみると、カッターナイフでスパスパ切ったような食べ痕が残っていました。スギ、ヒノキ、コウヨウザンと並べて植えると、スギはほとんど食べなくて、ヒノキは1~2割ぐらい被害があって、コウヨウザンは9割食べられていることもありました。ウサちゃんはコウヨウザンが好きなんですよ(笑)。野ウサギ被害をどうやって防ぐか、それを解決しないとコウヨウザンの普及を進めるのは難しいですね」
涌嶋さんによれば、戦後の拡大造林の頃、スギやヒノキでも野ウサギによる被害がそれなりにあったのだそうです。今の感覚からすると、山に野ウサギがいることに驚きますが、時代は繰り返していたのでした。野ウサギ対策として、あえて下草刈りをしない試験を始めているそうですが、結果が出るのはまだまだ先のこと。実用化に向けて厄介な壁が立ちはだかっています。
そして、個人的にもう一つ気になっていることがありました。それは外来種であるコウヨウザンが既存の生態系におよぼす影響です。
「庄原市の山に植えて今年で60年ぐらいになるコウヨウザンの林分があるんですが、のり面のような土がむき出しになっているところには、コウヨウザンの種が落ちてポツポツと生えてきていることはあります。とはいうものの、それ以上に60年経って、周りにどんどん蔓延っていくということはほぼないです。コウヨウザンが勝手にどんどん広がっていって、もう手のつけようがないというようなことは恐らくないと思います。あと、一番近い氷河期の前には日本にコウヨウザンが生えていたんじゃないかという話もあって、化石の花粉分析からそういう結果が出ているらしくて、コウヨウザンは日本の樹種だった可能性もあるみたいなんですよね」
なんだかちょっとロマンチックな話になってきました。
広島県でコウヨウザンの研究が始まってから植林されたものが収穫されるまで、あと20年くらいはかかるでしょうか。そのコウヨウザンが実際に活用されていくのかどうか。もしかするとカラマツのように重用されていく可能性もあれば、野ウサギの影響で植林が進まず普及していかない可能性だってあります。日本でもっとも植えられる樹種がコウヨウザンになっている未来もあるかもしれません。
●Information
広島県立総合技術研究所
林業技術センター
広島県三次市十日市東四丁目6-1
0824-63-5181
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/33