森林空間を活用した体験サービスを提供する「森林サービス産業」をご存知でしょうか。森林の新たな活用事例として、ツーリズムや山林レンタルなどを中心にじわじわと認知を広めている産業です。今回はその中でも、山林内に解放しているマウンテンバイクパークについて探るべく静岡県森町を訪れました。山主とバイカーが手を取り合ったプロジェクトについて、山の所有者である〈森町森林組合〉の組合長・甚沢万之助さんと攻さん親子に話を伺います。
ヤマザクラ咲き誇るバイクパーク
最初に情報をキャッチしたのは、筆者がまだ地方公務員だった2年前のこと。林野庁が主催しているビジネスコンテスト「Sustainable Forest Action(以下、SFA)」で2021年に最優秀賞を取ったのが「山の中にバイクパークをつくる」というプロジェクトでした。当時は今ほど森林サービス産業の認知は広まっておらず、先進的な取り組みだったと記憶しています。
時は経ち現在、静岡県の取材候補地を探している中で「桜の花びらが舞う山の中を疾走できる、マウンテンバイクのパークがある」という情報を見つけました。詳しく調べていくうちに、過去に目にしたバイクパークのプロジェクトであることに気づきます。パークの名前は「ミリオンペタルバイクパーク」。取材時期は11月中旬ということもあり、残念ながら桜が舞う様子は見れませんが、山の収益化の新しい形について詳細を訊ねるべく、現地を伺うことにしました。
事前のリサーチによると、バイクパークの造成や運営はヤマハ発動機の社内同好会〈森マウンテンバイククラブ〉のメンバーが中心となって行ったことがわかりました。山の所有者である万之助さんは、マウンテンバイクとは縁もゆかりもなかったようですが、どのような経緯でプロジェクトが始まったのでしょうか。
「このバイクパークの近くにある太田川ダムの10周年記念のときに、サイクリング関係の人たちがマウンテンバイクで林道を通るようなイベントがありました。それで、私の山に入った時に、『ココいいな』っていう話になったみたいです。その時にヤマハ発動機のマウンテンバイクをやる人たちもいて、『この場所を使わせてもらえないか』って言われて。それがきっかけで始まりました」
話を聞くと、随分とあっさりとした始まりに思えます。しかし、スムーズに事が進んだ背景には、万之助さんが所有林の活用について画策していたことが関係していたのでした。
「森町の旧三倉村の森林は多くが水源涵養(すいげんかんよう)保安林です。水源涵養保安林というのは、基本的に林業以外には利用できない森林です。これに保健保安林という網を二重にかけたんです。200ヘクタールある所有林のうち、全部で38ヘクタールを保健保安林に申請しました。この場所(パーク内)はそのうち約20ヘクタールくらいですね」
どういうことでしょうか?森林は多面的な機能を持っており、水を蓄えて洪水や渇水を和らげたり、土砂災害を防いだりといった、さまざまな役割を有しています。その中でも、特にその機能が重要視される森林は、国や県によって「保安林」として指定され、その利用には厳しい制限が課せられます。このような制度により、私たちの日常生活に必要な森林の機能が損なわれることなく、保たれているのです。
この保安林は、生活の基盤であるという性質上、一度指定されれば解除するのが非常に難しくなっています。万之助さんが所有していた森林も多くが水源涵養保安林として指定済みだったため、開発行為に制限がかけられていました。これに対して万之助さんは、水源涵養保安林の一部をレクリエーションなどに要される「保健保安林」に二重に申請することで、保健・休養を目的とした利用に限って行えるようにしたのです。
●保安林についての詳細はこちら(保安林ポータル、林野庁)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/h_portal.html
「申請した当時はバイクパークなんて全く考えていませんでした。ただ、林業以外の何かに利用することは元々考えていました。それをクリアするために保安林に申請したんです。別にマウンテンバイクありきじゃなくて、森林セラピーであるとか、教育の森であるとか、いろんな利用の仕方があると思ったんです」
昭和48年をピークに木材需要は低下し、その後、林業という産業は衰退の道を歩んできたといえます。万之助さんはそうした林業の情勢をいち早く察知し、林業だけではない森の活用方法について考え、保健保安林の申請を行っていました。しかし、当時の万之助さんには家族を養うための別の仕事もあり、保安林の許可が降りてからも実際の活動にはつなげられていないのが実情でした。
一方で、バイククラブ側にも活動の中で悩みに感じていることがありました。それは走行場所の確保です。マウンテンバイクはその名の通り、山の中などの悪路を走ることに特化した性能を持つ自転車です。道なき道を走ることがその醍醐味ともいえますが、山には所有者がいて、無許可で走れば問題になります。これまで活動してきて、堂々と胸を張って、公に走れるコースというものを求めてきましたが、適当な場所を見つけられずにいました。
このように、山の活用方法に悩む所有者側と、活動場所に悩んだバイククラブ側。課題を抱えた両名が出会ったことで、ミリオンペタルバイクパークの取り組みが進んでいったのです。
手作業で始まったパークづくり
現在、パークを運営しているのは管理会社として立ち上げられた〈ミリオンペタル〉。代表を務めているのが、万之助さんの娘婿にあたる甚沢攻(おさむ)さんです。現在は家族ぐるみでマウンテンバイクを楽しんでいるという攻さんに、マウンテンバイクとの出会いと、パークの開設についての詳しい話を伺いました。
「昔はごく普通のサラリーマンとして神奈川県で勤めてたんですけど、甚沢家に入るっていうことで、静岡に工場がある企業にエンジニアとして転職しました。私も妻も昔からマウンテンバイクをしていたわけではないんですが、ヤマハの電動アシストバイクに乗るイベントがあって、たまたま妻が参加したっていう感じで、偶然ヤマハの人に出会いました」
2020年の11月下旬に開催されたダムのサイクリングイベントをきっかけに「森マウンテンバイククラブ」の部長である小倉幸太郎さんに出会ったという攻さん。その後、万之助さん、攻さん、小倉さんで話し合った結果、トントン拍子で同年12月にはパークの造成が決まります。時を同じくして、攻さんも家族ぐるみでマウンテンバイクを始めたのでした。
「パークについては、当初は仲間内だけで使う考えでした。始めたばかりの時は森マウンテンバイククラブのメンバーと一緒にスコップなんかを使って、手作業でコースを造成していたんです。ですが、やっていくうちに、もっと複雑なコースを作りたくなってきて、『やっぱり重機が欲しいよね』という話になりました。それで、補助金などを探した結果、SFAで最優秀賞を取れば300万円がもらえる、ということだったので応募しました。ただ、SFAで賞金を得るためには、ある程度活動を本気でやらないといけなくて、法人化を視野に入れる必要があったんです。元々、パークを設計している望月さんが、『いつかパークをオープンしたい』と言っていたこともあり、それならということで、事業として取り組むことを決めました。その後、2021年のSFAで無事最優秀賞も取れたので、2022年の4月に正式にオープンしました」
今のところ、パークは基本的に週末のみのオープンとなっています。オープンに合わせて毎週末メンバーで集まり、それぞれが得意とする作業を担い、設備の充実やコースの拡大に取り組んでいるそうです。営利という面ではかなり厳しい部分もあるということですが、「マウンテンバイク好きが自分たちの走るところを確保するために、少しずつやっている部分もあるから続けられている」と攻さんが教えてくれました。
「マウンテンバイクの走路が公のものとしてあるとか、気兼ねなく走れるようになるとか、そういう文化を作っていきたいっていうのがバイカー側の動機ではありました。ただ、やっぱり一番の目的はマウンテンバイクを広めていくことなので、私もそれに賛同して今一緒に活動してます」
万之助さんが持つ山林を引き継ぐことについて、「過去にはうまくやっていけるか不安に思ったり、自分の子どもに苦しい思いをさせるのではないかと悩んだりしたこともあった」と語る攻さん。それでも、今できる最善のことをしようと考え、本業の会社員として忙しく働きながらも、バイクパークの運営に取り組み、森の維持管理のあり方について試行錯誤しています。
ちなみに、ミリオンペタルバイクパークで得た収益の一部は、借地料という形で山主の万之助さんに還元されています。山主としては還元されたお金を元手に山の維持管理ができる仕組みというわけです。いままで持て余していた森の空間を利用したバイクパークの取り組みは、木を切り出して使うだけではない、持続的かつ新たな森の活用方法に繋がっているのでした。
本記事の続編では、多くの人に愛されるバイクパークの開設につながった、信念溢れる万之助さんの森づくりに迫ります。
●Information
森町森林組合
〒437-0208 静岡県周智郡森町三倉826-2
WEB www.forest-morimachi.or.jp
ミリオンペタルバイクパーク
〒437-0208 静岡県周智郡森町三倉216-1
WEB https://sites.google.com/view/millionpetalbikepark/