静かなる革命
# 21
妄想する製材屋
2023.12.20

芸術家と仕事をしている、という製材所が能登半島の端っこにあります。そんな半島の最果てで、これまでどのような生業をつくり、そしてこの先どうしていこうとしているのか、〈新出製材所〉の代表・新出利幸さんに話を伺いました。

写真:田ノ岡 宏明/文:田中 菜月

芸術家も
普通の人間だった

新出製材所のことを知ったきっかけは、2020年に開催された「奥能登国際芸術祭2020+」の出展作品「海をのぞむ製材所」でした。その景観の美しさもさることながら、製材所が国際芸術祭の題材になるんだ!と衝撃を受け、いつか現地を訪れてみたいと思っていました。

●「海をのぞむ製材所」作品ページ
https://archive2020.oku-noto.jp/ja/artist11.html

そもそも、どういった経緯で国際芸術祭に関わることになったのか。ずっと気になっていたことでした。直接尋ねてみると、2017年の芸術祭で小山真徳さんの作品制作を手伝ったことが始まりだったと新出さんは振り返ります。

「ずっと仕事をサボって小山さんの制作を手伝っていたんですよ(笑)。芸術家ってうちらとは住む世界が違う人なんだろうなと思っていたのですが、普通の人間だった。いろいろ話してみると芸術家は妄想家なんだってこともわかりました。それは僕らも同じで、製材業って妄想の仕事なんです。例えば木を買うときって、内側がどうなっているかわかんないじゃないですか。わからないなりに中がどうなっているか妄想して、木材になったときにどう使われるか想像しながら買うわけです。イメージする部分は似ていますよね。だから芸術家との違いはないのかなって思いました」

そこから、自分も作品を出してみようと2020年の国際芸術祭で企画公募に応募し、「海をのぞむ製材所」へとつながっていったのでした。

「製材所と海って対比が面白いじゃないですか。僕はずっとここで仕事をしているんですけど、この窓から見える景色がすごくいいんです。これは借景になるなと思って、海側の壁をぶち抜いたときに面白いイメージができるなあと思ったので本当に壁をぶち抜きました。製材所の前にテーブルとベンチをがーっと並べたんですけど、海に向かって少し坂になっているので視線が水平線とつながるなと思って。それでここを海と考えると、ここからどんどん海に入っていく感じがして面白い。妄想しかないです(笑)」

「林業をやっている方も、自分が作業している現場がどういう山になっていくかイメージしながらやっていくとすごく面白いんじゃないかな」

木を加工する製材だけでなく、山づくりをする林業も大いに妄想の仕事だと新出さんは話します。確かに、木が成長するのに何十年もかかる林業では、今すぐに収穫できるものではないため、未来を想像して仕事を進めていく必要があります。ときにはそれを博打と捉える人もいますが、予想することそのものを味わうのも林業の醍醐味なのかもしれません。

製材は面白くない?

取材時に開催されていた「奥能登国際芸術祭2023」では、再びアーティストの小山さんとタッグを組んで作品を共同制作した新出さん。芸術家の制作をサポートするインストーラーとして、材料集めや設置などの仕事を担っています。

もともと新出製材所では、賃加工の製材所として大工が必要とする材料をつくる仕事をメインにしてきました。木材を売っているわけではなく、木材加工の部分を請け負うものです。しかし、今後の顧客は大工ではなく、芸術家などに変わっていくだろうと新出さんは話します。

「昔の大工さんはアーティストだったんですよ。自分で設計していたし、決定権も大工さんにありました。でも今は設計士さんがイニシアチブを握っていますよね。たぶん木材はこれから使われなくなってくるんじゃないですかね。設計士さんがほしいっていう材料が使われるから。地元の木材も使われなくなってきました」

新出製材所の敷地内には大きな丸太がたくさん並んでいる。そのほとんどは大工が買ってきた木だという。それらを加工して納品するまでが新出製材所の仕事になる。

国内全体では地域の木材が使われず、山にはスギ・ヒノキだらけという状況ですが、新出製材所では地域材だけ扱うと言います。

「普通の工業製品として木材がほしいんだったら、ホームセンターを紹介します。うちでつくる意味がない。こだわりもなく電話一本で角材何本って言われたら、『ホームセンターに売ってます』って言います(笑)。そうしないと自分の時間ももったいないじゃないですか。昔は大工さんがこだわりを持っていて、この柱はこの材を使わなきゃいけないっていう人のためにこちらも試行錯誤して製材していたんですよ。それがもうなくなって、今は建築材が全部隠れる構造になっています。つくる意味ないですよね。でも、こだわりを持った人が芸術家にはまだいますね。大工さんにもまだいますけど、ごく一部です」

「うちはもともと工務店だった。それで一度倒産したんですよね。お金がないから木を仕入れられなくなるじゃないですか。だから在庫を抱えなくてもいい賃加工に切り替えた。電気代と人件費くらいしかかからないので。うちは珠洲で一番ちっちゃい、家族でやっている製材所です」

今では製材所の3代目を務める新出さんですが、高校時代は船乗りを目指して水産高校の無線通信科に進学したそうです。さらに商船の学校に進もうとするも入学は叶わず、就職の道を選びます。モールス信号などの情報通信について学んだことから、電話回線のプロトコルやケータイの基地局に関わる企業に就職したと言います。

「4年間東京にいて、普通のサラリーマンをしていました。スーツを着てネクタイを締めて、NTTとかソフトバンクとかそういったところに営業に行っていました。毎朝満員電車に乗って1時間かけて通勤して、これが60歳まで続くのかとゾッとして。たまたまうちの親が帰ってこないか?と言うので実家に戻ることにしました」

父の姿を見ながら製材の仕事を覚えていった新出さん。28歳のときには、1年間オーストラリアで魚屋の仕事をしていたこともあったそうです。そのときの経験は今につながる転換点になっていたかもしれないと話します。

「もともとメルボルンに住んでいたのですが、そこがアートの街なんです。そこが自分の刺激になったのかな。メルボルンの人たちって好き勝手に表現しているので」

さまざまな経験をしてきた新出さんにとって、製材の仕事は面白く感じているのでしょうか。気になって尋ねてみると、芸術家との仕事を通じて捉え方が変わってきているようでした。

「製材は面白くないですよ(笑)。面白くないっていうか、前までは柱とかの普通の工業製品をつくっていて、それが何に使われるか全然わかんなかったんでつまんないなあと思っていました。それってただの工場作業員じゃないですか。でも、エンドユーザーっていうか芸術家さんとかと関わって、自分の挽いた木材が使われているところを見たことで面白さが見つかりました。どんな仕事でもそうだと思いますけど、出口まで見ないと面白くないですよね」

木の魅力ってなんだろう

取材の途中、芸術祭の作品を新出さんに直接説明してもらうことになりました。車で30分ほどかけて、“北山”と呼ばれるエリアに向かいます。海辺から山の中へどんどん入っていき、次第にぽつりぽつりとわずかに集落が点在するような、山深い風景に囲まれた場所にやってきました。車を降りて少し歩くと、大きな赤い物体が見えてきました。

No.47 小山真徳〈日本〉「ボトルシップ」
https://www.oku-noto.jp/ja/artist_koyama.html

「2017年に小山さんが能登の海岸線を歩いていたときに、酒瓶にヘビが入ってたんですって。そのときに、この地は漂着するものが集まってくる場所だなっていうのを想像して、そこからこの作品が生まれてきました。今は製材所のところが海岸線ですけど、もしかしたら昔はこのあたりに海岸線があったかもしれない。その時間軸でつくられています」

作品に近づいて、木船の中を覗き込んでみると、水が張ってあること、草や魚たちがいることに気づきます。この船の内側の制作は新出さんが担当しているそうです。

「最初に実験として、ホームセンターで買ってきた砂利を入れてメダカを育てたんですけど、全部死んじゃって。水が腐っちゃうんです。だから、メダカが住んでいたところの泥を持ってきて、その泥を船の底に敷き詰めたり、水質を中性にするために牡蠣の殻を砕いて入れたりしました。水草類も自分で採ってきたものです。製材の他にもう一つ仕事してるんです。山野草なんかを採取して、茶花(茶室の床の間に生ける花)を花屋さんに納めています。山で伐採された丸太を運び出す仕事のついでに山野草の採取もする感じですね。“山=木”って考えちゃうとすごく狭められるけど、実際はキノコとか他にも資源はいっぱいありますから」

船の中の水は山水を使用。「水撃ポンプ」という電気を使わないツールを活用して山水をくみ上げている。

「この中に一つの世界があって、この船で仕切られているじゃないですか。このメダカたちは外の世界を知らない。でも、世界って他にいっぱいあるわけです。そう考えると、自分たちはこの世界に生きていると思っているけども実はもっと違う世界があって、って考えると面白い。まさに井の中の蛙ですよね。自分たちを瓶に置き替えると、木材業っていう枠の中で閉じ込められているんだけども、実はそれ以外の可能性があったり、他の業界とのつながりがあったりするから、業態にこだわらずに考えていったほうがいいんじゃないかなって思うんです」

木船はスギの木をくり抜いたもので、新出さんが珠洲市内で調達してきた素材だ。

「なんで製材屋が芸術に携わっているかというと、やっぱりみんな木や山になんて興味ないじゃないすか。製材所すら知らないし。そうした存在を、芸術を通して知ってもらいたくて2020年に作品をつくったんです。この木を見て人は何を感じるのか。この作品がもし集成材でつくられていたらそんなに感動がないと思うんですよ。なんで人が木を使うのか。そこを求めていかないといけないんだろうなって思っています。木じゃなくたって家は建つし、でも、なんでか木に対して興味を持っている人もいる。それが木目なのか、材質なのか、はたまた人間が彫るからそれに惹かれるのか。木の面白さってなんなのかなってずっと考えていて。木って見てると不思議ですよね」

一つの作品からこんなに話が広がるなんて、やっぱり芸術を絡める面白さはそこにあるなあと感じます。新出さんの場合は、木の何に魅力を感じているのでしょうか。

「日本人の心の“侘び寂び幽玄”。この寂びの部分ですよね。木が経年変化して、そこに美を見出す。変わりゆくことの美しさ。この作品もわざと雨ざらしにしてるんで、たぶん腐っていくんです。でも、それって『なんか美しいよね』って作家さんが言っていて。ホワイトキューブ(美術館などの白い立方体の展示空間)でいつ来ても同じものを見ても面白くない。何回も行きたいと思わない。この作品は、来年になったら周りに種が落ちて、植物が生い茂ってくると思うんです。作品の木ももっともっと経年変化して、色も変わっていくんだろうなあって。そうしたら毎回違う表情になりますよね。それが木の良さなんじゃないのかなって思います」

船の先頭に立つ少女像は新出さんの娘さんがモデルになっているそう。木が山に立っていたときと逆の状態で使うことで、顔の筋肉部分の木目が上にあがって若々しく見えるようになっている。

「木の魅力ってなんだろう」

取材中に新出さんが何度もつぶやいていた言葉です。それは今まで考えたことがなかったわけではなく、私もずっとうっすら考え続けてきたことでした。なぜこんなに森や木や林業というものに惹かれるのか、それが知りたくて響hibi-kiでさまざまな連載をつくり、あらゆる角度から魅力を探ってきたのでした。

自分にとって木の魅力とは、文化の蓄積を感じられることです。言い換えると、幾重にも積み重なった先人・死者の声を感じられる点に惹かれているのではないかと最近思います。死者は人だけでなく、その他の生きものであったり、歴史そのものも含みます。例えば木の内側は死んだ細胞の塊であったり、木材の表面に現れる節は過去に枝が生えていた痕跡だったり、死にゆくものの蓄積が形になっています。丸太の断面を見たときに節があったとして、途中でスパっと直線的に終わっていたとしたら、先人が枝打ちをしたこともわかります。こうして、過去がありありと見えてくる、想像をかき立てられるところに面白みを感じています。

ですが、数年後にはまた受け止め方が変わっていることでしょう。再びボトルシップを訪れて、確かめてみようと思います。

●Information
新出製材所
石川県珠洲市三崎町小泊16部27番地の4
TEL / FAX 0768-88-2629
https://www.shindesawmill.com/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。