静かなる革命
# 18
林道へ行こう
2023.6.17

林業の世界では道の存在が重要です。作業の生産性や効率を求めるほど必要になります。しかし、それ以上に林道は可能性を秘めているのではないか。いくつかの事例をもとに、その可能性を探ってみました。

写真:野口 恵太/文:田中 菜月

林道ってなんなの?

林道という言葉に馴染みはあるでしょうか。

林業に使う大型機械を通したり伐採した木材を運び出したりするための、林業をする上で欠かせない道です。「林道規程及び林道規程の運用細則」というルールが国により定められていて、これに基づいて林道がつくられています。国内の林道の総延長は約14万㎞。ちなみに一般道(高速・国道・県道・市町村道)の総延長は約128万㎞です。利用目的や土地の条件により道の種類はさまざまあり、森林管理署や地方公共団体・森林組合などが林道を管理しています。

林道は公道として一般に利用されることもありますが、これとは別に林業用につくられる「林業専用道」「森林作業道」もあります。ここでは林業専用道と森林作業道も含めて林道と呼ぶことにします。

▼林道を含む森林内の路網について(林野庁HP)
https://www.rinya.maff.go.jp/j/seibi/sagyoudo/romousuisin.html

photo by Sun Peiyu

公道である林道でも、関係者以外は通行禁止になっている道も多くあり、ときにはゲートを設けて施錠している場合もあります。道幅が狭く、未舗装の箇所もあれば、ガードレールなどの柵がない、カーブの見通しが良くない、さらには落石の危険もあります。安全対策が十分ではないといった観点から市民が踏み入れられる林道の領域は少なく、その意味では閉じられた世界が山の中にはいくつもあると言えます。また、ある林業現場での作業が完了したあと、その現場へ至る道は数十年使わない場合もあるでしょう。

photo by Krzysztof Wawrzyniak

そんな林道ですが、最近では正式にアクティビティの場所になっているケースも少しずつ増えてきています。森林浴を楽しむためのトレッキングコースになっていたり、マウンテンバイクで駆け下りるルートになっていたり、馬にまたがってホーストレッキングをしながら林道を通るアクティビティもあります。

純粋に森林を歩くのを楽しみたい、でこぼこ道を駆け下りてスリルを味わいたい。林道はそうした人々の思いを叶えてくれる存在にもなっています。

ある木工職人の
林道の楽しみ方

とあるイベントでクロスカントリースキーの元オリンピック選手が「林道はクロカンのコースとして最適」と話しているのを耳にしました。その元オリンピック選手とは、岩手県の西和賀町で家具工房を構える〈nokka〉の工藤博さんです。実際に工房を訪ねて話を聞かせてもらうことになりました。

取材日の翌日に納品予定のダイニングセット。

2002年に開催されたソルトレークシティーオリンピックに日本代表として出場した工藤さん。翌年に競技を引退したあとは、注文住宅の営業職を2年半続け、その後木工の道へ進みました。独学でウッドデッキや家具をつくるようになり、現在はオーダーメイドの家具制作に加えて、紙コップに取り付けるカップホルダーなどの小物も制作しています。
 
工藤さんが西和賀町へ移住したのは2019年6月。妻・智美さんの出身地が西和賀町だったこと、そして、選手時代に工藤さんが目にしてきた北欧のような町の風景に心を奪われ、移住を決めたのでした。

nokkaのギャラリースペースから見える景色。目の前を走るのはJR北上線の列車。

「夏は鬱蒼としてるからちがうけど、冬は北欧っぽくなります。サウナ小屋があって湖があれば北欧ですよね(笑)。西和賀にある錦秋湖は形が結構入り組んでるんで、見ようによってはフィヨルドみたいだなって思いますし」

「このあたりは2.5mくらい雪が積もるんですけど、3月くらいが最高のクロカンシーズンです。降り積もった雪が雨で固まって、夜に冷えて、長靴でも沈み込まなくなるんです。家の裏にある林道なんかはクロカンコースっぽいんですよね。自分の山じゃないんだけど、地主さんがすごく良くしてくれるから自由に散歩させてもらっています。それに北欧って玄関の前からスキー板を履いて出かけられるっていうイメージなんですけど、ほんとにそれができたんで自分からするとここは日本の北欧ですね」

雪が積もって固まれば、家の周りの田んぼや畑、あぜ道などの境がなくなって、どこへでもスキーで行けるようになるそうです。一昨年からクロスカントリースキーを再開したと言います。

クロスカントリースキー選手時代の工藤さん。工藤さん写真提供

「子どもが1歳になったころ、久しぶりにクロスカントリースキーを出してきて、息子を肩車して歩いたときは最高に気持ちよかったです!山の中でソリに乗って遊んだりもしました。あれはいい時間だし、子どもがもうちょっと大きくなったら全員で、クロスカントリースキーで山の中へ入って行ったら最高だなって思います」

自分の身体や周りの自然と対話しながら没入するというクロスカントリースキーでは、周囲の自然環境が重要になるスポーツです。工藤さんは選手時代の経験が今の仕事にもつながっていると話します。

「雪の上を走ってきたことが商品のサイズ感や曲線に出るのかなって思います。曲線のイメージは雪のスロープの影響は何かしらあるかもしれないし、僕のデザインの色んなディテールって自然を見てきた経験がルーツになっているのかもしれません」

そこに道があれば

林道は森林整備や木材生産の目的でつくられるものです。そして、本来の目的を超える使われ方があることもここまで見てきました。それはただ遊ぶためだけの使われ方かもしれません。しかし、遊びの中には人が生きる喜びがあるものです。遊びの余白や拡張性のある林道だからこそ、人が山に惹かれるとも考えられます。

適切な方法で道をつくらないと大雨のときなどに土砂が流れ、道が崩れやすくなる。ときには土砂災害を引き起こす場合もある。災害リスクを考慮した道づくりが必須。photo by Isao Nishiyama

森林整備や木材生産のために林道が必要。大義はそれでいい。そうした大義とは無関係に林道から遊びが生まれてくるのもまた事実であり、そうした面白さを携えているのが林道なのです。

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。