静かなる革命
# 17
限界集落を支える
“生態デザイン”
2023.4.6

みなさんは「ブナ」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?私は、明るくて瑞々しい森を思い浮かべます。樹皮には苔や地衣類がたくさん付いていて楽しいイメージ……!なんだか馴染みのある木ではありますが、実はブナはあまり林業の対象になっていないんです。

ブナは人工林として育てることが難しいうえに、伐採した後の木材も扱いづらく、適切な処理をしないとすぐに腐ってしまいます。ですが、そうした状況にとらわれず地元のブナを活用する取り組みが、とある地域で動きはじめています。今回は、新潟県魚沼市で行われている「スノービーチプロジェクト」世話人の紙谷智彦さんにお話を聞いてきました。

写真・文:森 日香留

100年後も
集落を支えるブナ林へ

スノービーチプロジェクトの世話人を務める紙谷さんは森林の生態学者です。なぜブナを活用する取り組みをはじめたのでしょうか。

「もともと、かつて薪炭林として持続的に利用されていたブナ林の再生に関する研究をしていました。その研究成果を活かして、未利用になった薪炭ブナ林を活かす方策をここで検討してみたいと考えたんです」

同プロジェクトが関わっているブナ林があるのは、新潟県魚沼市の大白川集落です。この地域には1000年を超える歴史がありますが、ここ50年で急速に衰退し、集落の存続が危ぶまれています。その現状を前にして紙谷さんにできることが、集落にあるブナ林の活用でした。

ここでは、森林を個々人ではなく集落全体で共同管理する「生産森林組合」という体制が整っていました。「30年ほど前に、当時の組合長さんが『100年後もこの森林が集落のために役立つような管理をしていきたい』と話してくれたんです」と紙谷さんがいうように、組合と連携してブナ林の手入れを進めることになりました。

そもそも大白川では、いわゆる「拡大造林」が行われませんでした。戦後の日本には化石燃料が入ってくるようになったため、かつて薪や炭といった燃料として生産されていた広葉樹の需要がほとんどなくなりました。そこで全国の多くの地域では、代わりにスギやヒノキといった針葉樹が植えられました。しかし大白川は5〜7mもの雪が積もる豪雪地です。このような場所ではスギやヒノキを植えてもなかなか育ちません。それを無理に植えてダメにしてしまうよりも、豪雪環境に適しているブナを育てながら活用していくことを選んだのだといいます。

とはいえ薪炭需要さえもなくなったブナです。「スギではなく、ブナを育てる」という選択をした地域は他に例をみませんでした。集落内でも、「ブナ林を手入れしてどうするんだ」と反対の声もあったそうです。

「国内で使われているブナ材は、99%がホワイトビーチと呼ばれるヨーロッパのブナなんです」。現在、家具などで使われているブナのほとんどは外国産材だといいます。それゆえ、薪炭林を育成して用材として使えるブナを生産・加工する技術や流通体制は日本であまり蓄積されていません。しかし、近年は外国産の木材価格が高騰していることや国内森林の持続的活用への社会的要請もあり、国産ブナへの関心が高まりつつあります。

大きく育ったブナでも、腐りや曲がりなどの欠点があると製紙や燃料用のチップ、キノコの菌床栽培用のオガ粉の原料にしかなりません。ちなみにチップは木材の用途の中でも一番単価の低い使い方で、もっとも価値がつくのは建築や家具用材です。

そこで大白川生産森林組合では、紙谷さんが世話人を勤めるスノービーチプロジェクトの支援を得て、ブナ材をブランディングし、形質ごとにカスケード利用するための流通経路を確保することにしました。

「プロジェクト」といっても任意団体であり、強いていえばメーリングリストがあるだけとのこと。ブナ林を育て間伐材を販売する生産森林組合、それを板などに加工する材木店、家具や住宅内装・木工作品に仕上げる専門店や工房、さらに専門学校や行政機関など、ブナ林に関わる川上から川下までの主体が参加しています。プロジェクトでは作り手の方々に定期的に森林へ来てもらい、森の現状を伝えています。また、材の利用に問題があれば、材木店を中心に意見交換をして改善方法を検討したりしているそうです。

生き物との関わりの中で生まれた
「生態デザイン」

【ブナ林施業の概要】
大白川生産森林組合(集落)が所有するブナ林面積は約600ha

1976年 ブナ二次林の1回目の間伐
1996年 2回目の間伐 
2015年 3回目の間伐・プロジェクト始動
(形質と成長のいい木を残し、直径70-80cmの通直な材を目指す)

※主伐(木材利用のために木を収穫すること)をする際は、間伐で明るくなって林床に稚樹が生育すれば0.1ha未満のギャップ伐採を行う(ギャップを作ることでブナ以外の樹種が入り込み、多様性ある森林づくりにつながる)

【森づくりの基本方針】
ブナ林を育成・維持しながら、持続的に収益が得られる管理方式
・皆伐(対象エリア内にある木をすべて伐採すること)はしない
・沢を荒らさない

プロジェクトでは大白川の薪炭ブナ林の資源状況を調査し、継続的に間伐を行うことで森林の育成を進める計画を立案するとともに、間伐材の活用について検討しました。一度人の手を入れた森林を放置してしまうと、途端に利用し難くなってしまいます。

農業と同じで、せっかく苗を植えても何もしなければ、雑草だらけになってしまいます。また適切に間引きをしなければ、一つひとつは大きく育ちません。この森林では適切に間伐した結果、年輪幅が1㎝を超える、つまり1年間で直径が2㎝も太くなるほどに成長したブナもあったそうです。

3回目の間伐後に生育したブナの周囲を計測。直径にすると70㎝ほど。
2回の間伐が行われた林のブナの中には年輪幅が1cmを超えるものも。

最初の間伐木は、プロジェクトのメンバーにより、ほぼ無償で間伐・搬出と製材が行なわれ、メンバーの家具店や工房に試作してもらいました。そうすると「なかなか使えるじゃないか」という声が広がっていきました。その中で新たな課題も見えてきたそうです。

「大きな問題があったのは、ダメージ材です。ブナの幹にはクワカミキリの幼虫が生息する穴や枯れ枝の跡から腐朽菌が入ることがあります。そうすると幹の中心あたりが変色し、偽心材と呼ばれる特徴的な色になります。そのような穴や変色は、幹を板に加工した場合、場所によっては全体の75%を占めこともあります。つまり、ホワイトビーチのような真っ白なブナの板は、板全体の1/4しかないんです」

ただし、ダメージ材は、腐朽が進んでいなければ、強度上の問題はほとんどありません。

正常材に腐朽菌が浸透して独特の紋様を作り出す生態デザイン。

「木をデザインするという観点からダメージ材を見ると、1/4の白い部分の方が特徴のない低質材だとさえ思えてきます。ダメージ材をもっと活かせないかと考え、“生きものの相互関係によって作り出されたデザイン”という意味を込めて『生態デザイン』と作り手の方に呼んでもらうことにしました。想いが伝わって、プロジェクトのメンバーは、生態デザインを前面に出して商品化をしてくれました。新潟駅の待合室や魚沼市役所のカウンターに取り入れられています。プロジェクトメンバーはスノービーチの商品をシリーズ化して販売しています」

▼朝倉家具のスノービーチ家具
https://asakurakagu.co.jp/product/snowbeech/

生態デザインの内装材も見せてもらいましたが、通常の真っ白で無難な材よりもスマートに見えました。むしろ最近のデザイナーさんには、こうした材の方が好まれることもあるそうです。

通直な木材にこだわらない
森林のさまざまな活用

“規格に沿った材を伐採・搬出する”という一般的な林業とは異なる試みは、他にもありました。

「用材にならなかった端材や形質の悪い部分は無理に搬出せず、残った切り株とともに集落の皆さんが現地で種駒を打って、“原木ナメコ”を育てるのに利用しています。費用対効果の観点からは、一番儲かるかもしれないです(笑)。ナメコ菌が材を腐朽させたころには土の栄養分になり、次世代の森を育てることになるのです。木がどう使われるのが良いのかという知識と知恵の引き出しを持っていることが大事です。わかってくるととても面白いですよ」

きのこ栽培であれば、林業をやらない人でも森林と楽しく関われそうです。今後は、雪の影響で根元が曲がってしまった材の活用も考えているとか。雪の重みに耐えるブナは自分で体を起こそうとしますが、その際に山側(人間で言えば背筋)にかなりの圧がかかります。その結果、根元が湾曲し、積雪に耐える「あて材」が広葉樹では山側に形成されます。製材時にあて材の繊維を切断すると乾燥後に大きな狂いが生じます。そのため、湾曲が強い丸太は大白川ではオガ粉の原料にされるのが一般的です。

「根本の部分って一番太いでしょう。そこが今はチップになるしかない。そうなると価格は、家具用材の半分か1/4程度になってしまいます。それではもったいないので、繊維を切らずに曲がった状態のまま使えないか模索しています。試作としてカッコいいベンチを作ってもらいました」

木工作家の中川さん。根曲がり部分と生態デザイン材を組み合わせて試作されたベンチ。

今までの成果と
今後の課題

最初はほぼボランティアのようにして始まったプロジェクトでしたが、利益は出ているのでしょうか。

「大白川生産森林組合の経営は、3年ほど前から黒字になっています。雇用されている職員の方の給料も上げられているそうです。働く人たちの条件を良くしていくことで、山で暮らしていけ、しかもそれがブナ林の育成とともに持続的にできることを示していきたいですね。そうすればこの集落の維持にもつながるのではないでしょうか。具体的な成果を一つひとつ示して、それがモデルになっていくことを目指しています」

黒字化の背景には、木材の使い手さんたちとの丁寧なコミュニケーションもあるようです。
「ここの森林経営の実情は機会あるごとにプロジェクトメンバーに理解してもらっており、間伐材の用材価格はメンバーの材木店と話し合いながら決めています。そのために春の雪上間伐と秋の通常間伐の際にはスノービーチ関係者に声をかけて、定期的に見学に来てもらっています。今年の春の雪上間伐には2日間で延べ80人が間伐材の雪上搬出に汗を流してくれました」

雪上なら人力でも間伐材の搬出ができる。

始まって7年目が経過したこの取り組みには課題もあります。例えばブナ材の乾燥は容易ではなく、試行錯誤を重ねることによって、安定した性質の製材品を出荷できるようになります。川下のメーカーとともに検討を重ねながら乾燥技術を高めているそうです。

また、ここのやり方では大量の木材を出荷することができないため、大手メーカーとの取引には向きません。現状では小口の利用者が多いために、通常は工務店向けの針葉樹構造材を扱っている材木店に顧客対応や管理で負担をかけています。

さらに川上の後継者育成も課題です。見学の最後に間伐搬出作業の様子も見させていただきましたが、大白川でのブナ林の間伐は、魚沼市森林組合の作業チームが請負っており、重機操作以外の伐採は、ほぼ一人で担ってきたそうです。ブナ、それも根元曲がりの激しい太い木の伐採は誰にでもできるわけではありません。森林組合の技術員確保と研修が必要です。

とはいえ、間伐材の出材量を理解した上で、持続的なブナ林育成の取り組みを理解してスノービーチ材を活用してくれる県外企業との話も進んでいるというから、どんな商品が見られるのか楽しみです。

最近、「国産広葉樹の活用」や森林の「川上から川下までの連携」というキーワードをよく耳にします。ただそれらは、どこか理想論のように語られているような気もしています。今回スノービーチの森を訪れてみて、そういうことが実際に可能なのだ!という勇気をもらえました。「生態デザイン」を活かして作られた商品を見ながら、その木や虫の一生に思いを馳せるのも楽しそう。何かを新しく作り上げるというよりも、“そこにあるものを工夫して活用していく”という取り組みが、全国に広がっていったらいいなあ、面白いなあと思います。

●参考資料
・スノービーチ【雪国のブナ】 https://www.facebook.com/snowbeech.niigata/
・株式会社志田材木店 取り組み https://www.shida-lbr.co.jp/action/
・株式会社朝倉家具 Sara SNOWBEECH furniture https://asakurakagu.co.jp/product/sara/
・NAKATA HANGER 「スノービーチハンガープロジェクト、始動!!」 https://www.nakatahanger.com/sdgs/3414
・NAKATA HANGER 「2月7日は国産ブナ材の日」 https://www.nakatahanger.com/features/2022-02-07/

森 日香留 (もり・ひかる)
もっと “自分にとって” 大切なものに時間を費やそうと、林業への転職を決意。現在は岐阜県立森林文化アカデミーで勉強中。今までになく、尊敬する人ばかりに囲まれている。林業は最高にクリエイティブな仕事だ!手入れしてもいい山を探し中です。