静かなる革命
# 13
生活費はどこまで削れるか?
職人と素人のあいだのDIY
2022.2.24

柳田邦夫の『遠野物語』や古くから伝わる“かっぱ伝説”などで知られる岩手県遠野市。そんな文化や民話に富んだ遠野市に「超低コスト住宅研究会」なるものがあります。遠野の山中で“住むこと”のハードルを下げるために低コストで住む方法・技術を研究しているという研究会。一体どんな生活をしているのか代表・小関さんの自宅を訪ねました。

写真:野口 恵太/文:高岸 昌平

雲海の先にあった
秘密基地

寒さがぐっと増してきた頃、編集部が岩手県遠野市を訪ねると、雲海が出迎えてくれました。

雲海が晴れると、すっかり稲刈りの終わった田んぼと畑がなだらかに広がり、雪国を思わせる切り立った屋根がポツポツと見えてきました。そんな雄大な景色が見える一本道をはずれ、集落をひたすら進んだところに「超低コスト住宅研究会」の基地、もとい代表の自宅があります。

にこやかに出迎えてくれたのは、超低コスト住宅研究会の代表を務める小関直(ただし)さん。研究というと白衣とフラスコのイメージがありますが、小関さんを見ればこの研究会はそんな堅苦しいものではないのだとすぐにわかります。加えて、どこか手作り感のある家は研究所というよりも秘密基地のような雰囲気が漂います。さて、一体どんなものをつくっているのでしょうか?まずは、小関さんがこれまでに作ったガジェットの数々を見てみましょう。

お風呂用(左)と平常利用の温水器(右)の2台で運用している。

早速、家の外観を見てみると見慣れない銀色の筒が目に留まります。「太陽熱温水器」という装置だそうで、小関さん宅の給湯を支えています。しかし、冷え込みが増してきた遠野では、十分な温度まで上がりにくくなってきました。
「簡単に設置できるので地上に置いているんです。やっぱり季節や時間によって太陽の位置や角度が変わるので、それに合わせて置いてやらないと、どうも効率は良くないみたいで。その辺が今年やってみてわかったところですね」
トライアンドエラーの積み重ねで、太陽熱温水器の最適な活用方法を探っている段階でした。

中央の玄関口の屋根に自分で取り付けた太陽光パネル(中古品)
ソーラーフードドライヤー。この中に食材を入れて、太陽熱で乾燥させる。

他にも日当たりの良い南側には、太陽光パネルやソーラーフードドライヤーが設置されています。おそらく遠野市で太陽エネルギーを最大限活用しているのは小関さんなのでしょう。

家の中に移り、電気をパチパチっとつけると「ウィーン」と響く音に気がつきます。その正体は、自作の“ソーラーシステム”。100円均一で見かけるようなプラスチックの箱の中にいろんな色のスイッチやカプラが詰まっています。どこか頼りなく見えますが、その機能は優秀でした。通常は太陽光パネルで得た電気を使うように設定されていますが、電力が足りなくなると自動で電力会社の電気に切り替わるシステムを備えているのです。とはいえ過去にエネルギーの自給にこだわり大変な経験をしたという小関さん。今では、無理をしないスタンスで太陽エネルギーを使える時には使うという生活しています。

「陽が出てる間は、ある程度電化製品が使えるって感じですね。だから、昼間太陽がカンカンと出た時に『あ、洗濯しようか!』みたいなことがあるんですよね!まぁ、雨が続いたらもう仕方ないんですけどね」

次に見せてもらったのはキッチンのガスコンロ。使われているガスは都市ガスでもプロパンガスでもなく、カセットコンロ用のガス缶が3つです。ヨットで長期間航海する時に用いる機器を利用して、カセットガスを連結し十分な火力のあるガステーブルを使用できるようにしています。こうして小関さんは給湯とコンロ周りを自作することに成功したのです。

「水道は引いているんですけど、電気は太陽光を使ってますし、ガスは契約してないんです。結構出張で家にいないときが多くて、ほとんど家にいないのにガスの基本料金を払うのが馬鹿馬鹿しいなあと思ってガス会社に頼らない仕組みを作りました。契約が1個少なくなるっていうところが気に入っているんです!」

ガス代は基本料金の約2000円程度、電気代は数百円程度カットしています。全体の電気代を考えると、太陽光発電で賄える割合はそんなに多くないです。発電量が減少する冬の時期はなおさらです。

そして、最近は炭酸水メーカーをつくったといいます。使うのは、空の炭酸水用ペットボトルと水道水、そして飲食店で使われるという緑の炭酸ガスボンベ・通称“ミドボン”

まずは、空のペットボトルに水道水を入れます。次に、自作のアダプターを装着したミドボンからペットボトルへ炭酸ガスを注入していきます。あとはペットボトルをシャカシャカ振るだけ。3分足らずで炭酸水ができあがります。早速、編集部が味見をしてみます。まずは注入前の水道水から。

うん。確かに水道水だ。遠野の山で磨かれたであろう水道水は心なしかおいしく感じられます。次に、小関さんが作ってくれた炭酸水を飲んでみます。

ゴクリーーあっ!これは炭酸水っす。

ペットボトルを開けてすぐ注いだ炭酸水となんら変わりません。自分でつくっているので、炭酸の強さも調節できるのがうれしいところ。微炭酸や強炭酸も思いのままです。

「お好みの飲み物を簡単にスパークリングにできるので、お好きなジュースでもいいし、同居人がやっていたのは、ワインをペットボトルに入れてスパークリングワインをつくってましたね。安くできるみたいですよ」

さて、ここまで自作のガジェットを見てきましたが、これだけのものをつくるとなると多くの資材が必要になりそうです。生活費を圧縮するための資材調達はどうしているのでしょうか?

「新品の資材はほとんど買ってないです。中古か、もらったか、ひろったものがほとんどですね。今捨てられているものでも、これ使えるじゃんっていうものはいっぱい眠っていますよ。あの太陽光パネルもネットオークションで買いました」

仏壇のあった和室を車庫に改造したが、今シーズンは材料庫となっている。

先日も、仮設住宅の払下げに申し込んで1万円で住宅1棟分の資材を解体しゲットしたといいます。その資材のおかげで家のガレージはパンパン。車が入る隙間はもうありません。今度はこの資材を使って新たな家をつくるのだとか。

資材にコストをかけずに改造を重ねてきたこともあって、この家の改造費は2年間でざっと10万円程度。そんな小関さん宅で最も高価なものを聞いてみました。

「一番高いのは、あの薪ストーブじゃないかな。あれは新品で買って3万円でしたね」

何十万円もする薪ストーブがある中で3万円は激安です!もちろん、煙突は自ら取り付けました。でも10万円の中から見れば十分に高価。真冬には氷点下20度まで達することもある遠野では、必要な出費です。さて、これだけのものをすべて自作してきた小関さん。この家を見るとDIYというよりも設備屋さんに近いように感じられます。はじめから何か特殊なスキルを持っていたのではないか?そう勘ぐりながらも、小関さんの経歴を聞いてみました。

ベランダから始めた
サラリーマンの休日DIY

北海道出身の小関さんは東京で上下水道の建設会社で設計の仕事をしていました。その会社員時代に始めた趣味が「DIY」。はじめてつくったのは靴棚です。アパートのベランダで自作したといいます。

写真提供:小関さん

「この靴棚が最初につくったもので、ガッタガタなんですよ。つくりが華奢なのと、やっぱり精度も良くないですし。ただね、割と嫌いじゃないので今も使っているというのと、今と昔の僕を比較するためにも置いているっていう感じですね」

その後も会社員の傍らDIYを続けていると、次第につくるものが大きくなっていきました。そうして、DIYを続けるうちに小関さんの心に「あぁ、もうちょっといろいろつくってみたいな~」という気持ちが芽生え始めます。そして、32歳の頃「辞めるなら今のうちに」と思い立ち、8年間の会社員生活が幕を閉じました。そこからは、小関さんオリジナルの“DIY”ワールドの幕が開いたのです。

「オフグリッド設備設計事務所」という屋号で活動をスタート。写真提供:小関さん

フィールドとしてはじめに選んだのは栃木県でした。もともと水道や電気などインフラへの関心が強かった小関さんは栃木に拠点となる家を借りて「住むために必要なものをつくろう」と太陽熱温水器や太陽光発電をつくり、井戸を掘りました。

写真提供:小関さん

どんどんと身の回りが整っていくにつれて、今度は家や空間をつくりたいと考えるようになったといいます。そんなときに小関さんの目に留まったのが、〈Next Commons Lab〉 という組織が掲げる「超低コスト住宅プロジェクト」でした。

「180万円ぐらいの予算で住める場所をつくれるといいんじゃないか?みたいなざっくりとしたテーマがあって。方向としては僕のちょうどやりたいなーと思っている方向だったので“おっ、これは!”っていうので、プロジェクトに応募したら採用されたんですよ!」

こうして、小関さんの遠野生活が始まります。遠野に越してきて今年で5年目、今の家に住み始めてからは3年が経ちます。

君ならどう使う?
家の中にある家

小関さんが遠野で作ったものに、車中泊用の「バン箱゜」(VAN-PACO)と室内用ハウス「巣箱゜」(SU-PACO)があります。どちらも組み立て式でVAN-PACOは大人1人で15分程度、SU-PACOは大人2人で20分程度の組み上げ時間です。気になる使い心地はどうでしょうか?

車中泊用のVAN-PACOは、ハイエースに積み込めるジャストサイズ。ゲストハウスのドミトリーをヒントにつくられたVAN-PACOは、ライトと机・棚がついていて想像していたよりも機能的です。小関さんもちょっとした仕事ならここでこなしてしまうのだとか。長期にわたる小関さんの出張にも、VAN-PACOは欠かせません。布団や寝袋を積み込んで、車中泊をしながら出張することもできるのです。車の空間にさらに空間があるため、二重窓のような保温効果も期待でき、マイナス10度の冬を車中泊で乗り切ったこともあるというから驚きです。

ライトはマグネット式で自由に取り外せる。

車中泊時の電源も自給できます。駐車位置は決まって南向きです。太陽に向けて車を停めて、フロントガラスにソーラーパネルを立てかけポータブル電源を充電します。ポータブル電源があれば車中泊生活は十分に快適なようです。

SU-PACOの模型。

VAN-PACOの制作で培ったノウハウを活かしたのが、室内用ハウスSU-PACOです。

「分解すると、ハイエースに入るサイズなんですよ。1枚ずつパネルになっているので、これを畳んで積みこんで、組み立てることができる、これがSU-PACOです」

実は、小関さんの自宅の中にデモハウスが設置されています。リビングのほとんどの面積を占有しているSU-PACOは「家の中に家がある」という奇妙な状況を生み出しています。でもこの小さな空間は温まるのも速いようで、厳しい冬を乗り切るためには欠かせません。冬の日中は温かいSU-PACOに籠もっているのだとか。

実際に避難所で使われた様子。写真提供:小関さん

そんなSU-PACOが意外な活躍を見せたのが、2019年に宮城県を襲った台風19号でした。洪水被害があった地域の避難所でボランティアスタッフの打ち合わせスペースとしてSU-PACOが半年間出張したのです。

「それまで、ボランティアスタッフさんは大広間で仕事されてたんです。だから、SU-PACOがプライベート空間になって、内緒の話とか女性のお化粧直しとかそういう場としてすごいありがたかったと聞いています」

「家がつくりたい」「空間を自作してみたい」という純粋な動機で始まったSU-PACOに新しい可能性が宿った出来事でした。折りたためば小さなスペースで保管できるのも、避難所にとってうれしい点です。今後も、避難所内のプライベート空間として様々なところで使われていく未来が見えてくるような気がします。

ものづくりに宿る
純粋な喜びと文化

新しいものを想いの向くままにつくり続けながら遠野で暮らす小関さん。現在の暮らしは「生活費を極端に圧縮して暮らしている」状態だといいます。今後の生活には、どんなイメージを抱いているのでしょうか?

「やっぱりね、僕もこういうSU-PACOとかを見たら自分でつくりたいと思うタイプなので、今後は簡単なキットを売ることをメインで考えています。みんなが『つくること』に参加していく文化のような」

だから、小関さんのもとにくる「こんなものつくりたいんだけど?」という相談には、相談相手本人も巻き込んで一緒に制作します。最近完成させた薪風呂小屋もそのうちの一つです。

2021年1月にオープンした農家民宿「Lien遠野」(リアンとおの)に建てられた薪風呂小屋。左がオーナーの菊池大司さん。

民宿オーナーの菊池大司さんが小関さんに相談を持ちかけて薪風呂小屋づくりがスタートしました。大部分こそ小関さんと菊池さんが製作を担っていますが、参加者を募って3日間の合宿形式ワークショップも開催しました。「小屋をつくりたい人、一緒にどうぞ!」と呼びかけただけだと言いますが、参加者の中には関東からやってきた人もいたそうです。何かつくりたくてうずうずしている人がたくさんいるのでしょう。

菊池さんがステンレスの風呂釜を近所で拾ってきたことが製作のきっかけ。

そうして、いろいろな人が参加してできあがった薪風呂小屋。取材中も、小関さんと菊池さんでこれからどうしようかと改良にむけた相談が始まります。自分でDIYできることを知っているからこそ、どんどんアイデアが湧いてくるのでしょう。

これまでの話を聞いていると、小関さんならなんでもつくれるのではないか?と感じてきます。でも、ものづくりにおける職人との違いは感じるといいます。

「やっぱり職人さんがやると全然違うので、難しい部分はやってもらいます。でも僕がやりたいのは職人さんのようなものづくりじゃなくて、素人と素人に毛が生えたぐらいの人たちができるものを追及していきたいんですよ。そんな仲間と一緒に家を建てられると楽しいですよ、きっと」

ものづくりと聞くとどこか職人気質な印象が漂いますが小関さんの活動を見ていると、ものづくりにもいろんな形があって良いのだと気づかされます。手を動かして生み出す楽しさや、想像が形になっていく面白さ・自由さ。それに誰もが触れられるためには「職人と素人の間のものづくり」が大きな役割を担いそうです。

「バリエーションですよね。例えば、職人さんがきちんとつくる家は見た目も良くて、お値段も張るけど、その価値がある。かたや、見た目なんかは全然良くないけど、ちゃんと住めて素人でもできる家っていうのがあったり。そういうバリエーションがあるといい。そうすると大工さんはもっと尊敬されるんじゃないかなと思うんですよね」

私たちの生活は、ほしいものをいつでも調べて購入できる環境にあります。だから、ついつい「どれを買おうかな?」と消費する思考に絡めとられてしまいます。しかし、超低コスト住宅をつくる小関さんが大事にしていたのは「どうやったらできるだろう?」という逆の発想でした。“超低コスト”の肝は、身の回りにあるものでいかにできるか?ということのようです。僕らも散歩がてら外へ出かけて、使えるものでも探しに出るとしましょう。

●imformation
超低コスト住宅研究会
https://www.superlowcosthouse-research.com/
超低コスト住宅研究会チャンネル(YouTube)
https://www.youtube.com/channel/UC-jMlXXAZqxppG8zQhRsaGg/featured
高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。