静かなる革命
# 10
ある山主の手記⑤
あいまいな境界線(机上編)
2021.10.8
photo by Isao Nishiyama

実家で山を所有しているが、どのように活用すればいいかわからず持て余している所有者も多くいることだろう。そんな“山主”の目線で山の活用を探ってみたいと、実家で山林を所有しているhibi-kiのライター安江氏に手記を残してもらうことにした。所有する山林とどう関わり、活用していくのか。それとも、しないのか。率直なその足跡を追っていこう。シリーズ第5回は、前回に続き所有山林の境界線を明確にするべく、さまざまな地図や書類をかき集めた。

写真・文:安江 悠真

固定資産税を糸口に
役場の人に聞いてみた

《過去の手記一覧》

どうする?実家の山
土地の記憶
山仕事の歴史
④ あいまいな境界線(現場編)

父は持山の場所を記憶していたが、広い山の中ではどうしてもその境界が曖昧になってしまう。 それでも、所有する山林の面積に応じた固定資産税を毎年払っているので、役場などには図面があるはずだ。なので、その図面を取り寄せてからもう一度来ようとなったのが、前回の話。

税金に関する書類なので、とりあえず役場に問い合わせてみた。役所の方は、丁寧にいろいろと教えてくれた。ちなみに、若い人からの問い合わせはほとんどないらしい。おまけに(当面は)伐採や間伐などの予定がなく、「ただ、知りたいだけです」という事情で聞いてくる人は本当に珍しい存在であることが、担当の方の反応でわかった。

丁寧に教えて頂いたおかげで、書類や図面としてどんなものがあるのかはもちろん、その実情や背景までいろいろなことがわかってきた。

行政から届く固定資産台帳の課税明細書。所有する山林の地番などが載っている。

まず、山林の場所や状態を把握する法的な確認書類としては、「登記簿(土地台帳)」と「公図」があって、法務局や市の税務課が所管している。これらは「地番」というもので管理され、その面積に基づいて固定資産税の税額が決まっている。ここには、登記している土地がすべて記されているので、“山林”だけでなく“宅地”や“農地”なども載っている。自分が持っている山の情報を知る際は、毎年届く固定資産税の課税明細書から、“山林”の地番を洗い出すことが、すべての出発点となる。

森林簿の一部。林班ごとの樹種や林齢が記載されている。

登記簿は土地に関する帳簿なので、樹種や林齢など森林に関する情報は載っていない。所有する山林の情報を閲覧するには、これとは別に「森林簿」と「森林計画図」が必要で、市町村の林務課などに問い合わせると照会してもらえる。これらは「林班」という山の住所のようなもので管理されている。地域によってルールが異なるが、所有する山林の林班(○○林班○○小班)は、登記簿の地番がわかれば、対応する林班を教えてもらえる。

森林計画図は、地図上に山林の位置が示されているため、おおよその位置の把握に適している。我が家のものは、こんなかんじ。(以下、森林計画図の電子データを基に筆者が編集)

航空写真。中央右の黒塗りが筆者の実家(出典:Googleハイブリッド衛星画像)
森林計画図の林班界を重ねたもの。青い数字が林班。実家の裏山は、写真中央の49林班に属する。
林班界の上に、小班(番地の枝番のようなもの。森林簿上の最小区分)を重ねたもの。
所有山林の位置を着色したもの。裏山以外にもいくつか飛び地となっている。
所有山林のみ地形図に重ねたもの(出典:国土地理院 基盤地図情報等高線データ)

概ねこのような流れだが、地域によっては精度がとても低く、そもそも正確な情報にたどり着けないということも珍しくない。その理由としては、
・相続や土地の分筆の際に登記漏れがあり、地番に対応する林班が無い
・公図や森林計画図の位置や境界線が正確でない
といったことが多いようだ。

明治時代から止まった
測量の記録

公的な資料が正確でないというのは少し面食らったが、そもそも、土地に関する情報の大元である公図は、明治政府の地租改正の中で、検地測量と図面の作成が行われたものらしい。これが現在の法務局にある「公図」へと受け継がれている。

この時の調査は行政ではなく、庶民(一般市民)によって行われたらしい。これは、課税のため、つまり、所有する土地の大きさに基づいて税金を徴収する目的で行われているので、税金の負担を軽くするために、自分の土地の面積を少な目に申告することも多かったといわれている。さらに当時の測量技術のレベルの低さによる不正確さが追い打ちとなり、精度の低さにつながっている。

これらは、日本の林業の大きな問題点の一つであり、山の整備をしたくてもできない理由となっている。政府も、地籍調査をやり直して公図や森林計画図の精度を改善したり、土地の境界確定を進めて森林施業を集約化する手続きを進めたりと、いろいろな手を打っている。

地籍調査の実施状況は自治体によって大きく差があり、東北や中国、九州などは土地面積の60%以上完了している自治体が多いが、岐阜県のある中部地方は大半が20%未満と、地域差が大きい。(自治体ごとの進捗状況や、具体的にどこが実施済みであるかなどは、「国土交通省 地籍調査WEBサイト」に情報があります)そのうち、空き家対策のように、持ち主が不明な山林の所有権や経営権を行政に移管するなど、法の整備も進んでいくかもしれない。

※2019年に施行された「森林経営管理法」では、手入れが不十分な森林について、市町村が森林所有者から森林の経営管理の委託を受け、民間または市町村が管理を担うことができるようになった。所有者の一部(または全部)が不明で手入れ不足となっている森林においても、所有者を探すなど一定の手続きを経た上で市町村に経営管理権を設定する特例も措置されている。現在は所有者への意向調査が主に進められているという。
https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/keieikanri/sinrinkeieikanriseido.html

幸いなことに、うちの持山は最近になって改めて地籍調査が行われているので、比較的正確な情報が得られた。図面と同じ場所に境界杭が打ってあったので、土地の境界を詳細に把握することもできた。

机上で情報を閲覧したいと思った時の、自分の裏山の実情が“ラッキーな方”であることを認識しつつ、今後は少しずつ、採集や利活用の可能性を探っていこうと思う。

(あとがき)
こんにちは。
岐阜県の真ん中くらい、お茶の産地に実家がある“山主”です。

自分と同じように持ち山のある人、いまは実家を離れているけど、実家が「林家」に該当する方を想定読者としています。似たような境遇の方や、興味を持っていただける方と情報交換しながらやっていければうれしいです。

調べてほしいことなどあれば、メッセージをください。もちろん感想や質問などでも大歓迎です。

Instagram:@ymyse_525
Mail:yasueyuuma@gmail.com

安江 悠真 (やすえ・ゆうま)
岐阜県白川町出身。昆虫少年の延長で岩手大学の農学部に進み、林業と野生動物の関係を研究テーマとして、遠野市でクマを追う。現在は岐阜県に戻り、山の仕事をしながら実家と高山市を往復する日々を送る。