静かなる革命
# 8
登山アプリ・YAMAPが
獣害対策に取り組むワケ
2021.9.3
photo by Isao Nishiyama

今や森づくりに携わるのは林業だけではない。一見関係なさそうな業種や職種でさえ、間接的にでも森づくりに少なからず関わることはできる。例えば、登山アウトドア向けのアプリを開発・運営する〈YAMAP〉をご存じだろうか。エンジニアが多く在籍するこの企業では、狩猟後に廃棄される鹿の革を利活用するプロジェクト「めぐるしか」がはじまった。アプリとは一見関係なさそうなこの取り組みをなぜ始めたのか。仕掛け人に話を聞いた。

写真:取材先/文:田中 菜月

狩猟から手がけた
鹿革×登山グッズ

登山好きなら使ったことがあるであろうYAMAPは、登山ルートや道中の写真を記録できる人気アプリだ。電波が届かない山でもスマホのGPSで現在地とルートがわかるなど、登山者の楽しみを広げ、安全を支えるツールになっている。アプリやWEBサイトでは登山に関する記事や登山グッズの購入などもでき、登山の頼もしい存在として人気を集め、ダウンロード数は260万を突破している。

アプリが順調に成長しているように見える中、突如はじまったのが“めぐるしかプロジェクト”だ。どんなことをしているのだろうか?

山バッジタペストリー。

「現在は獣害対策で捕獲された鹿の革で山バッジタペストリーをつくり、YAMAP STOREで販売しています。他にも鹿革のウォレットやスマホポーチを新たにつくっているところで、今後徐々に鹿革アイテムを増やしていく予定です」

そう話すのは、プロジェクトを担当している小島慎太郎さんだ。小島さんは今年4月にYAMAPにジョインしたばかりで、その前は福岡県新宮町で地域おこし協力隊として活動し、鹿革ブランドを展開する〈totonoi〉を起業していた。そのときに構築した生産・販売体制を現在のプロジェクトで応用させ、展開しているというわけだ。

小島さんが中心となって、狩猟、捕獲した鹿の解体、皮の保存や流通、皮のなめし、製品デザイン、縫製と各工程にそれぞれの職人と連携することで製品化が実現している。小島さん自身も狩猟やデザインの部分に関わっているというが、そもそもこんなに手間のかかることをなぜやっているのだろうか?

「増えすぎた鹿が森の低層域にある草を食べ尽くしてしまうので、森の代謝が生まれない状況になっているんですね。すると、下草がなくなって山の保水力が弱まり、土砂が流れやすくなりますし、森がやせ細って生態系も乏しくなってしまいます。ある程度鹿の数を減らして、問題が肥大化しすぎない未来をつくらなきゃいけないと考えています」

そこで解決策の一つになるのが“付加価値のある活用方法”を増やすこと。獣害対策として捕獲された鹿を、ジビエだけでなく“革”という形で有効活用すれば収入が増えることになり、猟師のモチベーションも上がる。さらに、鹿革製品として消費者の目に触れることで鹿や山の問題に目を向けてもらうきっかけをつくることもできる。こうした資源の循環を生み出すところから、森の現状を改善したいという思いがあった。

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高野山の宿坊
そして地域おこし協力隊へ

小島さんがこれほど山や狩猟に入れ込むようになったのはなぜか。現在の小島さんを形づくった原体験は、子どものときに過ごした祖父の家とその周辺の環境、そして父からの影響だった。

「父の実家が熊本の阿蘇にあるんですけど、周りが田んぼばかりで、今でもお風呂は五右衛門風呂なんですよ。父がそういうところで育ったので、自分が小さい頃から釣りに連れて行ってもらったり、父の実家に行ったときは火を起こす経験をしたり、色濃い自然との遊びをしていました。だから、『大人になったらこういう生活したいな』って小さい頃から思ってたんですよね」

学生時代に観た映画『INTO THE WILD』の、大自然の中に身を投じて生きる世界観にも強く憧れたという。高校生の頃には起業したいとも考えていた小島さんは、大学卒業後に就職するかどうか葛藤を抱えながらも、いったん「修行をしよう」と熊本から東京のITベンチャー企業に就職した。会社員として働いてみたものの、違和感が拭えず退職。しばらく日本各地のホテルや宿泊施設で住み込みの仕事をしていた。

「高野山の宿坊などで働きながら、夜は自分の将来のことを考えていました。起業をするにはまだ経験値が足りないような気もするし、何かいい仕組みがないかなと思って見つけたのが地域おこし協力隊です。自分が向き合いたかった狩猟や自然と関われる環境、さらに起業のための資金サポートがあるので、その仕組みを活用することにしました」

協力隊時代には狩猟体験サービス「FUKUOKAわなシェア」もはじめた。この取り組みは現在も個人で続けているという。

山で暮らし、自ら生業もつくりたい。その足掛かりとして、2017年から3年間、福岡県新宮町の地域おこし協力隊として活動。山間部の活性化の一つとして“鳥獣対策”に取り組んだ。それが今のめぐるしかプロジェクトにつながっている。YAMAPに入ることになったきっかけも協力隊の頃にあった。

「どういうふうに事業をつくったらいいかわからなくて、ボーダレスジャパンが運営するボーダレスアカデミーで半年間、ソーシャルビジネスを学びました。そのとき講師としていらした春山さん(YAMAP代表)とお会いしたのがきっかけです。その後起業して鹿革ブランド・YAMABITO事業を2020年8月から始め、半年ほど経った2021年1月に春山さんから急に『話しませんか?』って連絡がきて。年明けのタイミングで自分から春山さんに鹿革事業のことを相談しようと思ってたので、『誰かから聞いたんかな?』って思いましたね(笑)。ビジネスを通して森や山、自然、関わる人を良くしていくといった、目指す旗が同じならYAMAPに入って事業を加速させた方がいいと思い、ジョインすることになりました」

YAMABITOで販売している財布やキーケース、サコッシュなど。

YAMAPさんって
何考えてるんですか?

山を愛する者同士が共鳴してはじまったYAMAPの鹿プロジェクトだが、“登山”に関わるIT企業とはいえ、狩猟や鹿革づくりが主戦場とは思えない。混乱してきた編集部はつい、「YAMAPさんって何考えてるんですか?」と、不躾な疑問をぶつけてしまった。

「アプリをつくりたいということ以上に、“都市と自然をつなぐ・人と山をつなぐ”ということをみんな常に考えています」

そう応えてくれたのはPRマネージャーの千田英史(ひでふみ)さん。都市部に暮らす人が増え、生活の場と自然が切り離されがちな現代において、“都市と自然をつなぐ”取っ掛かりが登山というわけだ。山の魅力を一人でも多くの人に知ってほしい、山を楽しむ文化を未来へとつないでいきたいという願いが根底にある。楽しめる山を残していくためにも、鹿問題は見過ごせない課題だということだろう。

その思いはユーザーにも向けられている。登山を楽しむ人たちがただ山を訪れるだけでなく、森づくりなどの山の環境整備にも貢献できるような仕組みをつくろうと、今年7月から循環型コミュニティポイント「DOMO(ドーモ)」の実装がはじまった。山に行くなどアプリを利用して貯まったDOMOで、植林や登山道の整備を支援することができる。現在は、「どんぐりの苗を植林し、山の再生に繋げるプロジェクト(熊野古道/和歌山県田辺市)」と「英彦山(福岡県・大分県)鎮守の森プロジェクト」が進行している。

今後は栃木、群馬など支援の対象地域を少しずつ広げいく予定なのだそう。とはいえまだ実装したばかりのため、本格的な活動はこれからだが、利用ユーザーが多いだけにどのようなインパクトが山に生まれてくるのか、かなり気になるところだ。

photo by Isao Nishiyama

森づくりは今や一つではない。自ら間伐し、狩猟することは絶対的な必須項目でもない。鹿革製品を買うことはもちろん、アプリで貯めたポイントを使うことだって、間接的にではあるが森林の環境改善に一石を投じたことになる。物事の背景を知り、どんな選択をするのか。その意思表明こそが、森づくりへの自分なりの答えになる。

森で働いたり、山の中で暮らしたり、そこまでしなくてもいいけれど、自然への負荷を減らすような何かができたらいい。そう思っている人にとっては、YAMAPの取り組みはとっつきやすいと感じるのではないだろうか。森は今、私たちの暮らしからかけ離れているけれど、テクノロジーの力を借りれば森と人の新しい接点は、まだまだこれからつくっていけるはずだ。

●Information
株式会社ヤマップ
福岡市博多区博多駅前3-23-20 博多AGビル6F
info@yamap.co.jp
https://yamap.com/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。