静かなる革命
# 6
森から生まれるガソリン⁈
で巻き起こす革命
2021.7.23

環境への配慮やエネルギーの転換が強く求められるようになってきた昨今。再生可能エネルギーの導入が急がれる中で“木がガソリンになればよいのに”と壮大な夢を抱いたことはないだろうか?実は群馬県第2の都市、高崎でその夢の実現に向けて、とある革命が始まろうとしている。夢が現実に変わっていく、その瞬間にフォーカスした。

写真:西山 勲/文:高岸 昌平

スクラップ工場の片隅にある
未来の技術

普段は森に向かうことが多い編集部だが、この日の取材地は珍しく街中だ。群馬県高崎市にある最寄り駅から15分ほど歩いたビルの中に入っているのが、〈エムラボ株式会社〉。地域の魅力発掘事業、HP製作、そして今回注目するバイオマス事業を行っている社員3人の小さな会社だ。私たちは木からできた“森油(しんゆ)”を生み出す仕組みを教えてもらうべく、試作機があるという場所へ案内してもらった。

同社代表取締役社長の三枝孝裕さんに連れてきてもらったのは、鉄スクラップが集積する総合リサイクル企業の工場。こんなところに本当に試作機があるのだろうか?と一抹の不安を覚えながら、ずんずん工場の奥へと進む三枝さんの後をついていく。工場の隅に間借りしているという試作機の場所には、大きなプラントではなく、小さな一つの試作機があった。工場の一角から未来の技術が生まれようとする光景に、スティーブ・ジョブズが車のガレージから会社を始めたという逸話を思い出し、その姿を重ねていた。

三枝さんは、森油のできる原理は難しくないと教えてくれた。「木を温めて、得られるガスを冷やして、液化しているだけ」なのだそう。私たちにはあまり馴染みはないが、木材は油分を含んでいる。オーストラリアのユーカリの葉が良い例だ。油分を多く含むため極度の乾燥と高温にさらされると自然発火して山火事を引き起こす。

そんな木材を温めることで熱分解が起き、ガスが生まれる。生まれたガスは管を通り水冷され液体になる。温めれば気体に、冷やせば液体に、といった具合で使っている原理は小学校で習った水の三態変化の応用だ。簡単な原理とはいえ試作機を作るまでには、前職で働く傍ら空き缶とフラスコで3年間の実験を重ねた日々があった。決して、一筋縄ではなかったことがわかる。

試作機のそばには、試行錯誤の跡が見える。

原理を実践し、形にしていくことが難しいのだ。2020年の年の瀬に完成を迎えた試作機も設計した三枝さんの完成イメージとはギャップがあった。これまで試作機が稼働したのはのべ10数回。さまざまな故障を経験しながら、設計者の三枝さんと技術者のメーカーが膝を突き合わせてギャップを埋めてきた。現在は2021年内に完成版のプラントを発売するという目標に向けて商用データの計測、完成版の製作と予定はぎっしりと詰まっている。

そんな森油はどのようにして、使うことができるのだろうか?初動段階と未来の使われ方について、さらには乗り越えるべき課題についても聞いた。

森油で膨らむ可能性と
変革が与えるインパクト

森油の性質は私たちが普段利用しているガソリンと似ているそうだ。だからガソリンと混合してバイオディーゼル燃料として様々に利用することができるし、森油の品質が向上すればガソリンを代替するのも夢じゃない。

木くずや木質ペレットから森油(左)がとれる。

環境や経済効果の特徴も見逃せない。木材が原材料であるため、カーボンニュートラル(木が吸収したCO₂量と燃やして発生するCO₂量は同じであることから、CO₂量は増加しないとする考え方)な燃料であること。またトウモロコシやサトウキビ由来のバイオディーゼル燃料とは異なり食糧問題にも優しいという特徴がある。加えて、原材料の木材が近い山間の地域で生産することでその地域にとって新たな収入源となる可能性も秘めているのだ。ちなみに試作を重ねる現在、使用している燃料は割り箸だというから驚きだ。将来は木質由来の「ゴミ」から森油を作り出すことも視野に入れている。

林業や農業で森油を使えば完全にエコフレンドリーな産業になる。

しかし、森油の社会実装までは乗り越えるべき課題が多くあるのではないか?価格や生産量について原油との戦いになってしまうことが想像される。しかし、三枝さんから聞いた言葉は意外なものだった。

「地球温暖化や気候変動を抑えるために世界で排出できるCO₂の量はもう決まっているんですよ。だから近い将来に、CO₂を排出できない世の中が来る。そうしたら原油は使えないですよね」
今までの経済活動のスタイルでは、地球の抱える地球温暖化や気候変動問題に不可逆な影響を与えると警鐘がならされていることは周知のとおりだ。その大きなテーマに対して燃料を変革しようとする森油はまさに革命といえるだろう。

割り箸のようなゴミが燃料になるのだ。

ところで、木材から油を作るという発想はどこから得たのだろうか?そのヒントはエムラボの生まれた群馬県上野村にあるという。
「上野村にある木質ガス化熱電併給装置(木からガスを取り出し、熱と電気を生み出す装置)を運転させたときに、間違ってガスではなくオイルができたんです。そこで木から油を作るという発想を得ました」

エムラボにとって重要な、バイオマス事業のきっかけを得た上野村。しかし、群馬の秘境と呼ばれる山深い村までどのようにたどり着いたのだろうか?三枝さんの人生のターニングポイントを聞いた。

上野村への移住と
エムラボの創業

栃木県出身の三枝さんは、群馬大学工学部を卒業したのち、知り合いの会社からの誘いもありさまざまな業種で経験を重ねる。ちょうどそのころ参加したイベントの一つが「十勝ローカルサミット」。そこで初めて地域に本気で向き合う人と出会った経験が、三枝さんに大きな影響を与えた。

そして約13年前、畜産用の脱臭装置の開発をするなかで上野村とつながり、当時、開催されていたシンポジウムへも足を運ぶようになった。そんなタイミングで当時、前橋に住んでいた三枝さんに上野村への移住を決断させる出来事が起こった。

群馬、埼玉、長野の県境に位置するのが上野村。森林が村の95%を占める人口約1200人の村だ。

それが東日本大震災だった。東北のみならず関東でも大きな揺れを伴い混乱を引き起こしたことは忘れられない。三枝さんは当時をこう振り返る。
「ガソリンも手に入らない。コンビニでパンも手に入らない。これは死んじゃうんじゃないかと思ったんですね。そんなときに上野村の人が『何かあったら逃げておいで』って言ってくれたのが移住のきっかけですね」

上野村のパンフレット制作も三枝さんが手がけた。

上野村に移住してからは、村からの依頼でバイオマスや水力発電に関する調査を進めた。森油のアイデアを得たのは、ちょうどこの時。漠然と森を活かせないかと考えていた三枝さんは森油のアイデアを形にしていくことを決めた。そして、上野村の活性化を仕事にするべく設立されたのがエムラボ株式会社だ。だから、事業の中にはHPやパンフレットの作成、地域活性化支援なども含まれているのだ。もちろんバイオマス事業も地域を活性化するための一つである。

そんなエムラボの社名の由来を聞いてみた。エムラボのMは4つのMなのだという「Mieda andMottainai Make a Miracle!」。直訳してみると「三枝とモッタイナイものがミラクルを起こす!」といった具合だろうか。日本各地の村に眠っているもの、とりわけ資源として眠っている木材。そうしたモッタイナイものと三枝さんが奇跡を起こす、そんな研究所ということで名付けられた。奇跡を起こした先には、笑顔が循環する社会を実現したいと教えてくれた。

「何で笑顔になるか、笑顔になる手段はいろいろあると思うので社員それぞれの専門分野で活躍してもらいたいと思っています」
地域と向き合って一つひとつ笑顔を生んでいく、その手段は社員ごとに三者三様なのだ。

水も食べ物もエネルギーも
僕らの源は森だ!

森油生産の先の目標は「世界のエネルギー市場に出る」ことだと三枝さんは言い切る。大きな野望に向かって歩みを進める三枝さんの原動力は何なのか、聞いてみた。

「このままでは地球は持たないというのが原動力ですね。20世紀までは自分のことしか考えない生活様式が続いていた。地球のことも地域のことも顧みずに成長してきたけど、それって持続可能じゃないよねと思うんですよ」

普段食べるものの原材料はどこなのか?水の生まれる場所はどこか?そうした源の価値を今以上に考える社会になってほしいと三枝さんは言う。それを体現しているのがエムラボ流のSDGsだ。国際的な目標であるSDGsを自らの考えに合わせて書き換えることで、実現に向けた道筋を立てている。

三枝さんの考える幸せとは、「それぞれの人がそれぞれの場所で幸せに暮らしていく」ことだという。だから、上野村から始まったエムラボもこれからはいろんな地域のために働くし、世界のエネルギー市場を目標にしているのだ。

現在、私たちの燃料の源は中東などの産油国にある。しかし、この先森油が実装されたなら私たちの燃料の源は「森=Mori」だと、5つ目のMを叫べる日がやってくるに違いない。

高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。