静かなる革命
# 2
山を買う vol. 2
実践者に聞く
「理想の山探し」のコツ
2021.4.12

盛り上がりが続くキャンプブームにコロナ渦も加わり、森の中など自然に囲まれた空間で過ごしたいという欲求は、都市住民を中心に高まる一方だ。そうした世相を反映してにわかに関心が高まっているのが個人による山林所有。「静かなる革命の」第2回では、都心から約二時間の場所で憧れの山林を購入し、プライベートキャンプなどに活用する実践者に、理想の土地を探し当てるまでの苦労や工夫、自分の山を持つ楽しみなど「山林所有のリアル」を語ってもらった。

写真・文:フチガミ ケンタ

自由にキャンプを
楽しみたかった

東京都心から中央自動車道を使うと約2時間でアクセスできる長野県諏訪郡富士見町。広大な八ケ岳山麓に広がるこの地に、伊澤直人さん(48)は3年半前、460坪の山林を買った。きっかけは「自由にキャンプを楽しめる山林がほしかった」。小学生時代からボーイスカウトで活動するなど、現在のキャンプブームが訪れるずっと前から趣味で本格的なキャンプを続けていた伊澤さん。40歳で脱サラし、独学で身につけた焚き火や野外料理の技術を初心者に教えるキャンプツアーの主催事業を立ち上げた。当時は都内のマンション暮らし。週末を中心に東京近郊のキャンプ場などに通い、キャンプツアーを開催する日々を送っていた。

伊澤さんが購入した山林。周囲に人家がなく、自由にキャンプを楽しめる。

一方、キャンプブームの盛り上がりを受けて首都圏近郊のキャンプ場は大勢の利用者で週末は大混雑。自由に焚き火ができないといった制約もあり、「ノリと勢いで自分の山林を手に入れることを決意した」。現在は購入した山林の一角を伐採してセルフビルドでログハウスを建てて暮らしながら、週末を中心に敷地内などでキャンプツアーを催し、首都圏などからの常連客をつかんでいる。

キャンプサイトは八ケ岳を背景にしたカラマツの森の中。枯れ木などの支障木を自分で伐採しているため日差しが入って明るく、大きく開けた南側には甲斐駒ケ岳など南アルプスの山々を一望できる。標高は約1100メートルと高いがカラマツは落葉するため、冬場も太陽の光が入って意外と暖かい。主要道路や別荘地から離れているため周囲に人家がなく「隠れ家感覚」のプライベートな雰囲気を満喫できるのが特徴だ。

ネットと足で
情報収集

伊澤さんは山林の購入を検討していたとき、都内からのアクセスの良さに加え、冬場に落葉するカラマツやミズナラを中心とする明るい緩傾斜の森が広がる八ケ岳山麓に一目惚れした。2017年1月に富士見町の移住促進事業による家賃支援を受けて同町に移住。借家に住みながら理想の山林探しをはじめた。

最初は地元の不動産業者のホームページで探しはじめたものの、首都圏に近く別荘地開発が盛んな土地柄のため、不動産業者の「主力商品」は森を伐採して切り売りしている分譲地が中心。「自由にキャンプができる広い森というイメージが、なかなか業者側に伝わらなかった」と当時のもどかしさを話す。

土地探しをはじめて半年が過ぎ、「このままだと何年たっても理想の土地は見つからない」と悟った伊澤さんの頭の中に、グーグルアースの衛星写真を活用するアイデアが浮かんだ。

一筆ごとに境界と番地が載せられた公図の例。

まず富士見町や隣接する市町村を対象に「周囲に人家がなく、夕日が落ちるなだらかな南西向きの斜面」という自分の条件に合いそうな場所を衛星写真から見つけ出す。次に実際に現地に行ってイメージと照らし合わせ、雰囲気が良ければ、町役場に出掛けて土地の所有境界が載せられた公図を取得。建物の建築制限がないかなどを役場の担当者に確認してもらう。

気に入った山林を見つけても建物を建てるには幅4メートル以上の道路に、2メートル以上接していることが必要といった建築基準法の決まりを満たしていなかったり、地元財産区の所有で売買が難しかったりするケースも多かったという。こうしてネットと足で稼いだ情報を組み合わせる地道な方法を約3ヵ月間続けた末、ようやく理想とする現在の土地にめぐり会った。

ハードル乗り越え
無事購入

山林や古民家の場合、登記簿に記載されている所有者がすでに亡くなっていたり、財産分与で複数の子どもなどに相続されていたりして、売買手続きが難航するケースが珍しくない。登記簿に記載された所有者の住所をたどっても、引っ越しを繰り返すなどして連絡が取れなかったり、所有者が高齢で売却の意思確認ができなかったりする場合もある。所有者に売却の意思があり、購入希望者と売買価格の折り合いが着くかどうかももちろん重要だ。

伊澤さんの場合、所有者は高齢の地元住民だとわかった。地元住民との付き合いが少なかったため、スムーズな取引実現のために地元不動産業者に仲介に入ってもらい、売却意思や売買価格の確認、売買手続きの代行などをお願いした。また「土地購入前に、敷地内で井戸の試し掘りを自己負担でさせてもらい、無事に良質の水が出たら購入する」という条件の同意も取り付けた。公営水道を引くのに多額の自己負担が必要な立地だったため、「井戸水の確保が購入の大前提だった」。また電力会社の費用負担で敷地内まで電線を敷設できることも確かめた。

購入した山林の一角に建てられた伊澤さんのログハウス。

こうした地道な取り組みの甲斐あって、町への移住から9ヵ月後に、ようやく理想とする山林の購入契約にこぎ着けた。自力で見つけた土地だけあって、八ケ岳山麓での一般的な相場と比べると坪単価は数分の1程度でおさまったという。

隣接する山の
追加購入を検討

伊澤さんは、サラリーマン時代、大手チェーン店の新規出店先を探す仕事に携わった。競合他社も狙う好立地の物件を取得するには、多様な情報源や協力者を確保する努力が欠かせなかったという。その経験も踏まえて「都内から週末だけ通って理想の山林を探すのはなかなか難しい。できればまず移住して地域の借家などに住みながら、地元の人からの情報も活用してじっくり探すのがベスト」と助言する。グーグルアースなどのネット情報の活用は「入り口に過ぎなかった」と振り返り、「理想の土地探しには足で稼いで得る情報が大切だった」と実感している。

購入した山林は、自宅や倉庫部分の面積を除いても約400坪が自由に使えるエリアだ。キャンプツアーでは参加者が思い思いの場所にテントを張り、自分で集めた薪で自由に焚き火をしながらゆったりと過ごす。敷地内の木を伐採してチェーンソーの使い方や伐倒技術を学ぶ「林業体験キャンプ」など、山林所有者ならではの企画も実施している。

自分で伐った木で薪作りを楽しむ伊澤さん。

昨年4月にセルフビルドで完成させた自宅のログハウスには薪ストーブを置き、屋根材の一部には敷地内で伐採したカラマツを使った。自宅近くの山林にはニホンジカを捕獲するためのわなを仕掛けるなど、趣味と実益を兼ねた暮らしを実現させている。今後、キャンプサイトを広げるため、隣接する約200坪の山林を追加で購入したい考えで「小さなコテージを建てて民泊事業もしたい」とさらに夢をふくらませる。

試行錯誤を繰り返しながらも、粘り強く情報収集や現場踏査を重ね、購入時のリスクをひとつずつ解消させながらイメージ通りの山林を手に入れた伊澤さんの取り組みは成功事例と言える。次回は伊澤さんが自宅建設のために敷地内の木を自力で伐採した際の失敗談のほか、山林を購入したものの手入れができずに荒廃させてしまった場合の地域や生態系への影響、またコロナ禍以降に急増した山林購入の問い合わせ状況などを専門家への取材を交えて紹介する。

フチガミ ケンタ
学生時代を過ごした秋田県で山の魅力に取りつかれる。山スキーから岩登り、山菜・キノコ採り、渓流釣りまでボーダレスに山遊びを楽しむが、海への憧れも強い。目下一番の関心事はシーカヤック。八ヶ岳南麓で林業に従事する。森林インストラクター。