林業NOW
# 3
森の働き方改革
福利厚生や安全対策は?
2020.7.13

森林・林業分野のファーストステップである「森林・林業白書」を紐解いてゆく「林業NOW」。今回も前回に引き続き「担い手の現状」ついて取り上げます。白書から少しずつ見えてきた、私たちの知らない林業の世界。今回は、森で働く人の労働条件や福利厚生についてもう少し深堀りしてみたいと思います。

写真:敷地 沙織/文:安江 悠真

前回のおさらい
林業従事者のリアル

まず、前回の記事で読み解いたことをざっとおさらいしてみましょう。

・林業従事者は日本の全労働者の内わずか0.9%
・林業従事者は過去30年で1/3に減少 女性の従事者も減少傾向
・林業従事者に占める高齢化率も高い水準で推移
・日給制の林業従事者が大半を占め、年間平均給与も全産業平均より低い
・林業は他産業の10倍の労災発生率

このようにみると、労働条件が“良い”とは、ちょっと言い難いですね…。林業従事者が厳しい現実に直面していることが分かります。一方で、

・従事者に占める若年者比率は近年上昇傾向。平均年齢も下がりつつある。
・「緑の雇用」事業により、実地研修などのキャリアアップ支援が行われている。
・全国各地で「林業女子会」が立ち上がり、ネットワークができつつある。

など、明るい傾向も垣間見ることができました。今回は、労働日数や保険加入状況などの労働環境についてもう少し読み解いた後、「森林・林業白書」の事例集をもとに近年行われている取り組みを少し紹介します。

森の働き方改革?
就労日数や保険加入の現状

林業従事者に日給制が多いことは前回述べたとおりです。では、その方々は年間にどのくらい働いているのでしょうか?

森林組合の雇用労働者の年間就業日数別割合の推移
森林組合の雇用労働者の年間就業日数別割合の推移

平成30年度の白書第3章第1節には「森林組合の雇用労働者の年間就業日数別割合の推移」というグラフがあります。1985~1995年頃までは、年間60日未満の従事者が大半を占めていますが、就業日数はそこから増加傾向にあり、最新である2016年は年間210日以上の従事者が大半となっています。ここに計上されているのは、全国的に把握が可能な森林組合のみのデータですが、通年で働く専業的な雇用労働者は年々増えているようです。また、全産業の就業日数が平均で250日前後であることから、林業は就業日数が少ないことが分かります。悪天候の場合は作業できないなどして、就業日数が減ってしまうことが考えられます。

森林組合の雇用労働者の社会保険等への加入割合

次に「森林組合の雇用労働者の社会保険等への加入割合」を見てみます。1985年と2016年の比較しかなく、計上の仕方も若干異なるために厳密な比較は難しいですが、雇用保険・健康保険・厚生年金などの社会保険に加入する人が雇用労働者に占める割合は大きく向上し、いずれも全体の7割を上回っています。

森林内
Photo ISAO NISHIYAMA

“林業の労働環境は改善しつつある”くらいは、言ってもよさそうですね。これらの背景には、素材生産量の増加があります。つまり、通年働かないと作業が追い付かないくらい仕事が増えていて、林業を専業にできる人が増えているのです。

もう少し具体的に言うと、前回紹介した素材生産プロセスの内「主伐」にあたる事業量が増えていることが関係しているようです。木質バイオマスエネルギーに使う燃料材の需要増加など、近年のトレンドが反映されています。ただ、現実はやはり甘くなく、そこでもいろいろな問題が起きています。このあたりについては、今後の記事で探っていきます。

身体的にも経済的にも
より安心して働ける職場へ

最後に事例を一つ紹介します。前回労働災害発生率から読み解いたとおり、労働災害の発生件数は減少傾向にあるものの、依然、他産業より多いのが現状です。これでは担い手が増えません。そこで、林野庁や厚生労働省は高性能な機械の導入を進めたり、林業経営体や新規就業者に技術指導を行ったりしています。

これに追随し、民間もさまざまな取り組みを行っています。その一つが、前回も紹介したVR(バーチャルリアリティ)を活用した安全教育です。民間企業の開発した林業労働災害のシミュレーターにより、高校生を対象とした出前授業では、チェーンソー形コントローラーの操作により作業時に起きやすい伐木事故のシミュレーションができます。生徒の中には、バーチャル空間で自分に向かって倒れてくる樹木を避けようと、悲鳴を上げながら走り出す者もいるほどだそうで、これ、本当に大迫力のようです。(私もやってみたい…!)若い林業従事者が増えているようですが、今回紹介したようなICT技術の導入により、林業に伴う危険を熟知して作業にあたる技術者が増えることを期待したいですね。

林業従事者と聞いてイメージの湧く人は少ないと思いますが、昔近所に住んでいたおじいちゃんは、鋸一本で、大きな木を狙った方向に寸分狂わず伐倒する技術を持っていました。まさに「熟練技術者」です。近年は高性能林業機械の導入が進んでいますが、こうした機械は当然ながら大量の化石燃料を使います。生産性の向上が重視されていますが、非効率ながらも環境に負荷をかけず、なおかつ「かっこいい」技術が継承されていく方法はないものかと、ときどき思ったりもします。

今回のようなICT技術の導入により、環境にも負荷をかけず、かつ、従事者の負担も減らして作業効率もアップするような、新たなソリューションが生まれてほしいと思わずにはいられません。持続可能でいて、身の安全も確保されて、生産コストも下げることができれば、身体的にも経済的にも安心して働ける職場になっていくはずです。もちろん、他にも多様な手段が考えられる中で、今後も日進月歩していく林業から、ますます目が離せません。

安江 悠真 (やすえ・ゆうま)
岐阜県白川町出身。昆虫少年の延長で岩手大学の農学部に進み、林業と野生動物の関係を研究テーマとして、遠野市でクマを追う。現在は岐阜県に戻り、山の仕事をしながら実家と高山市を往復する日々を送る。