岐阜県揖斐郡春日村。山あいのこの土地には、約780年にわたり受け継がれてきた在来種のお茶があります。
平安時代に伝わった種が、この地の風土に根づき、現在まで大切に守られてきました。そのお茶を手がけているのが<ちゃぼぼ園>。そして、さまざまなご縁のなかで、その営みを引き継いだのが、自家製ハム・ソーセージづくりを行う<森本工房>です。
春日村の在来茶とは、どのようなお茶なのでしょうか。そこには、どんな想いが込められているのでしょうか。今回は、ちゃぼぼ園と森本工房の代表である森本朋弘(もりもと・ともひろ)さんに、お話を伺いました。
ひっそりと守り続けられてきた
春日村の在来茶

春日村の在来茶は、平安時代に中国から伝わった茶の種にルーツがあります。その種が、この土地の風土に根づき、長い年月をかけて日本在来種として受け継がれてきました。品種改良を行わず、昔ながらの製法を大切にしながら、丁寧に守り続けられてきたのです。
一方で、多くの産地では、生産効率を高めるために機械化が進んでいるのが現状です。そうした流れの中で、在来種のお茶が占める割合は、生産量のわずか1%程度ともいわれます。こうした背景もあり、春日村の在来茶はとても貴重な存在となっています。

標高400メートルの山あいの地域に位置するこの地域では、全国では珍しく、古くから村全体で農薬を使わずにお茶づくりを行っています。また、ちゃぼぼ園では肥料も使わず、お茶本来の力を引き出すように栽培しています。
自然のままに育った茶の木は、ミネラルを豊富に含み、どこか野性味のある味わいに。すっきりとした飲み口のなかに、芯のある力強さも感じられます。
「自然界のエネルギーに満ちているんです」と、森本さんは語ります。
ソーセージ職人と
茶農家の出会い

実は、森本さんは、もともとはソーセージ職人。20歳のときにそのおいしさに魅了され、東京やドイツで修行をした後、地元・揖斐川でお店を営んできました。
転機となったのは、2017年4月のある朝のこと。自然農法で春日村の在来茶を育てていた茶農家・中村さよさんとの出会いでした。
「ソーセージづくりに、このお茶の葉を使ってみてほしいんです」
そう語るさよさんの背景には、「飲んだ後の茶葉には栄養がまだ半分残ったまま。捨ててしまうのはもったいない」という想いがありました。
実際に、森本さんが茶葉を練り込んだソーセージを試作してみると、あっさりして食べやすい仕上がりに。完成したソーセージは「ほうじ茶フランク」と名付けられました。こうして、在来茶を活かした新たな試みが始まったのです。

名古屋の催事でほうじ茶フランクを販売すると、それを口にした年配の女性から、こんな言葉をかけられたそうです。
「これは毒消しにいい。体にいいことは、すぐにわかりました」
この言葉をきっかけに、森本さんの中で在来茶への関心はさらに深まっていきます。そして、さよさんと協力して、甘茶を使った新商品「甘ほうじ茶」を開発したところ、「夜にも飲みやすい」「安眠できる」と大好評。
こうした経験を通して、お茶が持つ力をあらためて意識するようになったそうです。古くから“薬”として用いられてきたというお茶の歴史を知り、その素晴らしさにどんどん魅了されていきました。
当時をふりかえって「不思議な出会いが重なったのですが、これも運命かなと思いました」と森本さん。

やりとりを重ねるなかで理解を深めていた矢先、さよさんの病気が判明。そして、2023年2月にさよさんはこの世を去りました。
そのとき、周りから寄せられた期待の声と、「この在来茶を守り続けたい」という想いが重なり、森本さんはちゃぼぼ園を引き継ぐことになったのです。
ソーセージとお茶に通じる
味わいとの向き合い方

ちゃぼぼ園を引き継いでから、約3年。現在は、専属の男性スタッフとともに、お茶づくりに向き合っています。先代・さよさんから受け継いだ知恵を手がかりに、理想の味を探り続ける毎日です。
ちゃぼぼ園の主な商品は、「森の緑茶」と「森のほうじ茶」の2種類。
森の緑茶には、早春に芽吹く一番茶のみを使い、後味の軽やかさが特徴です。一方の森のほうじ茶は、独自の焙煎による香ばしさが味わえます。

忙しい日常のなかでも取り入れやすい、ティーバッグの商品も人気です。水だしで飲むこともでき、マイボトルなどの容器にティーバッグと水を入れておくだけで気軽に楽しめます。
「お茶づくりはソーセージづくりとよく似ているんです。どちらも“水”が、味の決め手になるからです」(森本さん)
その土地の水や環境が、仕上がりに大きく影響する――。現在、13の茶畑でお茶の栽培をを行っていますが、畑ごとに味わいは少しずつ異なるそうです。
さらに、標高や気候の違いも重なり、年ごとに仕上がりも変化していきます。まるでソムリエがワインに向き合うように、お茶の味わいを感じながら、日々の試行錯誤を重ねています。
こうした積み重ねの中で、ファンも徐々に増えていきました。今では、全国に約3,500人のお客さまがいて、森本さんが手がける在来茶を楽しみにしているのだとか。生産量の約8割が予約で埋まることもあるといいます。
「生産が追いつかないのが現状ですが、茶畑の面積を広げながら、お茶づくりをじっくり続けていきたいですね」と森本さん。
この言葉の背景にはお客さまの存在があり、その声が歩みをそっと支えています。
お客さまの声に
耳を澄ませるということ

この在来茶を口にした地元の方からは、「こんなにおいしかったんだ」と驚かれることも少なくないそうです。こうして少しずつ、お茶の魅力が広がっています。
一連の活動の背景にあるのが、森本さんが大切にしている「お客さまとの距離の近さ」。それは、ソーセージ職人としての経験に根ざしています。
東京での修行時代、工場長からかけられた「いいものを作れても、買ってくれる人がいなければ続かない」という言葉。
そしてドイツでは、手づくりのソーセージを各家庭に直接届けるなかで「次はもっとおいしいものを」と自然に思うようになっていきました。

お客さまのそばにいて、声を直接受け取ること。その積み重ねがものづくりを支えていく、と森本さんは考えています。
そして、この姿勢は、今の在来茶づくりにも変わらず息づいています。
在来茶とともに
村のこれからを考える

ソーセージから始まり、在来茶づくりへ。森本さんに、今の気持ちをお聴きしてみました。
「在来茶を作り続けていくには、地元の人たちと協力しながら、環境そのものを整えていくことが大切だと感じています。生態系のバランスを守りながら、村全体をどう維持していくかを考えることが増えました」(森本さん)
たとえば、シカとの共存もそのひとつ。単に「網を張る」といった方法で防ぐのではなく、自然の流れのなかで共に暮らす方法を模索しています。昨年、台湾のハーブ農家を訪ねた際には、動物の習性を活かしながら共存する工夫にも触れたそうです。
こうした事例をもとに、地元でどう展開していくのか――。地域の方々との対話を重ねながら、一歩ずつ形にしていこうとしています。ただ、環境の変化は待ったなしで、思うように進まない難しさも感じているといいます。

そして、これからについて伺うと、こんな言葉が返ってきました。
「780年続いてきた在来茶を、これからも守り続けていきたいですね」
この言葉の背景には、単にお茶をつくり続けるというだけではなく、この土地の環境や営みそのものを、次へと手渡していきたいという想いがあります。
お茶の味わいは、土や水、気候、そして人の手の積み重ねによって生まれるもの。だからこそ、在来茶づくりは、村全体のあり方とも深く結びついています。
生態系のバランスを保ちながら、自然とともにある暮らしをどう続けていくのか。春日村の在来茶は、そんな問いと向き合いながら、これからも静かに、丁寧に育まれていきます。
●Information(取材協力先)
春日のお茶 ちゃぼぼ園
HP https://chaboboen.com/