自然が豊かな山や森の中で、その土地ならではの食を楽しみながら暮らしてみたい――。そんな憧れを抱いたことがある人も多いかもしれません。2025年春から始まったこのシリーズ企画では、西村自然農園のオーナー・西村文子(にしむら・ふみこ)さんとの対話を通して、春夏秋冬の野山の恵みを活かした食と暮らしをお届けしています。
最終回となる第4回のテーマは「冬」。自然の恵みを保存するための手しごとや、心身を温める山ごはんと、新年にうれしいシンプルな「祝」の料理。そして、西村さんがこれから大切にしていきたいことにも耳を傾けました。
保存食づくりと
農園の冬支度
訪れたのは、空気に冷たさが混じりはじめた11月中旬。農園の古民家の前には、ゆらゆらと揺れる干し柿の姿がありました。まるで日向ぼっこをしているみたいで、つい足を止めて眺めてしまいます。

その隣には、干し柿づくりで出た渋柿の皮が干されていました。
「この柿の皮は、たくあんを漬けるときに使うと風味が良くなるんですよ」(西村さん)
たくあんは、スーパーでは一年中出回っていますが、もともとは冬の保存食。米ぬかで漬けて作る発酵食のひとつで、柿の皮も捨てずに次の料理へと活かされていきます。
さらに軒下には、みかんの皮や唐辛子、ハーブにお花など、色とりどりの素材が並んで乾燥中。ハーブやお花は、しめ縄飾りのパーツになるのだとか。自然の色や形そのままの美しさが、冬の手しごとにそっと寄り添っているようでした。

このほか、農園で収穫した小豆の入ったざるも並んでいました。収穫した小豆を乾燥させた後、さやから取り出し、虫食いをよけて選別していく——。昔は取り除いた小豆をニワトリに食べさせていたそうです。
自然の恵みを最後まで使い切る、そんな暮らしの知恵がここには息づいています。
「畑に行ってみましょうか」。西村さんにこう声をかけられて、今回も隣接する畑に向かいました。
野菜や植物も
助け合って生きている
紅葉の景色を抜けて畑に入ると、秋冬の野菜がのびのびと育っていました。
西村自然農園では、農薬や化学肥料に頼らず、植物同士の組み合わせや自然素材を活かした畑づくりをしています。たとえば、 「ほうれん草・ブロッコリー・ニラ」「ゴボウ・高菜・玉ねぎ」といったように、数種類を一緒に植えることで虫が寄りつきにくくなるのだとか。

夏にトウモロコシが育っていた場所には、今は大根がずらり。よく見ると、足元にはトウモロコシの軸が残ったままです。
「根っこを抜かずにそのままにしておくと、根に含まれた水分や養分が、次の作物の栄養になるんですよ」
白菜の畑にはマリーゴールドの花びらが散らされ、まるで小さなアートのよう。虫よけ効果を利用した西村さんならではのアイデアです。

その奥では、たわわに実ったゆずが黄金色に輝いていました。枝を折るだけで、爽やかな香りがふわりと広がります。
「人も植物も、一緒に育つから元気でいられるんだよね」
西村さんの言葉を聴いていると、畑全体が小さなコミュニティのように感じます。
じんわり温まる山のごはん
新年のおせちにも
ここからは、西村自然農園の冬の料理を少し紹介していきますね。これまでの季節と同じく、今回も自然の恵みがぎゅっと詰まった料理が並びます。

干し椎茸や干し海老などの旨味がじわっと染みる「冬瓜汁」。片栗粉や葛粉でとろみをつけた、体がじんわり温まる汁物です。仕上げに加えた生姜のすりおろしが、よいアクセントになっています。

里芋とむかご、ぎんなんを一緒に炊き込んだ、滋味あふれるごはん。炊きあがりは、なんともいえない良い香りが広がります。ぎんなんの鮮やかな黄色が美しく、山里の恵みを感じる一品です。

芋ようかんのような甘さと食感の「干し芋」。水分の多い品種のさつま芋で作るのがポイントで、天気の良い日に数日干して仕上げるのが西村さんの作り方。市販の干し芋とは違って柔らかさが特徴で、そのまま「和菓子」としても楽しめそうな上品な甘さです。
続いて「新年に少しだけでも手作りしてみてほしい」と、今回は、おせち料理にも活用できる2品を教えていただきました。

寒い時期でも食べやすい、山里の定番料理「煮なます」。大根とにんじん、蓮根、きのこ、油揚げなどを少量のごま油で炒めた後、甘酢とゆず(しぼり汁と皮の千切り)で味を整えたもの。通常の紅白なますとは一味違う、彩り豊かな料理です。

おせちの定番「田作り」は、小さな煮干しで作ります。煮干しを香ばしく炒ってから、しょうゆ・砂糖・みりんで甘辛い味をからめた後、ごまやくるみなど種子類、ゆず(しぼり汁と皮のみじん切り)を加えて出来上がり。普段のおやつやお弁当のおかずにもぴったりです。
「彩りがきれいだと、自分も楽しくなるのよね」
そう話しながら料理する西村さんは、とてもイキイキとしていました。素材の力を受けとり、そのエネルギーを料理にそっと返していく——。そんな循環が、食べる人を元気にしてくれるのだと感じます。
もうすぐ50周年
支え合いながら続いてきた農園
西村自然農園は1977年に開園し、2027年には50周年を迎えます。西村さんがこの地に移り住んだ26歳のときは、土地は荒れ放題で、古民家も手入れが必要な状態。夫の芳正(よしまさ)さんと力を合わせ、2年かけて少しずつ整えて、農園の活動がスタートしました。

当初は「療養施設」としての色合いが強く、心や体に不調を抱えた人が長く滞在する場所でした。のちに家族や学校単位のグループが訪れるようになり、農園の魅力は口コミで広がって、一時は年間2,000人が訪れるほどに。
「お客さんが来てくれたから、いろんな野菜や植物を育てられたし、本やテキストも生まれたんです。支えてもらっていたんだなぁって感じています」
現在、西村さんは70代になり、「気持ちはあっても体がついてこない」と感じることが増えてきたそうです。それでも、規模を縮小しながら活動を継続し、現在も長年のリピーターさんたちが足を運び続けています。
こうしてお互いに支え合いながら続いてきた年月が、今の農園の姿が形づくってきたのかもしれません。そして、この積み重ねが、農園に流れる温かい空気となって、訪れる人をやさしく迎えてくれています。
自然とともにある時間
今回の「おいしい山暮らし」では、一年を通して西村さんと同じ空気を吸い、同じ台所に立ち、たくさんのお話を聞かせていただきました。
一つひとつの言葉には、長い時間をかけて培われた経験と、自然への真っ直ぐなまなざしが宿っていると感じました。

自然に寄り添う暮らしは、決して特別なことではなく、本当は誰にでも“開かれている”もの。日々の食卓に季節感を取り入れたり、手を動かす時間を大切にしたり——。そんな小さな積み重ねが、私たちをふっと和ませてくれるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。そして、西村さん、豊かな時間をありがとうございました。
●Information(取材協力先)
西村自然農園
愛知県豊田市小原北町42
TEL 0565-65-2869
https://www.instagram.com/sizen930/