おいしい森
# 29
おいしい山暮らし vol.3
秋の実りとホッコリする時間を楽しむ
2025.9.26

自然が豊かな山や森の中で、その土地ならではの食を楽しみながら暮らしてみたい――。そんな憧れを抱いたことがある人も多いかもしれません。2025年春から始まったこのシリーズ企画では、西村自然農園のオーナー・西村文子(にしむら・ふみこ)さんとの対話を通して、春夏秋冬の野山の恵みを活かした食と暮らしをお届けしています。

第3回のテーマは「秋」。秋の実りをたっぷり使った料理やホッコリする時間を味わいながら、西村さんの現在のルーツを辿ります。

写真・文:松橋 かなこ

「秋の七草」を
五感で楽しむ

筆者が農園を訪ねたのは、まだ暑さの残る9月初旬。西村自然農園の古民家に足を踏み入れると、やさしい色合いの花がテーブルに生けられてありました。

秋の七草

「これ、農園で摘んだ『秋の七草』なんですよ」

そう話す西村文子さんの言葉を受けて、「そういえば秋の七草って何だったかな」と記憶を探ります。目の前の花を眺めながら「葛や萩だったかな」と思い出そうとするものの、なかなか出てきません。すると、西村さんはこう教えてくれました。

「本来の秋の七草は、オミナエシとススキ、キキョウ、ナデシコ、フジバカマ、クズ、ハギ。その頭文字を取って『オスキナフクハ』と覚えているんです。ただ、うちの農園では揃わない植物もあるので、その代わりにニラとツユクサを加えて『七草』にしてみたんです」

白い小花が可愛らしいニラの花。
白い小花が可愛らしいニラの花。

正式な秋の七草でなくても、その時に咲いている植物で『七草』を楽しむ――。あらためて眺めてみると、ニラの花が小さな星のように可憐で、まるで宇宙を切り取ったように見えました。

その後は、七草の話から今日のメニューや「秋の実り」の話題へ。「まずは畑に行ってみましょうか」という西村さんの声に導かれて、外へ出発します。

農園のあちこちで感じる
秋の訪れ

農園を歩き始めると、道端に落ちている栗が目に入ります。「栗は朝落ちるから、早めに拾わないとね」と西村さん。栗は、秋を代表する食材のひとつ。残暑の厳しい時期でも、栗を手にすると、たしかに秋の訪れを感じます。

栗拾い

道すがら見つけたのは、イヌタデや萩の淡いピンク色の花。少し先には、葛の紫色の花が満開でした。

「葛のお花も食べられるんですよ。葛の花茶は、二日酔いに良いといわれています」(西村さん)

葛の花を手に取る西村農園の西村さん。
葛の花を手に取る西村さん。

花は眺めて楽しむだけでなく、暮らしの中で薬のように利用されてきた貴重な素材。植物は見て楽しむものであると同時に、身体を整える恵みでもあるのだと実感します。

畑に足を踏み入れると、夏の暑さを乗り越えたプチトマトが鮮やかに実をつけていました。

「本当によく頑張ってくれて。猛暑で枯れてしまうことも多いけど、足元に草を残したり、コンパニオンプランツを植えたりすることで、元気を保てるんです。植物の力は素晴らしいですよね」

植物に語りかけるように向き合う西村さん。その姿から、農園の植物たちがのびのびと育つ理由は知識や経験だけではなく、この「対話」にもあるのだと感じました。

秋の実りがたっぷりの
“ホッコリ”する料理

ここからは、西村自然農園の秋の料理の一部を紹介していきます。これまでの記事で紹介した春や夏と同じく、今回も、自然の恵みをふんだんに使った料理が並びます。

自家製の落花生と小豆、さつま芋の炊き込みごはん。塩だけのシンプルな味付けで、一口食べると、秋の香りが口いっぱいに広がります。汁物は、ナスと豆腐の味噌汁。仕上げに刻んだみょうがを加えた、爽やかな香りの一品です。

自家製の落花生と小豆、さつま芋の炊き込みごはん。塩だけのシンプルな味付けで、一口食べると、秋の香りが口いっぱいに広がります。汁物は、ナスと豆腐の味噌汁。仕上げに刻んだみょうがを加えた、爽やかな香りの一品です。

さつま芋の茎も余すところなく使います。今回は橙色のパプリカを加えて、色合いの美しいキンピラに。さつま芋の茎はほのかな甘さがあるので、みりんなどの甘味は加えずに、味付けは「醤油だけ」。シャキシャキ感を活かすために、さっと炒めて完成です。

さつま芋の茎も余すところなく使います。今回は橙色のパプリカを加えて、色合いの美しいキンピラに。さつま芋の茎はほのかな甘さがあるので、みりんなどの甘味は加えずに、味付けは「醤油だけ」。シャキシャキ感を活かすために、さっと炒めて完成です。

かぼちゃと自家製ハーブソルトのコロッケ。ハーブソルトには乾燥させて細かく粉砕したプチトマトや玉ねぎ、山椒などさまざまな素材を使っていて、農園でも人気の調味料のひとつ。風味がとても豊かで、かぼちゃの甘味をぐっと引き立ててくれます。

かぼちゃと自家製ハーブソルトのコロッケ。ハーブソルトには乾燥させて細かく粉砕したプチトマトや玉ねぎ、山椒などさまざまな素材を使っていて、農園でも人気の調味料のひとつ。風味がとても豊かで、かぼちゃの甘味をぐっと引き立ててくれます。

「レシピはあるようで、ないんです。その場で“いいな!”と思えたことを取り入れるのが料理の楽しさだと思うんですよね」(西村さん)

農園の料理は、素材と向き合いながら即興的に形づくられていきます。だからこそ、食べる人に驚きと喜びを与えてくれるのだと感じます。

「何でもやってみよう」「工夫しよう」
という気持ちが芽生えた背景

どんなことでも「やってみるのが好き」という西村さん。その背景には、幼少期の経験がありました。

西村さんは群馬県の農家に生まれ、三人兄妹の真ん中として育ちました。両親は農業で忙しく、夕方になると買い物を頼まれることもしばしば。兄と妹は嫌がっても、西村さんは喜んで引き受けていたそうです。

夕暮れ時に自転車をこいで小さな店へ行き、食材や日用品を買う。帰り際に「今日もえらいね」と店主に声をかけられ、飴をひとつもらうのが小さな楽しみでした。そして家に戻ると「助かったよ、ありがとう」と母に喜ばれる。その積み重ねが「人の役に立てる嬉しさ」になっていったと振り返ります。

また、当時はモノが豊かでなかった時代。母親の「あるもので工夫する」知恵からも大きな影響を受けました。たとえば、余ったご飯を小麦粉と混ぜて団子にして甘辛いタレを絡めた「ごはん団子」、味噌汁とネギを加えてハンバーグ風にしたおかず。そんな素朴な家庭料理の記憶は、西村さんの原点となり、自身の子育て中にもよく作ったそうです。

こうした幼い頃からの経験の積み重ねが「やってみよう」「工夫してみよう」という気持ちを育み、今の農園の活動につながっているのです。

「楽しい」「おいしい」を
分かち合いたい

農園で過ごしていると、西村さんはいつも「楽しいよ」「おいしいよ」と朗らかに声をかけてくれます。その背景には、ただ料理をつくるだけでなく、「楽しい」「おいしい」という気持ちそのものを分かち合いたい、という願いが込められているのかもしれません。

これまで数えきれないほどのお客さんを迎えてきた西村自然農園。ここで過ごす時間は、ただおいしいものを食べるだけでなく、「自然とともに生きるって、こんなに楽しいんだ」と実感できる特別なひとときです。

また、訪れた人が笑顔になるのは、西村さんが持ち前の明るさで、自然の恵みと心の豊かさを一緒に届けているからだと感じます。

赤く染まった山椒の実。
赤く染まった山椒の実。

この「おいしい山暮らし」では、春・夏・秋と歩んできました。それぞれの季節にしか味わえない実りや暮らしの知恵を通して、自然とともにある山暮らしの魅力を少しずつお届けしてきました。

次回は冬編。山里では、どんな恵みが待っているのでしょうか。寒さの中だからこそ味わえるあたたかな料理や、冬ならではの工夫を、西村さんと一緒に探しに行きます。シリーズの最終回、どうぞお楽しみに!

●Information(取材協力先)
西村自然農園
愛知県豊田市小原北町42
TEL 0565-65-2869
https://www.instagram.com/sizen930/

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/