おいしい森
# 28
おいしい山暮らし vol.2
太陽の恵みと夏野菜の香りを楽しむ
2025.7.12

自然が豊かな山や森の中で、その土地ならではの食を楽しみながら暮らしてみたい――。そんな憧れを抱いたことがある人も多いかもしれません。

2025年春から始まったこのシリーズ企画では、西村自然農園のオーナー・西村文子(にしむら・ふみこ)さんとの対話を通して、春夏秋冬の野山の恵みを活かした食と暮らしをお届けしています。

第2回のテーマは「夏」。夏野菜を使った料理とともに、西村さんが自然農園を続けてきた想いや変化を紐解きながら、太陽の恵みと夏野菜の香りを味わう楽しみを探ります。

写真・文:松橋 かなこ

「苦手野菜」が好きになる
不思議な場所

愛知県豊田市にある西村自然農園の建物

筆者が訪れたのは、7月初旬。梅雨とは思えないほどの暑さで、外の気温はなんと36度。それでも、西村自然農園の古民家に入ると、ひんやりとした心地よい空気が感じられました。

「古民家は、夏が過ごしやすいようにできているんですよ。この家は東向きで、朝日がとても気持ち良いです」

こう話しながら笑顔で迎えてくれたのは、オーナーの西村文子さん。自家製ブルーベリージャムを添えたオートミールクッキーとお茶をいただきながら、その日の予定を相談します。

「まずは畑にいってみましょうか」

案内された畑には、キュウリやトマト、トウモロコシ、インゲンなどさまざまな種類の野菜が元気に育っていました。「できるだけ余分な肥料や農薬は使わない」というのが、西村さんのスタイル。バジルやニラなどの「コンパニオンプランツ」(※)を組み合わせながら、野菜が元気に育つ環境を整えています。

※コンパニオンプランツ:一緒に植えることで病害虫の発生を抑制したり、お互いの成長を促進したりする植物のこと。

西村自然農園のオーナーである西村さんと畑に育つナスやトマト

自然の中でのびのび育った野菜たちは、姿形もユニーク。一口食べると、野菜本来の甘さや香りがしっかりと味わえます。農園には、野菜嫌いだった子どもが訪れて「苦手な野菜を克服した」というエピソードもたくさんあるそうです。

「特にキュウリの味は格別ですね。キュウリが苦手な子が、農園のキュウリを『おいしいおいしい』と言って食べてくれたときはとても嬉しかったですね」

元気に育った野菜を収穫し、みんなで作った料理を食べる。こうした体験は、子どもにとって「格別」のはず。苦手だった野菜が食べられるようになる背景には、こうした「場」の力も大きくあるのだと感じます。

西村自然農園は、オープンしてもうすぐ50年。かつては小さかった子が大人になり、自分の子どもを連れて農園を訪れることも増えています。「子どもの頃に五感で経験したことは記憶に深く残っているものですね」と西村さんは笑みを浮かべます。

太陽の恵みと
野菜の香りを味わう料理

ここからは、西村自然農園の夏の料理の一部を紹介していきますね。前回の記事で紹介した「春の野草料理」に続いて、自然の恵みをふんだんに使った料理が並びます。

カラフルな色合いが楽しい「野の花そうめん」は、茹でたそうめんの上に、ポーチュラカやナスタチウム、カタバミの花を添えた一皿。自然の色が目にも鮮やかで、盛り付けていると小さな「アート作品」を作っているような感覚になります。

そうめんのつけ汁である、「ナスのめんつゆ」

そうめんの漬け汁は、西村さんの定番「なすのめんつゆ」。西村さんは群馬県出身で、地元では夏によく食べられている一品なのだそう。なすとじゃがいも、玉ねぎ、昆布、干し椎茸などが入っていて、具沢山。具材を炒めて煮た後、しょうゆとみりんでシンプルに味付けしたもので、滋味深い味わいです。

ピクルス(写真右上)。セロリやズッキーニ、紫玉ねぎ、プチトマトなどの野菜を、自家製のラッキョウ酢で漬けたもの。ここに、お好みで昆布や煎り黒豆、ハーブソルトなどを加えることで香りと旨味が引き立ちます。
写真右上のお皿がピクルス。

ピクルスも夏の恵みを活かした一品。セロリやズッキーニ、紫玉ねぎ、プチトマトなどの野菜を、自家製のラッキョウ酢で漬けたもの。ここに、お好みで昆布や煎り黒豆、ハーブソルトなどを加えることで香りと旨味が引き立ちます。

「料理って、自由だから楽しいですね」。そう話しながら、次々と食材を組み合わせていく西村さん。その姿から、食材が持つ可能性を引き出しながら料理を楽しむ気持ちが伝わってきます。

赤紫蘇ゼリー。白のカタバミの花を添えると、野趣あふれる涼やかな雰囲気に。カタバミの花の酸味がゼリーの甘酸っぱさに重なり、夏にぴったりの一品になります。

デザートは、赤紫蘇ゼリー。白のカタバミの花(※)を添えると、野趣あふれる涼やかな雰囲気に。カタバミの花の酸味がゼリーの甘酸っぱさに重なり、夏にぴったりの一品になります。

※カタバミの花にはシュウ酸が含まれているので、大量に食べると健康を害する可能性があります(少量であれば特に問題はありません)。

そのときにある旬の食材を使って作る料理は、色、香り、味わいすべてが自然そのもの。みんなで一緒に作って食べる時間は、かけがえのない思い出になります。これこそが、リピータ-さんたちが長く農園に通い続ける理由なのかもしれません。

「おかあさん」と呼ばれる理由
人が集まり、想いが育つ場所

西村自然農園には、20年、30年と通い続けるリピーターさんが少なくありません。その中には、西村さんのことを「おかあさん」と呼ぶ人も多くいるのだとか。

こうした呼び方からも、この場所がただの「野菜を育てる農園」ではなく、人と人とが心を通わせ「いつでも帰ってこられる場」であることが伝わってきます。

西村自然農園で収穫した食材たち。
西村自然農園で収穫した食材たち。

実は、今のような姿になるまでには長い時間がかかりました。「農園を始めた当初は“玄米菜食”を学びたい人が集まり、食養生の道場のような場でした。心身の不調を抱えた方や、長期療養中の方が多く利用してくれていました」と西村さんは当時を振り返ります。

元々、西村さんは福祉大学を卒業後、東京都の児童館で3年間働いていました。たくさんの子どもと触れ合う中で「子どもたちがのびのび遊び、育つ場を作りたい」という想いを抱くようになります。野菜を育て、料理を作り、一緒に食べ、語り合う。そんな場を作ることが、西村さんにとっての「理想の遊び場」でした。

その後、西村さん自身の出産・子育てを経て、農園には子どもたちの笑い声が響くように。ボーイスカウトやガールスカウト、子ども会の活動を通じて、たくさんの子どもたちが農園を訪れるようになりました。長い時間をかけて「ちょうどいい形になってきた」と西村さんは語ります。

西村自然農園のオーナー・西村文子さん

現在は、リピーターさんを中心に月数回のペースで体験の場を提供しています。今後の活動について尋ねると、穏やかな笑顔でこう話してくれました。

「今も変わらないのは、ご縁のある人との時間を大切にしたいという想いです」

自然に寄り添い、五感を使って暮らすこと。そして、自分に正直に生きること――。西村さんと話していると、私たちが忘れかけていた“ピュアな感覚”がそっと目を覚ますようです。

この「おいしい山暮らし」では、春夏秋冬を通して、野山の恵みを味わう暮らしの楽しさをお届けしていきます。

次回は秋。実りの季節に、西村さんとともに山の恵みを探しに行きます。どうぞお楽しみに!

●Information(取材協力先)
西村自然農園
愛知県豊田市小原北町42
TEL 0565-65-2869
https://www.instagram.com/nishimurashizennouen/

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/