おいしい森
# 27
おいしい山暮らし vol.1
野草料理で春の恵みを味わう
2025.3.17

自然が豊かな山や森の中で暮らしてみたい——。そんな憧れを、一度は抱いたことがある人も多いのではないでしょうか。豊かな自然の中で、その土地ならではの食を楽しみながら暮らすこと。それは、シンプルでいて奥深い、贅沢な時間なのかもしれません。

新たに始まるシリーズ企画では、〈西村自然農園〉のオーナー・西村文子(にしむら・ふみこ)さんとの対話を通して、春夏秋冬の野山の恵みを活かした食と暮らしについてお届けしていきます。第1回のテーマは、春におすすめの「野草料理」。西村さんが自然農園を始めたきっかけや、その想いにも触れながら、山の春を味わう楽しみを探ります。

写真・文:松橋 かなこ

自然の恵みをおいしく食べて
元気になってほしい

西村自然農園のオーナー・西村文子さん。

今回訪れたのは、愛知県豊田市小原にある〈西村自然農園〉。山あいの古民家を少しずつ手直ししながら、農業と食の両方が体験できる場として活動を展開してきました。

「まず自分たちが『自然の中で暮らしたい』と思ったんです。いい空気を吸って、おいしいものを食べると元気になる。そんな体験を、都市で暮らす人たちにも味わってほしくて、この活動を始めました」そう語るのは、西村自然農園のオーナー・西村文子さん。彼女がこの地に移り住んだのは26歳のとき。農業研修で出会った男性と結婚し、1977年に農園をスタートしました。

その頃はまだ「農家民宿」や「グリーンツーリズム」といった言葉もなく、こうした試みはとても珍しかったのだとか。周囲からは心配する声も多かったそうですが、西村さんには「やってみたい!」という強い気持ちがありました。オープンまでの準備期間は、ガスや電気、水道もなく、薪とロウソクだけの暮らし。それでも西村さんは「不安よりもワクワク感のほうが大きかった」と当時をふりかえります。

そして始まった、西村自然農園。自然の恵みを収穫し、一緒に料理をして食べる——。シンプルながら唯一無二の体験が口コミで広がり、一時は年間2000人が訪れるほどに。オープンからもうすぐ50年になる現在も、西村さんのもとには長年のリピーターが訪れます。

現在は、かつてのように多くの人を受け入れるのではなく、規模を大幅に縮小しています。西村さんは「年相応にできることをできるだけ」と話します。参加を希望する声も多いものの、無理のない形で農園を続けています。

「西村自然農園」を訪れた人々が口々に言うのは、「ここに来ると元気になる」ということ。自然の中で体を動かし、旬の恵みを味わい、ゆったりとした時間を過ごすことで、心身ともに満たされていくのかもしれません。「自然の恵みをおいしく食べて、元気になってほしい」。その想いは、今も変わりません。

春の訪れは
野草の健気な姿から

山の春の訪れは、野草が地中から顔を出すことから始まります。筆者が訪れた3月初旬、ヨモギやハコベ、ホトケノザなどの野草が、小さくも力強い姿を見せていました。

「春の野草は色が美しくて食べるとおいしい」と西村さん。こう話しながら、西村さんは手際よく野草を摘んでいきます。
「ヨモギはね、美しく摘むのが大切なの。そうすると、そのまま料理やおやつづくりに使えるから」

ちんげん菜の畑で育つ、ハコベやホトケノザ、オオイヌノフグリなどの野草。

農園には複数の畑があり、野菜のそばにはたくさんの野草も生えています。「野草のミネラルが土を元気にしてくれるの。野菜なのか野草なのか、ではなく、どちらも命ある植物。すべてをありがたくいただく、それが大切だと思っています」

野草料理で身体の内側から
春を楽しもう

春の野草を使った料理やおやつを教えていただきました。まずは、複数の野草や野菜を使った「野の花ごはん」。酢飯や炊き込みごはんの上に、野草を散らした春色のごはんです。

野の花ごはん

ホトケノザの花のピンク色や、紅菜苔(こうさいたい)という野菜の花の黄色は、見た目にも鮮やか。春の訪れを感じる、農園でも好評の一品です。

ホトケノザ

続いては、ハコベを使った白和え。ハコベはさっと茹でるとシャキシャキした食感が残り、白和えのアクセントにもぴったり。

ハコベの白和え

実は、白和えにも西村さんのこだわりがあり、味噌ではなくて「塩を使う」のがポイントなのだそう。実際に塩で和えてみると、色合いも美しく仕上がり、ハコベの風味をシンプルに引き立てていました。

ハコベ

最後は「野草のパンケーキ」。野草をパンケーキの上に乗せて焼いたもので、これは子どもたちにも大人気! パンケーキの上に自分の好きなように花や葉を並べる楽しさもあります。

自然の素材で彩られたパンケーキは、まるでアート作品のよう。同じものはひとつもありません。「食べるのがもったいない!」と思うほど、可愛らしく仕上がります。

五感で体験したことは
記憶に深く刻まれる

西村自然農園をオープンしてから、もうすぐ半世紀。かつてここを訪れた子どもたちが成長し、最近では彼らが自身の子どもを連れて再訪することも増えてきました。「懐かしい記憶がよみがえってきた!」。そんな声が、農園に響きます。

「香りや味など、五感で体験したことは記憶に残りやすいですね」と西村さん。ちょっと疲れたなと思ったときに、ふっと思い出せる場所があるのは、とても幸せなことかもしれません。同時に、西村さんの農園は、ただの体験の場ではなく、多くの人の「心のよりどころ」になっているともいえそうです。ここで過ごした時間や味わった恵みは、訪れた人々の心の中に生き続けていると感じました。

自然とともに生き、恵みを味わい、五感を使って暮らすこと——。一昔前までは当たり前だった暮らしですが、今そこから大きく離れつつあります。西村さんとお話していると、自身の記憶のどこかに眠っていた懐かしい感覚が呼び起されるようです。

このシリーズ企画では、野山の恵みを味わう「おいしい山暮らし」について、これから数回にわたってお届けしていきます。次回は夏。青々と茂る山の恵みを、また西村さんとともに探しに行きます。どうぞお楽しみに!

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/