おいしい森
# 24
自然を味わう手しごと vol.2
「タンポポコーヒー」と
手間をかける楽しみ
2024.4.5

自然を楽しむ達人・瀧川正子(たきかわ・まさこ)さんとの対話を通して、自然の恵みを味わう手しごとを紹介する連載シリーズ。第1回は冬におすすめの葛粉づくりと「つながる」暮らしについて綴りました。今回は、春にぜひ試してみたい「タンポポコーヒー」のつくり方と、手間をかける暮らしの楽しみをお伝えします。

写真・文:松橋 かなこ

「モグラ塚」は
春の訪れのサイン

なごや東山の森づくりの会で代表を務める瀧川正子さん。

4月に入って、暖かい日が増えてきました。冬から春への季節の移ろいを感じるのは、気温の上昇だけではありません。植物たちが新芽を出したり、鳥が心地よくさえずるようになったり。自然界では、さまざまな変化が起きています。

地上だけでなく、地下でも春になると生き物たちが活動を始めます。瀧川さんが春を感じるのは「モグラ塚を見つけたとき」。モグラ塚というのは、地面にトンネルを作る習性のあるモグラたちが、顔を出して空気を吸うための場所。モグラは冬眠はしないものの、冬は地面が凍結するのを恐れて、地中深くに穴を掘ります。春が近づくにつれて、モグラは地面の近くでも活動し始めるようになります。つまり、「モグラ塚を見つけた」ということは、モグラが春に向けて活動し出したサイン。まるで絵本の世界のようですが、よく観察してみると、森のなかにこんもり盛り上がった部分があるのです。

「自然の変化に意識を向けていると、春が来たなとわくわくするのよ」(瀧川さん)

春は「タンポポコーヒー」
をつくってみよう

春は芽吹きの季節。いろいろな植物が芽を出して、花を咲かせます。そのなかでも、春を代表する植物といえばタンポポ。花の形状が太鼓に似ていることから、江戸時代までは「鼓草(つづみぐさ)」とも呼ばれていました。さまざまな説がありますが、太鼓をポンポン叩くイメージから、現在のタンポポという名前が付いたといわれています。

そんな春の植物・タンポポですが、実はコーヒーの代用にもなることをご存知でしょうか。今回は、瀧川さんおすすめの「タンポポコーヒー」をつくりましょう。自家製タンポポコーヒーを味わって、身体の内側から春を体感してみませんか。

タンポポコーヒーというのは、見た目がコーヒーに良く似た、タンポポの根っこを使った飲み物のこと。コーヒーという名前が付いていますが、実際にはコーヒーではありません。カフェインが含まれていないので、妊娠・授乳中の女性や子どもなど、幅広い方々に愛用されています。始まりは、第二次世界大戦中のドイツ。当時コーヒー豆の入手が難しかったことから、身近な植物を使ったタンポポコーヒーが飲まれるようになったのだとか。

また、民間療法では、タンポポの根は利尿作用のあるカリウムが豊富に含まれていて、むくみ予防に昔から使われてきました。身体を温める作用や母乳の出を良くする作用が期待されていて、タンポポは産前産後の女性に親しまれてきた代表的な植物です。

※タンポポはキク科の植物なので、タンポポコーヒーはキクアレルギーのある方は飲用を控えるようにしてください。

●タンポポコーヒーのつくり方
それでは、タンポポコーヒーをつくってみましょう。タンポポの根は一年中ありますが、採取する時期は栄養が根に集まる秋から春先頃がおすすめです。

セイヨウタンポポ。総苞片がそりかえっている。

ちなみに、タンポポの種類は大きく2つあり、在来種の「ニホンタンポポ」と外来種の「セイヨウタンポポ」です。在来種と外来種の違いは、花の下部にある「総苞片(そうほうへん)」で見分けることができます。外来種が「そりかえっている」のに対して、在来種は「そりかえらない」のが特徴です。もっとも、最近では外来種が増えていて、在来種を見かけることは少なくなっています。

まずは、タンポポが自生している場所に行きます。ショベルなどでタンポポの周りを広めに掘っていきます。途中で根が折れないように気をつけて。

掘り出した根は、泥がたくさん付いています。水を取り替えながらよく洗った後、適度な大きさに刻みます。

ザルなどに重ならないように並べて、天日で数日から1週間程度干して、乾燥させます。

厚手のフライパンにタンポポの根を入れて、ときどきかえしながら、弱火でじっくり煎ります(20~30分程度)

香ばしく煎った後、ミルサーなどで細かく粉砕します。少しずつ、コーヒー粉らしい見た目になってきました。

我が家のミルサーでは細かくできなかったので、目の粗いザルでこして、写真右側の粗いものと左側の細かい粉に分別します(粗いものは煮出してお茶用にします)

※公園ではタンポポの根を含めて、植物の採取が禁止されている場合があります。タンポポの根を掘る場合には、公園の管理者や管理運営を行っているNPO団体などに予め問い合わせるようにしてください。

●タンポポコーヒーを飲んでみよう
タンポポコーヒーを、実際に味わってみましょう。通常のコーヒーと同じように、ドリッパーにペーパーと粉をセットして、上からお湯を注いでいきます。一人分の目安は、タンポポコーヒーの粉大さじ1杯弱に対して、お湯1カップです。

色味はとてもいい感じで、香ばしい香りが部屋いっぱいに広がります。抽出液に粘性があるからなのか、落ちるスピードはややゆっくり。「コーヒー」という名称にこだわらずに、ティーポットなどで淹れても良さそうです。

タンポポコーヒーが完成しました!ややトロリとしていて、通常のコーヒーとはまったく異なる味わい。市販品のタンポポコーヒーは産前産後によく飲んでいましたが、実際に手づくりしたのはこれが初めて。完成するまではドキドキでしたが、なかなかいい感じに仕上がりました。

一連のプロセスを興味深く眺めていた5歳の息子は、一口飲んで「おいしいね、身体があったまる」とのこと。子どもと一緒に手づくりして味わうのもいいかもしれません。

タンポポは根だけでなく、葉も食べることができます。根っこを掘り出すときに、ぜひ葉も持ち帰ってみましょう。「春先の柔らかくて苦味が少ない葉はサラダにするのがおすすめ」と瀧川さん。

サラダのつくり方は、きれいに洗ったタンポポの葉に砕いたくるみを乗せて、塩とレモンのしぼり汁、オイルをかけるだけ。葉っぱの苦味とくるみの香ばしさが相性抜群!くるみの代わりにアーモンドやお豆などを使ってもよく合います。

「手間をかける楽しさ」を伝えたい

瀧川さんが初めてタンポポコーヒーを作ったのは、瀧川さんが30代だったころ。当時は高校の理科の教師をしていて、授業のひとコマとして作り始めたのがきっかけでした。

「タンポポを使ってコーヒーをつくる」という一風変わった授業に、学生たちは興味津々。食べることが大好きな学生が多かったこともあり「想像以上に熱心に取り組む姿が印象的だった」と瀧川さん。お金を出せばさまざまな食品が簡単に手に入る時代に、学生たちがお互いに協力し合って、タンポポコーヒーをつくる。この試みの背景には、「若い人たちは自然にどう向き合い、そこから何を感じ取るのだろうか」という瀧川さん自身の問いもあったのだとか。

実際につくった学生からは「コーヒーの味は期待していなかったけれど、手づくりして良かった」という声も。

「学生たちから多くのことを学ばせてもらった」と瀧川さん。そして、こう続けます。「タンポポコーヒーに限らず、自然の素材を使った手しごとは、ひとりでつくるのも、友だちや家族と一緒につくるのもどちらも楽しい。大切なのは『やってみよう』という気持ち。失敗を恐れずに、自分たちで手を動かすといろんな発見がある。こうやって手間をかけることに、大きな楽しさがあるんです」

手間をかけることで、その時間に「厚み」が生まれ、濃密な経験や想い出になっていく。それが、人と人をつなぐ絆(きずな)になることもあるかもしれません。この春、タンポポを見つけたらぜひタンポポコーヒーを手づくりしてみてはいかがでしょうか。その先に、思いも寄らない発見が待っているはずです。

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/