おいしい森
# 18
山里の空気を感じる「寒茶」
2022.12.28

この連載では、おいしい森の恵みをさまざま取り上げてきましたが、実際の暮らしに取り入れるのはなかなか難しいと感じる方も多いでしょう。都市部に住んでいる方なら、空想の世界にすら思えるかもしれません。ですが、少し工夫を加えれば、街なかで暮らしながら森の恵みをいただくことはできるものです。そうした暮らしのコツを、国際薬膳師でエシカルフードライターの松橋かなこさんに紹介してもらいました。今回は冬におすすめの「寒茶」についてです。

写真・文:松橋 かなこ

都会に暮らしながら
森のエッセンスを取り入れる

都会暮らしに森や自然のエッセンスを取り入れることができたら、毎日がどれほど豊かになるだろうー。私は愛知県の都市部にある小さな山の麓で暮らしながら、そんなことをよく考えています。

いろんなアプローチがありそうですが、そのひとつの方法が「森にまつわる料理を食べて楽しむ」ということです。都会に拠点を置きながら「森や自然に寄り添う暮らしがしたい」「心身がホッと安らぐ時間がほしい」という方の参考になりますように。

今回のテーマは、やさしい風味がある「寒茶」。お茶を一口飲むたびに、山里の風景が目に浮かぶようです。寒茶づくりは12月~3月初旬頃の寒い時期に最盛期を迎えます。まずは寒茶を味わって、そして機会があれば、寒茶づくりにもぜひ挑戦してみませんか。

寒茶とは?

「夏も近づく八十八夜」にあるように、一般的なお茶は夏に入る前の5月頃にチャノキの葉を摘んでつくられます。しかし、チャノキは常緑樹なので、冬でも葉が残っています。冬の葉を摘んでお茶をつくることも可能で、寒茶という名前は寒い時期につくられることに由来しています。

冬の茶葉は、水分が少なく油分が多め。寒さから身を守るために糖分を葉に蓄えていることから、やさしい甘味があるのが特徴です。寒い空気にさらして乾燥させることによって、さらに甘味が増すといわれています。また、カフェインはお茶の新芽に含まれているため、冬の茶葉にはカフェインはほとんど含まれていません。寒茶は、子どもからお年寄りまで安心して飲むことができるお茶です。

寒茶の生産地としては徳島県がよく知られていますが、昔からお茶の生産地では寒茶づくりがしばしば行われていました。私自身が寒茶づくりを初めて体験したのは愛知県の山間部ですが、チャノキの葉が入手できれば自宅でも手軽につくることができます。

チャノキ

チャノキはツバキ科ツバキ属の常緑低木で、耐寒性はやや弱いものの、庭木として育てることが可能です。10月~12月頃、ツバキによく似たかわいらしい花を咲かせます。私は知人の庭からチャノキの葉を何度か分けてもらいましたが、そろそろ自宅の庭で育ててみたいなと思っています。

意外と簡単!
寒茶を手づくりしてみました

寒茶づくりを初体験したのは、今から9年ほど前のこと。よもぎ茶などの薬草茶はよく手づくりしていましたが、自分の手で茶の木から茶葉を摘み、お茶をつくるのはこの時が初めて。想像していたよりもずっと簡単にできること、そして、野趣あふれる風味にとても驚きました。

寒茶の独特のスモーキーな香りに、バックパッカー時代に訪れたラオスの山奥で飲んだお茶を思い出しました。「香りと記憶はつながっている」と聞いたことがありますが、きっとその通り。寒茶の香りは、私にとってどこか懐かしさを感じるものでした。

●寒茶のつくり方
① チャノキから厚みのある葉を摘み取り、流水できれいに洗う。
② 蒸し器や窯などで蒸す(30分程度)。茶葉が焦げないようにときどきひっくり返す。
③ ふきんやシートの上に茶葉を広げる。両手で揉むか、綿棒などで叩いて柔らかくする。
④ 葉が重ならないように広げて、天日で乾燥させる(4~5日程度)
⑤ 清潔な保存容器に入れて、湿気を避けて保管する。
※しっかり乾燥させた後に茶葉を適度な大きさに砕いておくと、お茶を淹れるときに扱いやすい。
大きな窯で茶葉を蒸している様子。

その年の気候やつくり方によって少しずつ味が変化するのも、寒茶の魅力です。いろいろと試作してみて、奥深い味わいを楽しんでみてはいかがでしょうか。

寒茶の飲み方

やかんなどに水とひとつかみの茶葉を入れて加熱します(水1リットルに対して茶葉大さじ3杯程度)。沸騰したら弱火で10~15分煮出すと、黄金色の寒茶が完成します。煮出す時間は、好みに応じて加減します。夏場は冷やして飲んでもおいしいです。クセが少ないので、麦茶のような感覚でゴクゴクいただけます!まろやかな風味を楽しむためには、ゆっくり煮出すのがポイントです。

煮出す方法がおすすめですが、時間がないときは、急須などにひとつかみの寒茶と熱湯を入れて3~5分待って飲むこともできます。煮出す場合と比べて、あっさりとした仕上がりになります。茶葉をできるだけ細かく砕いておくと、お茶の風味が出やすくなります。手を使って砕く方法もありますが、細かく砕きたいときにはミルを使うと便利です。

そのほか、「疲れているなぁ」と感じるときはひとつまみの自然塩や梅干しを加えていただくこともあります。私は番茶のような感覚で寒茶を楽しんでいます。その時の体調や気分に応じて、いろんな楽しみ方ができるのも寒茶の魅力かもしれません。 自然の産物ともいうべき、寒茶の大いなる包容力に感謝です。

寒茶の最大の魅力は
「山里の空気を感じる」こと

私にとって寒茶の一番の魅力は、「山里の空気を感じられる」ということ。やさしい甘さのなかに、何とも言えない素朴な風味があります。そして、寒茶を一度手作りしてみると、その魅力はさらに増します。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、お茶を一口飲むたびに山里の風景が目の前に広がるようです。

最近では寒茶のつくり手が少なくなり、寒茶は別名「幻のお茶」と呼ばれることもあります。こうした状況を受けて、寒茶の復活に向けた動きが各地で行われています。私自身も、寒茶が後世に受け継がれていくように応援していきたいです。寒茶はインターネット通販などで販売されていて、私の暮らす愛知県では山間部の道の駅で時々見かけることがあります。まずは、寒茶を手にとって味わってみてはいかがでしょうか。

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/