おいしい森
# 16
菅流クッキングvol.8
ソーメン
2022.8.2

学びの森をカタチづくるライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30半にして15年以上の山歴を誇るが料理童貞の若き山幸ハンターが令和のときに料る狩猟採取料理とはー。

文・写真:菅原 徹 編集:佐藤 啓(射的)

2022年ソーメンの旅

 鬱陶しい梅雨が明けて、夏の日にソーメンというのは、まったく嬉しいものである。
 山あいの湧き清水に茹でさらしたソーメンなどをご馳走になると、ああ、こんなにうまいものがあったのかと、まわりの木立の蔭や、苔の匂いと一緒に、ほんとうに生き返るような心地がするのだ。夏のソーメンは有難い。
『檀流クッキング』檀 一雄

つい先日、全日本梅雨明け選手権では毎年しんがりを務める北東北でも、長きに及ぶ憂鬱な季節が幕を閉じた。梅雨明け宣言後、リバーサイドホテルの蜃気楼が拝めそうなほどの猛暑日が続く7月の暮れ、ちょうど今頃に米処越後の山あいで開催されているであろうフジ何某フェス恒例の大雨ではく、我が家の縁側にて涼をとる旅を選ぶことにした。

お題は無論、「ソーメン」である。知る人ぞ知るソーメンの産地、ラテン淡路出身のヒゲもじゃのマイメンがこの時期になると必ずお中元として送ってくれるご当地モノが、今年もまた届いている。

しかしながら、先生も仰っているが「ただソーメンをスメ(ツユ)に浮かべて啜り込むだけでは、口に美味しいに違いないけれども、夏バテするに決まっている。そこで、ソーメンを啜る時にも少し奮闘して、さまざまの薬味をソーメンの周りに並べながら、『さすがは我が家のソーメンね』」と、我が美しき細君と可憐な娘たちをびっくりさせてみることにしよう。

刺激されると乳を出す、淫美なきのこ

薬味のサラシネギは誰でもこしらえる。せっかくなので同じネギ族の分葱、さらには従姉妹のミュウガも刻んでみる。ゴマを煎って、叩きゴマか、半ずりのゴマにしておくだけで、薬味は既に四品ということになる。

「シイタケを二つばかりきばって、よくもどし、そのモドシ汁ごとソーメンのツユの中に入れて煮ておいて、やがてそのシイタケをせんに切るならば、ソーメンの薬味は、遂に三品ということになる」と先生は仰るが、そうはきのこ問屋が卸さない。

夏のきのこと言えば、チチタケである。この時期、体温以上の、岩手のそれとは比ならないほどの酷暑を記録する北関東は栃木県民が寵愛することで知られる、夏のきのこの代名詞的存在だ。刺激を与えると白い乳液すなわちチチを出し、淫らで愛らしい奴なのだが、ここ北東北にも群生するにも関わらずまったく市民権を獲ていないのは、朴訥な気質の東北人が恥じらいを覚えてしまうからに違いあるまい。

彼の地では「チタケうどん」が名物であるということは、ソーメンとの相性が悪いはずがない。先生のシイタケお手前を参考に、ソーメンのツユと共に煮出し、せんに切り落とす。

チチタケという淫美なきのこは、油との相性も素晴らしい。ということは、夏野菜の女王・ナス様ともウマが合うはずである。ナスをせんに切り、水によく晒してから、少々の塩胡椒をまぶし炒め煮るならば、薬味は五品になる。

みずみずしいコブの御顔は薬味顔

きのこときたら、山菜を蔑ろにする訳にはいかない。春から秋にかけ長期に渡り採取することができ、我がきのこ&山菜の師であるじっちゃんから最初に教わった山菜の一つで、クセがなくみずみすしいミズa.k.a.ウワバミソウを、清涼感溢れるソーメンのお相手に仲人させて頂く。

沢など湿り気のある斜面に群生するミズだが、小生の好みは根元が赤いアカミズで、その赤い部分から摘み取る。通常、湯がいて皮を剥き、茎の部分を食すのだが、今回はツンツンのソーメンの薬味ということで、ミズのコブをマッチングしてみることとする。

夏の終わりの風物詩であったミズのコブは、茎と葉の付け根にむかご状にその尊い姿を現す実の部分であり、一粒々摘み取らねばならぬのがじれったい。異常気象のせいか、昨今では初夏に採れることもしばしばで、ミズのみずみずしさを残しつつも独特の歯応え、そして山椒の粒がごときその御顔が薬味としてふさわしいと判断したからに他ならない。

調理は簡単、茎の部分と同様に沸騰した湯にさっと通したらすぐにあげる。茹で過ぎは禁物だ。独特の風味があるので、特に味付けはいらないだろう。これで堂々六品目の完成である。

夏の秘密結社、フリーソーメンの秘密

先生曰く、「手順さえよろしくやれば、十分か十五分の奮闘ですむこと」なのだが、猛暑日の厨房にあり、熱中症対策のためこの辺で麦酒を一杯投入しながらじっくりと調理を進めることにする。薬味を摘み食うてみる。「なるほど、美味し」。麦酒捜索を行った冷蔵庫の中で目が合い、「私を離さないで」とカズオイシグロなメッセージを送ってきた夏の山形の風物詩「ダシ」も供に加えて遣わすぞよ。これで堂々七品目になった。

そうだ、このまま厨房にてドランクする前に、可憐な愛娘たちのため錦糸卵でも拵えて差し上げよう。すると薬味の皿数は八品になる。このまま末広がりで終えるもよいが、事のついでた。ダイコンおろしをおろしておくなら、薬味が九品ということになった。

最後に、肝心のソーメンである。小生が今年のドラフトで指名したのは、淡路が誇るソーメン職人、わーさん特製のソーメンだ。ラテン淡路にて天日干しされた手延べソーメンを湯がき、ぬめりを丁寧に洗い落とした後、キンキンの氷水で締めて最後に「くるりんぱ」。遂に菅流ソーメンの完成である。

世には、あまねく世界をソーメンで支配する「フリーソーメン」なる夏の秘密結社も存在するという昨今。詰まるところ薬味の種類は何だっていい、フリー(=自由に、無料で)にソーメンを楽しめばよいである。ソーメンを啜る時にも、さまざまの副菜を用意して、ソーメンのツユに浮かべたら、先生の仰る通り「たのもしくあり、ゆたかな感じになり、夏バテを防げる」ということだ。

流すより 御膳で楽しむ 秘密の夏

・夏の秘密結社 FREESOMEN official HP:https://freesomen.org/
・「わーさん」ことMr.柏木渡が手掛ける珠玉の柏木製麺のソーメン情報は、こちらでご覧ください。
https://navihyogo.com/0799-52-1571/

Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp