学びの森をカタチづくるライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30代前半ながら15年以上の山歴を誇るが料理童貞の若き山幸ハンターが令和のときに料る狩猟採取料理とはーー。
女王様とお呼び
春眠、暁を覚えず。時が経つのは早いもので、つい最近みたと思い込んでいた「スガミン谷のニョキニョキ」の夢は、もう一年近く前のことであった。その間、街場の製薬会社からとある森の中へと転職し、ソローよろしく「ウォルデン」な生活を始めた小生がサボっていたのは原稿を書くことのみ、夢遊病のごとく秋にはキノコ狩りに勤しんでいたことは言うまでもあるまい。
そしてまた、春がきた。夢見心地な小生の頬をビンタし、叩き起こしてくれたのが山菜の女王、アイコ様である。
「アイコa.k.a.深山刺草(ミヤマイラクサ)」とは、その名の通り深い山間に鎮座し、気安く触ろうものなら「無礼者!」と言わんばかりに茎から葉にかけて纏う、薔薇刑がごとき鋭いトゲのドレスが指に突き刺さる。北東北では田植えの季節、ちょうどゴールデンウィークに山菜の王様「シドケ」と同時期に同じような場所にその気高い姿を現すのが常だが、今年もお会いできましたね、女王様。そのオーストリッチの皮ごとき葉様もまた気高い。素手でタッチするのは恐れ多いので、ゴム手袋を着用して根本から優しく手を引き、今年も我が家へとお連れすることに相成った。
あまたある他の山菜と比べてもアイコ様の旬は短く、日持ちもしない。その胸を劈くような美しい姿に似つかわしくなく、山菜特有の癖がなく、あっさりした風味を持つ女王陛下を長く愛でるための料理とは何か。
我が師のお知恵を拝借すべく再度『檀流クッキング』を紐解くと目に飛び込んできたのがピクルスだ。その見た目の激しき美しさを体現すべく、中でも「ロシア漬け=アグレッシイ」なる、かなり酸味の強いピクルスに挑戦してみることにした。
海の向こうではなかなか理解しがたい戦争の当事国となっている国のことを知るためにも、北東北の深い山の中でこの時期に試してみる価値はあるに違いない。
女王がドレスを脱ぐ時
女王様の刺は、触ると激痛が走るだけでなく、小さい刺が皮膚の間に刺さると痛痒くなってくるので、下処理の際も素手でのタッチは御法度だ。必ずゴム手袋かトングなどを使うことをお勧めする。
流水でゴミを洗い落とし、沸騰したお湯の中に茎の部分から優しくお入りいただく。入浴時間は1分くらいだろうか、根元を触ってみて少し柔らかくなっていたら完了だ。あとはまた流水で粗熱をとり、しっかり水を切る。女王様の刺は茹でると柔らかくなり、素手タッチの許可が下りる。
ロシアより愛を込めて
肝心の味付けである。檀先生に習い、まずは食べやすい長さに切りそろえた茎を少しから目の塩漬けにする。「この時ウイキョウの米粒のような実を少し一緒に漬け込んでおくとよい」そうだが、残念ながら手に入らんかったので割愛する。
それとは別に、ホウロウびきの鍋で塩水を沸騰させ、その塩湯の中に一つまみのザラメを入れ、それからニンニク、唐辛子、ディル、パセリの茎やセロリの芯だのを一緒に煮る。流石は我が師「漬け汁の匂いを高くする」ためだそうだ。
最後に酢をコップ一杯ばかり足し、これらの煮込みをよく冷まして適当な瓶の中に移す。カビが生えるのを避けるため、瓶自体を熱湯消毒しておくことを忘れずに。
さて、瓶の中に二、三日塩漬けにしていたアイコ様をお連れし、先ほど塩漬けと一緒に煮込んだ香辛料のうち、赤い唐辛子とディルの花茎だけを拾って投げ入れるのである。「何のためでもない、こうして漬け込んだロシア漬けの瓶の中身が、水中花のように美しいからだ」と言うから、お手上げだ。
こうしてその姿だけでなくその味わいも刺のある、山菜の女王の名にふさわしいものになったアイコ様は、「サンドウィッチにはさみ込んでよろしく、サラダに添えて素敵だし、マヨネーズの中に刻み込んで結構、カレーライスの薬味代わりにも大変よろしい、というふうに、日本の漬物とはまた打って変わった匂いの楽しさ」まで味わえるのである。
女王の 薔薇のドレス 脱がす春
Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。www.instagram.com/tttsugawara/