山には、森には、おいしいものがたくさんある。山菜、きのこ、木の実、樹液、木の花の蜜、沢ワサビ。忘れかけているけれど、私たちはそれらを食べて生きのびてきました。この連載では、そんな“おいしい森”の恵みを取り上げていきます。今回は”キハダ”という木の実で健康飴をつくっている夫婦のもとを尋ねました。後編はキハダ以外の薬草や山菜について話を聞きました。
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行者にんにくの栽培
そして飴へ
キハダ飴について孝雄さんから話を聞いていると、「どうぞ食べながら」とトミコさんが奥のキッチンから昼食を持ってきてくれました。
「このトーストは行者にんにくのジェノベーゼソースとチーズを乗せて焼いたもの。私たちのいつもの朝ごはんなの。こちらは行者にんにくの花芽の酢漬け。らっきょうなんかと同じ感じで漬けてみました。これはジェノベーゼソースを卵に入れて厚焼き玉子に。こっちは行者にんにくを醤油漬けにした液を絡めて唐揚げにしてみました」
行者にんにくオンパレードな料理にそそられ、取材陣はインタビューを中断して昼食に夢中になってしまいました。幻の山菜とも言われる行者にんにくは、にんにくのような独特の香りを持ち、滋養強壮や免疫力を高める山のスーパーフードなのだそうです。古川夫妻はこの行者にんにくも自家栽培し、飴にしているのでした。
孝雄さん「こちらへ引っ越してきたときに、行者にんにくという山菜があると聞いて、どんなものかなと非常に興味を持ちました。でも簡単に採取できないのね。生えている場所のほとんどが国立公園の中なんですよ。だから採っちゃいけない。なんとか自分で栽培してみようということで、農協で苗を買ってきて植えるところから始まりました。今年で16年目なのですが、10年目くらいでようやく芽を出させることができました。行者にんにくはもともと、種をまいてから7~8年くらいにならないと食べられる大きさにならないと言われています。要は成長が遅いんです」
研究者のような地道な試行錯誤の積み重ねによって、行者にんにくの安定した栽培技術を確立するに至りました。
孝雄さん「行者にんにくの苗や球根って、1つ数十円から100円するときもあるんだよね。それだと高すぎですよ。誰でも植えて、誰でも食べられるように行者にんにくを普及させたいと思っているので、うちの球根を1つ10円でお分けしますって地元の新聞に載せてもらいました。そしたら何百人って方が殺到してしまって。そこでちょっと工夫して、『私たちは掘りませんから、ご自分で掘って数えてください』という販売方法にしました。飛騨の方から来た人は3万球くらい買ってくれましたよ」
家の裏手にある畑を見に行くと、行者にんにくが少しずつ葉を出し始めていました。2人だけで管理するのは大変だろうと思うほど、辺り一面に畑が広がっています。
孝雄さん「行者にんにくは育つのに時間はかかるけど、うちの場合手間はあまりかからないよ。年1回ぐらい肥料をまくだけで、消毒や除草剤は一切まかないし、雑草も抜かない。行者にんにくより背の高くなった雑草を刈り払うくらいのことはするけど、それだけだねえ」
5月頃に収穫した行者にんにくは飴の材料にしていますが、行者にんにく自体の販売もしています。
トミコさん「収穫したらホテルに納めている分もあるけど、持って行くのが大変だから摘み取り販売もしてるの。太い茎のものをお客さんに摘んでもらって、残った細いやつは来年太くなるからちょうどいい。1回摘み取っても根が残っていれば3年後にまたボッと生えてくるし。結果間引きになって、こっちの手間も減るから一石二鳥なのよ」
古川夫妻が管理している敷地を隅々まで案内してくれました。ほとんどが耕作放棄地で、土地を借りる形で管理しています。タダで借りる代わりに収穫物などをおすそ分けすることで、地主さんとの良好な関係が続いています。
トミコさん「元は藪だった耕作放棄地を開墾して行者にんにく畑にしたのだけど、どんどん広がっていく。どうやって収束させるんだろうね~。うちの子たちは引き継げないだろうし」
どうなるか分からないけれど、病気をせずに健康で楽しく暮らしていけられればいいと、何よりも大好きな山を見つめながら話す古川夫妻の表情はとても穏やかな笑顔でした。
日本唯一の渡りチョウが
裏山にやってくる
人がたくさん集まるのっぺ山荘ですが、それは人だけではありません。毎年チョウもたくさん飛来してきます。
孝雄さん「毎年9月の20日前後になるとね、うちの裏に植えてある『フジバカマ』の蜜を吸いに『アサギマダラ』というチョウが来るんです。アサギマダラは長野県では有名なチョウでね、日本で唯一渡りをするチョウなんですよ。うちで吸蜜したアサギマダラの中で、一番遠いところで確認されたものは香港や台湾。海を越えて渡るんです。全国にマニアがいるので、毎年たくさんの方が撮影に来てくれますよ」
のっぺ山荘の裏には、キハダや行者にんにくに混ざってフジバカマの畑も広がっています。
トミコさん「フジバカマは平安時代に薬として中国から渡ってきたもので、当時の人たちが薬としてお茶にして飲むために脈々と受け継がれてきていて、冷泉家(れいぜいけ:歌人の藤原俊成・定家を祖とする家系)の庭に植えてあった。それがあるとき突然なくなって、数百年も経ってから京都の大原で30年くらい前に見つかったの。あるときその原種を育てている研究機関からうちに何株かいただいて、それを植えたのが始まりです。5~6本しか植えてなかったのに30頭もチョウが飛来してびっくり。なんだろうこのチョウはと思ったら、それがアサギマダラだったの」
それからのっぺ山荘はアサギマダラマニアの間で有名な地となり、毎年9月になると全国からファンがやって来るようになりました。
トミコさん「自分も植えたいと言ってくれる方にはフジバカマを無料で差し上げています。フジバカマは薬草だから薬事法の関係で販売はできないからね。長野県内だけでも移し替えたところは100ヶ所になるかなあ。四国や関西の方まで送ったこともありますよ。いろんなところで地域おこしなんかで活用してくれているみたい。『咲いたよ!』とか『チョウが飛んできた!』って写真も持ってきてくれたりしてね。全国にそういうお友達が増えたことがうれしいですね」
孝雄さん「お金にならないけど、毎年続けていると楽しいじゃない。花が枯れるとフジバカマを刈り取って来年のために整理するんですけど、『また来年も来てよ』って思いながら作業しています。フジバカマの花が咲いてチョウが飛び回っている光景を実際に見ると本当に感動しますよ。だからぜひまた遊びに来てくださいね」
そう声をかけられ、必ずや実物を目にしたいと思ったのは言うまでもありません。それを上回って、また古川夫妻に会いたい、のっぺ山荘の空間に浸りたいと、この記事を書きながらますます思いが募ります。おいしい森の幸に惹かれるのはもちろんですが、それを紡ぎ出す人もまた魅力的なのです。
●Information
キハダ飴本舗
長野県大町市平20373-2
0261-23-1310
https://kihadaamehonpo.at.webry.info/