おいしい森
# 5
山に眠る幻の和菓子原料?
根から生まれるわらび餅
2020.7.31

山には、森には、おいしいものがたくさんある。山菜、きのこ、木の実、樹液、木の花の蜜、沢ワサビ。忘れかけているけれど、私たちはそれらを食べて生きのびてきました。この連載では、そんな“おいしい森”の恵みを取り上げていきます。今回は和菓子の代表格・わらび餅の原材料があるという山奥深くの村を訪れました。案内人は岐阜県飛騨市のわらび粉職人・前原融さんです。

写真:西山 勲、取材先/文:田中 菜月

かつての一大生産地で
わらび粉を復活させる

森と和菓子、一見相容れない関係のように思えますが、この2つを結ぶものがあります。それは「ワラビ」という植物です。山菜のイメージを持っている人が多いかもしれませんが、このワラビがわらび餅の原料になります。そう、わらび餅という名前は原材料に由来していたのです!

岐阜県飛騨地方にある山之村で栽培されるワラビ
山之村で栽培されているワラビ。シダのような葉っぱが特徴。

しかし、現在市販されている多くのわらび餅には、本物のわらび粉がほとんど使われなくなったと聞きます。サツマイモのデンプンに取って代わられてしまったのです。もはやサツマイモ餅と言っても過言ではありません。なぜわらび粉は姿を消してしまったのか、サツマイモと味はちがうのか、色々と気になります。そこで、昔ながらのわらび粉生産復活に励む岐阜県飛騨市山之村を尋ねてみることにしました。

JR高山駅から車で約1時間半のところにある山之村。
観光地・飛騨高山の玄関口であるJR高山駅から車で約1時間半かけて北上するとたどり着く山之村。

この村でわらび粉生産を担っているのが前原融さん(30)です。
「大学時代、大好きなわらび餅を食べていたときに、担当教官から『わらび餅にはわらび粉がほとんど使われていない』ということを聞いて、それ以来わらび粉への思いが募るようになりました」

卒業後は地元・群馬県の警備会社で働いていたものの、わらび粉のことが忘れられず、林業や森林について学べる「岐阜県立森林文化アカデミー」に入学し、わらび粉を追究する道へ進みました。在学時、かつてわらび粉生産が盛んだった山之村の存在を知り、足繁く村へ通うようになります。そしてアカデミー卒業後は地域おこし協力隊として山之村へ移住し、現在に至ります。

山之村の集落支援員を務める前原さん。わらび餅好きからわらび粉の生産者へ
協力隊の期間が終わり、今は集落支援員を務める前原さん。行政と住民をつないだり、村のPRを考えたり、地域の将来を支える重要な担い手です。

「山之村は昭和初期頃までわらび粉の生産が盛んだったみたいです」と前原さんが教えてくれました。そもそもワラビとは、シダに似た植物で、山野のよく陽が当たる場所に生えています。昔はこの根っこからデンプンを精製したものがわらび粉となり、餅や糊の原料にしていました。この糊は和傘や提灯に使われていたそうです。周辺の山にワラビが豊富にあった山之村では、ワラビが貴重な収入源になっていました。そして、その当時からわらび粉をつくっていたという伝説的なわらび粉職人がいます。それが前原さんの師匠でもあるツヤ子おばあちゃんです。

山之村のわらび粉づくり名人のツヤ子おばあちゃん。取材時は御年90歳
ツヤ子おばあちゃんは御年90歳。氷点下近い寒さの中、冷水でせっせと木の実を洗う働き者。

「昔はわらび粉をたくさん背負って、隣の集落まで歩いて売りに行っていたね」とツヤ子おばあちゃんが当時のことを話してくれました。隣の集落までは20~30㎞。車でも1時間近くかかる距離を半日で往復していたというから驚きです。

そんなツヤ子おばあちゃん直伝のわらび粉製造方法も教えてもらいました。

デンプンを抽出するためワラビの根を木槌で叩く

①ワラビの根を掘る(根にデンプンが溜まる10月前後の約2ヶ月間)
②川の水で根を洗う(めちゃくちゃ冷たい!)
③根を木槌で叩く(すごく体力を使う)
④潰した根を水にさらして、デンプン質(ヌルヌルの液体)と繊維質に分離させる
⑤ザルや木綿などでろ過して、繊維質を取り除く
⑥デンプンを沈殿させ、灰で余分な水分を取って乾燥させる

精製されたワラビのデンプン。白い部分がわらび粉として売られる
精製されたワラビのデンプン。白い部分(白バナ)がわらび粉として売られる。

こうして固まったデンプンは、黒と白の層に分かれたケーキ状の塊になります。黒い部分は“黒バナ”と呼ばれ地元の人が自家消費していたもの、白い部分は商品として売られていたそうです。実際に生産現場を見たわけではないですが、話に聞くだけでも相当な手間がかかっていることが分かります。また、昔は自生しているワラビを採取していたわけですから、生産量も限られます。

それに対して、農作物として栽培されているサツマイモは生産量が安定していて、安く大量に供給できます。量が多いほど製造工程を機械化して効率的な生産を図ることもできます。そのため、わらび粉からサツマイモ粉(甘藷澱粉)に代替されるようになっていきました。

春に野焼きをすることで競争相手がいなくなり、ワラビがよく育つそう
春に野焼きをすることで競争相手がいなくなり、ワラビがよく育つそう。

こうした状況の中、前原さんは本物のわらび餅を味わってほしいと、わらび粉生産体制の安定化や流通経路を広げるべく奮闘しているまっただ中です。

野焼き後、芽を伸ばし始めたワラビ
野焼き後、芽を伸ばし始めたワラビ。

ワラビの栽培地を少しずつ増やし、一昨年は約5kg、昨年は約3kgのわらび粉を生産することができました。1kgあたり約5万円(サツマイモ粉は数百円/kg)で販売していますが、生産量が少ないので決して売上は多くありません。これからどう生産量を増やしていくか考えどころです。今は愛知県豊田市の和菓子屋や岐阜県岐阜市の料亭などに少しずつ卸しているそうですが、これだけで食べていこうと思っているわけではないと話す前原さん。畑仕事や除雪作業など、村でのさまざまな仕事を手伝うことで十分生活していけると言います。無理のない範囲でわらび粉生産を続けていける道を模索しています。

わらび粉100%のわらび餅
実食してみました

わらび餅をつくる前原さん

わらび粉とサツマイモ粉の価格や生産の違いは何となくわかりました。では、味の違いはどうでしょうか。なんと前原さんがその場でわらび餅をつくって、食べ比べする機会をくれました!

山之村産のわらび粉を使ってわらび餅を作り中

比べたのは、市販のわらび餅粉(サツマイモ粉)と山之村産のわらび粉です。わらび餅のつくり方はどちらも同じ。材料はわらび粉、砂糖、水だけです。わらび粉と砂糖は同じ分量に対して、水は5倍の量を加えます。まず、材料をすべて混ぜ合わせたら、火にかけたフライパンに入れ、程よく固まるまで温めます。固まった塊を冷水の中に落とし、一口大の大きさにちぎって、わらび餅のできあがりです。

わらび粉、砂糖、水を混ぜたものを火にかけて固まってきたら水に落とす

粉の状態だとどちらも同じ白色ですが、水に溶かして火にかけると、サツマイモ粉は無色透明に、わらび粉は琥珀色のような半透明の色に変わりました。

サツマイモ粉とわらび粉それぞれでつくったわらび餅のちがい
左がサツマイモ粉、右がわらび粉のわらび餅。

さて、早速実食です。まずはサツマイモ粉のわらび餅からいただきました。うん、食べ慣れた味です。ちょっと物足りなさを感じて黒蜜がほしくなりますが、これはこれでおいしいです。

続いて100%わらび粉のわらび餅を食べてみました。口に入れてみると、まず食感が違います。サツマイモ粉よりも弾力がありながら、口の中でとろっと溶けます。素材本来の味わいなのか、サツマイモ粉よりも濃い甘みを感じました。きな粉や黒蜜がなくても、そのままおいしく食べられます。

味だけで比べた場合は圧倒的にわらび粉がおいしいです。しかし、価格と合わせて比較した場合にどちらを買うかと尋ねられたら悩ましいです。原料の時点で100倍近い価格差があるわけなので、わらび粉の使用比率が高いほどわらび餅も高価な和菓子になります。日常的に食べるのであれば、やはり安い方を選んでしまいます。一方で誰かへの贈り物や、自分へのご褒美としてたまに買うのであれば本物のわらび餅を買うと思います。一度本物の味を知ってしまうと、また食べずにはいられないですね。これからわらび餅を手にするときは、原材料の項目をチェックするのが癖になりそうです。

全国を見渡してみても、本物のわらび粉を使ったわらび餅が食べられるのは、京都や東京などごく一部の和菓子屋に限られます。特に100%わらび粉という代物はかなり珍しいようです。皆さんの身の回りでわらび粉が入ったわらび餅をもし見つけたら、サツマイモ粉との食べ比べをぜひ試してみてください。もっとわらび餅が好きになるかもしれません。

身近な和菓子・わらび餅。源流を遡ると山の奥深くにたどり着きました。まさか、山菜の根っこから誕生したおやつだったとは、思わぬルーツでした。他にも素材の元をたどると、意外なところに行き着くものがありそうです。ワラビの根のように、どんどん掘り起こしていきたいと思います!

田中 菜月 (たなか・なつき)
取材・記事執筆担当。印刷会社で働いていた数年前、ふと森に関わる仕事がしたいと思い立ち林業の学校へ。それ以来どっぷり森の沼にハマる。もう抜け出せない。伐木作業者特別教育修了/狩猟免許の更新忘れた…/休日はアイドル、キャンプ、純喫茶巡り、読書。