おいしい森
# 4
菅流クッキングvol.3
山ウドの梅酢和え
2020.6.19

製薬会社でのライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30代前半ながら15年以上の山歴を誇るが料理童貞の若き山幸ハンターが令和のときに料る狩猟採取料理とは——

文・写真:菅原 徹/編集:佐藤 啓(射的)

何を混ぜるのか、それが問題だ。

 梅雨の時期ほど鬱陶しいものはない。
 しかし、その梅雨の時期には、ミョウガタケだの、青じそだの、ラッキョウだの、ハジカミ(新ショウガ)だの、さまざまな匂いのものが萌だって、これをほどよくあしらいながら、酢のものや、漬物などを漬け込むと、一瞬の匂いや、歯ざわりが、梅雨の鬱陶しさを、なぎはらってくれるようにすら感じられる。
 この頃、途絶えてどこの家庭でも、食べなくなってしまったものに、梅酢の、即席漬けがある。
 例えば、キュウリでも、ウリでも、スイカの食べ残しの中皮の部分だの、ミョウガダケ、キャベツ、セロリ、何でも、梅酢の中に一瞬漬け込むだけで、食欲不振の梅雨から夏にかけて、最適な日本式サラダが出来上がるのである。

『檀流クッキング』檀 一雄 

「前略 先生、岩手にはまだ梅雨はきていませんが、季節外れの暑さと五月雨が相まった、不思議な天気が続く今日この頃です。いったい日本のお天道様は、どうしてしまったのでしょうか」

5月末、じめじめと鬱陶しい気候に、そんな独り言を呟く日々が続いていた。山菜最盛期に水を差す雨に鬱屈としていた小生は、久しぶりに彼之書を捲っていた。そこで出合ったのが、この梅酢和えである。

「せっかくなら飛び切りの清涼感を味わおうじゃありませんか」

折しも、小生ごときの拙文に「少々言い回しが鬱陶しい」旨を含む激励のお便りを頂いていたこともあり、梅酢で和える食材はすぐに我が脳裏に浮かんだ。「そうだ、山ウドにしよう」

ファベーラの女、それが山ウドである。

あまりご存じない方も多いかと見受けられるので、まず書き留めておきたいことがある。スーパーなどで目にするウドはその殆どが栽培されたものだ。光を当てずに育てるため色白で、白くすらっとしている。主に茎の部分を食すのだか、アクが少ないために食べやすい。例えるなら「箱入り娘のお嬢様」とでも言おうか、程よい柔らかさがある。

対して野生の山ウドは、日の当たる部分が多いため茎が緑色で、アクが強く苦味が強めで、香りや歯ごたえが良い。茎はもちろん、葉や皮まで、調理法を変えて全て食べられる。果てしない程に地中深く掘り進んだ先にあるブラジルのスラム街・ファベーラのように崩れかけの斜面に多く自生している。

時は5月の山菜シーズン最盛期。アップタウンに住むシドケやコゴミ、ダウンタウンに住むコシアブラやタラノメなど、マドンナたちがこぞって地上に繰り出す時期である。山菜ハンターたちの目は、見るからにセクシーな彼女たちにどうしても奪われがちで、地味な山ウドに振り向くものは、なかなかいない。

生でも煮ても焼いても良し。さらには「和独活」とも呼ばれ薬効も優れている、気立てのいい娘なのである。

また鬱陶しくなってしまった。失敬して、ここからは爽やかな山ウドの下ごしらえをまとめる。
まずは、腺毛が豊かに茂った緑の皮を剥ぐ。すると現れるのは、少しだけ日に焼けて緑がかった白い肌。実に淑やかなこと、ファベーラに咲く一輪の花の如し。見とれているとすぐに変色してしまうので、さっさと食べやすい大きさに短冊切りにし、酢水に10分ほどつけてアク抜きをする。
下ごしらえは以上、気立てが良く、淑やかな上に、手のかからない女。それが山ウドの山ウドたる所以なのである。

次に、梅酢を拵える。先生は梅を酢に漬け込んだ昔ながらの梅酢を用いているが、そうは山菜問屋が卸さない。梅肉と酢を混ぜ、さらに我が細君の流儀に習い、醤油を少々加えてみる。鬱陶しい季節には、ツンとくるくらいの酸味がよかろう。
ソース作りは以上、非常にシンプルである。

利き山ウドの会、始めました。

むずかしい事も何もない。あとは山ウドと和えるだけだ。せっかくなら湯通ししたものと生のもの、両方試してみる。湯通しは、さっと湯をくぐらす程度でよろし。
それぞれ、しっかりと水気を切り、あとは梅酢と混ぜ合わせるだけだ。気持ちを込め、手で混ぜるのが山男の流儀と心得るが、ウイルスが恐ろしいので今回はスプーンを使う。あとは味が染み込むまで、一時間ほど放置すれば完成だ。

白皿が湯通ししたもの、黒皿が生。今宵の晩酌は、ストイックにこのふた皿なので、伴侶に選ぶビールにも拘りたい。岩手の遠野醸造とナガサワコーヒーの出会い系、TNX COFFEE IPAなるハイカラな一杯を添える。凛として清涼そのものの味わい、世のウイルス騒ぎによる淀んだ空気までなぎはらってくれた。因みに小生の好みは、より香りが強く歯ごたえのある生の方。ファベーラの女性の可憐さと逞しさが感じられた。

梅香り 山ウド香り 暦狂う

Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。
www.instagram.com/tttsugawara/

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp