製薬会社でのライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30代前半ながら15年以上の山歴を誇るが料理童貞の若き山幸ハンターが令和のときに料る狩猟採取料理とは—— 。
冬眠、暁を覚える
朝鮮では、冬季の野菜がとぼしいし、それに牛豚の肉や内臓を過食するから、そのとぼしい野菜の調理に熱心である。
日本人も、もちろん、野菜を色どり美しく、また、清潔にあんばいすることに、きわめてたくみな国民であるけれど、ひょっとしたら、山菜などに対する関心や、執心は、朝鮮人の方が強いかもしれない、と書いたことがある。
去年の春、韓国に出かけたときにも、何の山菜であったか、おひたしの透明な色の美しさと、おいしさに、びっくりしたことがある。
さて、今回は、朝鮮料理の食堂などで見かける三色の野菜をつくる稽古をしてみよう。「ナムル」と呼んでいるものだ。
『檀流クッキング』檀 一雄
我がホームマウンテンであり『銀河鉄道の夜』の「天気輪の柱」がおわす南昌山がまだ雪に覆われた3月の中頃。ふと庭先を眺めると蕗の薹(フキノトウ)がその尊顔を露わにしはじめた。我々山菜ハンターたちが長い冬眠から目を覚ます合図だ。
「先生、小生の山菜に対する執心、彼之時の朝鮮の方々にも負けていないと自負しております」
そんな冬眠中の心の呟きを実行に移す時が、遂にやって来たのである。
さて、ナムルにあう食材は何か。先生のレシピにもある薇(ゼンマイ)は外せまい。ほうれん草、もやしというのがナムル界の常連だろうが、そう簡単には山菜問屋が卸さない。蕗の薹と並ぶ春の使者・野萱草(ノカンゾウ)、そして浅葱(アサツキ)あたりをセレクトしてみよう。
意地悪ばあさんの乳を揉む
田んぼのあぜ道や土手などに多く自生する野萱草は、里での採り時を逃すと、田植え前の草刈りで除草機の刃の餌食となってしまう。山にも自生するが、ちょうど山の優良山菜銘柄とその時期を同じくされるために夏まで放置され、百合のような花を咲かせるのだが、その花がまた美味い。なんとも美しくも儚い山菜なのである。山菜特有のクセがなく、おひたしとしても親しまれている。
浅葱はと言えば、湯豆腐や素麺などの薬味としても馴染みだろうが、ネギの一種と勘違いされている方が多いと見受ける。否、歴とした山菜だ。全国的に葉の方を薬味としていただくことが多いが、東北地方では球根からずいと顔を出した新芽の部分まで含めていただく。野萱草同様エグ味などはないので特段の下ごしらえが要らず、エシャレットのような食感がクセになる一菜である。
そして山菜界のカローラ、薇だ。山の民としては、ヒョロヒョロした里育ちではなく、山奥育ちの野太い蕨を調理したい。薇には雄と雌があるのだが、食すのは無論、やや小ぶりで茎の部分が太く、巻き髪の葉の部分がやや艶やかな雌だ。山中で株、すなわち薇集落を発見したならば、雌を一本残しておくのが、山のマナーである。
この薇というやつは一筋縄では食卓につかない曲者だ。兎にも角にも灰汁(あく)が強いので、入念な下ごしらえが必要なのだ。揉んで干して揉んで干して、「意地悪ばあさんの乳」の様になるまで繰り返す。基本的な灰汁抜きの方法は蕨と変わらず、数多紹介されているので、詳細はここでは省かせて頂く。
代わりに戻しの術をご紹介しよう。乾物の状態となった薇を一晩水に浸け、翌日水を捨てる。その後沸騰の手前まで火を入れ、放置する。手で触れられる湯加減になったら優しく揉みしだき、水気を切る。この工程を繰り返すこと二度、勇気を出してみずみずしさを取り戻した薇を柔噛みする。「うん、苦くない」、これが目印である。薇をカローラと形容したが、それはオザケンなる唄い手が口ずさんでいたカローラIIのことではない。マニュアルシフトの、旧式カローラなのだ。
男子、割烹着を纏う
そろそろ新調した割烹着を纏おう。料理童貞を卒業して間もない小生ゆえ、調理法に関しては『檀流クッキング』に師事する。曰く、「…ゴマと、ゴマ油と、ネギとニンニク、トウガラシ、それに塩、醤油、もしあればモロミ(酒)ぐらいの調味料で、おいしい朝鮮風のお惣菜ができる」とある。ネギとニンニクは、「例の通り、包丁の平でトントン叩いてから細かなみじん切りにしよう。ゴマは、切りゴマであれ、スリゴマであれ、半つぶしくらいがよい」そうだ。
さて、まずは浅葱。背の丈の低い山菜ゆえ、あえてカットせずにそのまま使用する。もちろん、根元のヒゲが出ているギリギリの処まで使う。新鮮な食感を味わいたいので、塩湯に潜らすこと10秒。水を切りどんぶりに入れておく。野萱草も茹ですぎは禁物だ。こちらは塩を入れず、白湯の中を泳がすこと20秒、よく水を切ったあと食べやすい大きさにカットし、浅葱とは別のどんぶりに移す。
両方のどんぶりに、まずはゴマを思い切りたくさん入れる。つづいてニンニクとネギのみじん切り。好みで唐辛子を加えても良いだろう。ここから別々に味付けをする。浅葱の辛味を生かすため、他の調味料を入れなくてもしっかりとした味を楽しめる。お好みで、塩と酢を加えてもよいそうだ。野萱草の方には醤油を少々とモロミを加える。最後に、両方のどんぶりに上質のゴマ油を入れ、「丁寧に、繰り返し、繰り返し、混ぜ合わせるのが寛容だ」そうだ。
マニュアルシフトのカローラ、薇の番である。下ごしらえ同様、調理法も浅葱や野萱草とは毛並みが異なり、朝鮮では薇のナムルのことを「コビナムル」と呼ぶそうだ。根ッ子に近い堅い部分をのぞき去り、食べやすい大きさにカットしておく。因みに小生はカットし忘れ、炒めた後にキッチン用の鋏で切るという蛮行に至ったわけだが、それはまた別のお話だ。
フライパンに大匙二、三杯の油を敷いて、ニンニクで香り付けをする。そこへ薇をほうりこんで充分に炒め終わった頃、適宜の酒をふりかける。つづいて、砂糖、醤油を入れるのだが「薇に関する限り砂糖の甘みがほしいものだ」そうだ。なるほど。充分味が染み込むまで、静かに煮る。煮上がりに近い頃、トウガラシを好みのままに入れ、更にスリゴマ、きざみネギ、ペパーを振りかけ、最後に上質のゴマ油をたらし込んで、よくまぜ合わせながら火を止める。これで出来上がりだ。
三者三様の生い立ちを持つものたちが、何の因果か一皿に集う。うむ、非常に美味し。我ながらビールが進む逸品が出来上がった。そろそろ野営のシーズンも始まる頃だが、今年は家族でバーベキューを食べる際、このナムルぐらいは添えたいものである。
行けぬなら 自らつくろう ホトトギス
Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。
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