おいしい森
# 2
菅流クッキングvol.1
香茸のばくろ飯
2020.3.23

製薬会社でのライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30代前半ながら15年以上の山歴を誇るが、料理童貞の若き山幸ハンターが令和の時に料る、令和の狩猟採取料理とは——

文・写真:菅原 徹/編集:佐藤 啓(射的)

書を読め、厨房へ入ろう

去年の秋。シーズン佳境まで山で見かけなかった70代のキノコ名人に久しぶりにあった。聞けば体調を崩していたそうで、なかなか山に入ることができなかったのだという。落ち葉のかげで、厳しい傾斜の山肌で、昵懇の木の肌で、一年かけてじっくりと成長してきたその神々しい姿を拝めない無念さたるや……。

そんな若造の杞憂はどこ吹く風、その間どうやら老師はかつてページを捲っては涎混じりの空想を膨らませていた『檀流クッキング』なる書を読み耽り、それなりに充実した時間を過ごしていたらしい。「君も読んでみると、山がより美味しく見えてくるかもしれないよ」と、後日再会した折に老師の年季の入った一冊を手渡されたのだが、実家を出て間も無く結婚し、料理とは無縁の生活をしてきた小生だけに、なかなか老師の愛読書の初貢を開帳することなく、朝々秋の山肌を愛でる毎日を謳歌していた。

きのこ漬けの日々も落ち着き、小生の暮らす岩手では山々が雪を纏はじめた頃。修理を終えたアラジンのストーブで暖をとりながら何気なく書を手に取りページを捲ってみた。すると、「タケノコの竹林焼き」「シソの葉ずし」「ナムル(朝鮮料理)」「穴焼き(野外料理)」など、これまで小生が山で採取に励んできた食材を使った数々の料理の調理法が、滋味深い文章で纏められている。

森への感謝の気持ちを込め一つひとつ愛でながらこの手で採り集めた山の幸、この手で丹精込めて料理したならば、この上なく幸せな味わいを堪能できるに違いない。そんな浅はかな想いから、料理という深い沼に足を踏み入れることした。

小生のようなまったく素人の料理を人様に公開していったい何になろうかと疑わしいことは重々承知している。素人の手ほどきほど素人に通じやすいものはないかもしれないということで、お付き合い頂けると幸いだ。

ツンデレなじゃじゃ馬、
それが香茸である

すっかり前置きが長くなってしまった。さて、記念すべき初料理は何にすべきか……。長い北東北の冬に、新鮮な山の幸を使ったものは難しい。色々と考えてみたが、やはり乾物などの保存食を用いた料理になるだろう。となると、かつて祖母の手を介して出会い母へと受け継がれ、家庭を持ったいま我が妻へと継承された「香茸のばくろ飯」を置いて、他にはあるまい。

「香茸(コウタケ)」は、日本では全国的に発生するが、なかなか出会うことのできない非常に珍しいキノコで、松茸以上に香りが高く、その稀少性からいっても松茸をはるかに凌ぐ逸品である(異論はあるかもしれないが、若輩の一意見としてご勘弁いただきたい)。あまりによい香りで、馬も喜んで喰らうことから、「馬喰茸(ばくろうだけ)」とも呼ばれ、岩手ではそれが訛って「ばくろ茸」とも呼ばれている。人工栽培できない上に基本的にキノコハンターたちも香茸に限っては自分の家族や親族、仲間としか共有しないので、市場に出回ることがほとんどない。
アカマツなどの針葉樹に広葉樹が混じった林の中に列を作って発生し、ひとつのスポットに一週間程度しか生えない。カサは直径が10~20cm、形状は花のアサガオのような形をしていて、中央に大きな窪みがある。色は褐色で薄いものから濃いものまでさまざま。表面には棘のように反り返った鱗片が全体に広がり、中央部ほど反りが大きく、ハリと呼ばれる通常のキノコで言う所のヒダに当たる部分は棘状の突起が無数に見られ、色は白色にごくごく薄い褐色を帯びている。ツカは太くて短く、ずんぐりむっくりとした形状で、上部よりも根元付近の方がやや太く、色はハリの部分とほぼ変わらない。

香茸が出る場所は一子相伝だが、現役のうちは子どもにすら教えない。山でハンターたちに会うと「まったくの不作で採れない」と皆口を揃えて言うのだが、実はみんな採っている。いくら隠そうが香りが強いので、バレバレなのだ。「厚顔無恥」とは、まさにこの時の様子を描写したものではなかろうか。

時に、香茸については、ひとつ重大な注意が必要だ。香り良し、味良しの香茸だが、収穫したばかりのキノコを料理して食べてもあまりおいしくはない。いちど天日で10日間ほど乾燥し、乾物になったものを水で戻してから調理すると、独特の香りと味が引き出され、絶品なのだ。なかなか出会うことができな上、一癖も二癖もあるツンデレなじゃじゃ馬。それが香茸なのである。

男子、厨房に入る

また話が長くなってしまった。
さて、肝心の料理に取り掛かろう。より優れた調理法があるかもしれないが、まずは我が家に伝わる調理法を聞き出し実践してみたいと思う。

まずは乾燥した香茸を一掴み(10gほど)を約10分水で戻す。やわらかくなればOKだ。それらをざっと手で揉み、汁を捨てる。汁をそのまま炊いてもよいが、飯の色が黒くなるので、美しさも重要ではなかろうか。
次に、人参1/4本、油揚げ1/2枚を細切りにする。もどした香茸を少しの水と大さじ1強の醤油でさっと火を通し、味を染み込ませる。もち米2合、うるち米1合にそれらを加え、“おこわモード”で炊飯してできあがりだ。

我ながら、非常に旨し。

祖母からの「ばくろ飯秘訣」として、「香茸を入れすぎるとしつこくなる」「香りを活かすために薄味にすべし」「香りを殺してしまうので、ゴボウを入れすのはご法度」などいくつかの心得を伝え聞いているので、併せてここに記しておく。香茸の洗練された香りや味わいに反しくどくなってしまうのだが、その香りをより楽しむために我が家なりに試行錯誤して辿り着いた至極ミニマムな調理法であることを、ご了承頂きたい。

鹿でさえ 秋焦がれる 馬喰飯

Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。
www.instagram.com/tttsugawara/

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp