曲げわっぱの中に、海苔おにぎり、梅おにぎり、ハンバーグ、卵焼き、ミニトマトが入った「森のおべんとう」。どこでもおままごとが楽しめ、響hibi-ki STOREでは贈りものとして人気のアイテムです。ありそうでなかった、木でできたおべんとう。どんな道をたどって形になったのでしょうか。つくり手である〈一場木工所〉を訪れ、代表の一場未帆さんにお話しを伺いました。
女性4人だけの木工所
四方を山に囲まれた広島県北東部の三次市に一場木工所の工房があります。建物の裏には板木川が流れ、真横をJR芸備線の列車がときおり走り、周辺はのどかな田園風景に包まれています。
事務所を尋ねると、同社の全スタッフである4名の女性たちが出迎えてくれました。一場さんの同級生である尾畑さん、3度目の正直で入社した木工職人の川口さん、見習い中の新人・中司さんのナイスな布陣です。
事務所に足を踏み入れると、エビフライや目玉焼き、鮭、ホットドッグ、食パンなど色とりどりの食べものが目に飛び込んできました。木でできた多彩な食材が並ぶ「ひなたぼっこマルシェ」です。おままごとを飛び越え、お店屋さんごっこができるセットとして保育施設などで大人気だと言います。森のおべんとうだけでなく、さまざまな木の食材たちがここから日本各地へ旅立っています。
意外となかった和食
事務所内で作業をしていた中司さんの手元を見ると、ハンバーグを仕上げているところでした。いい焼き加減です。お腹が空いてきました。うっかりハンバーグを食べてしまいそうなので、その前に森のおべんとうが生まれた経緯を一場さんに聞かせてもらいました。
「(おべんとうが先ではなく)卵焼きが先なんですよ。(木のおもちゃの食べもので)和食系がないよねっていう話になって、そこから今のおべんとうにつながっていったんです」
確かに、よくあるおままごとセットでも、ニンジンやナス、大根といった素材類は目にしたことがありますが、和食などの調理された食べものはあまり見かけたことがありません。ふとした気づきから、おべんとうのアイデアへと膨らんでいったのでした。
食材のデザインやサイズ感などはすべて一場さんが監修し、卵焼きやハンバーグに入っている焼き印は一場さんが手描きしたものをデータ化して刻印しているそうです。「きちっとやるとかっこ悪いんですよ。焼き目もちょっとずらしたり、卵焼きのぐるぐるも最後がちょっとひらくようにしたり、あんまりきれいすぎないようにデザインしてます。木って意外と素敵なんだねって思ってもらうにはデザインが必要なんです」
「ひなたぼっこマルシェでイベントに出ると、遠くからでも見つけて人が来てくれます。普通におにぎりを買うつもりで来て、『あ、木だった!』ってこともありました(笑)。コンセプトはリアル過ぎないけどリアル。そのために食材はリアルサイズでつくるんです」
木の食材をつくり始めたのは、広島県木材組合連合会に県産材のおもちゃを導入する機会があり、そこで“おままごとキッチン”をつくったことがきっかけでした。それにしても、ここまでの種類を増やし、お店屋さんにまで昇華できた背景には、「料理が好き」「好きなものはとことん突き詰める」と話す一場さんのキャラクターが大いに影響していそうです。
木工房はキッチン
「展示会に出てみてわかったんですけど、いろんな木のおもちゃが並んでいても、その中に食材はほとんどないんですよ。あっても平面の食材がほとんどで、立体的なものを誰もつくってないんですね。(手間がかかって)高くつくから。高い値段だと売れないと思ってるから、安く売れるように平面に切り抜いたようなおもちゃが多くて。加工自体は難しくないんですけどね」
誰もやっていないからこそ、高くても売れるという確信を持ち、社員とともにさまざまな食材づくりにチャレンジしてきました。工房を覗かせてもらうと、作業台のあちこちに調理途中の食べ物たちが並んでいます。さながら仕出し屋さんのキッチンに迷い込んでしまった気分です。
こうしたおもちゃの加工は、自社だけでなく、協力会社にも製造を依頼することで量産できる体制になっています。
「手づくりですって言われるのはだいぶ心外なんですよ。うちの商品は一応工業製品なので。もちろん手加工や手作業もありますけど、2〜3年ぐらいかけてシステマチックに量産できる状態にしました。一番時間がかかるのは加工先を見つけることですね。こういう加工がしたいけど、どこの会社だったらできるんだろうって。誰にどう聞いていいかわからない。あそこの会社はこんなことできるらしいよって人に聞いて問い合わせてみたり、ネットで調べたり、それを積み重ねていって、今は協力会社さんが増えていろんな加工や量産化に対応できるようになりました」
自社で製造を完結させた方が商品開発にかける時間は少なく済みそうですが、なぜそこまで量産化にこだわるのでしょうか。
「アーティスティックなつくり方はほぼしていなくて、デザインや絵ができる人じゃないとつくれないものではないです。未経験の方でもちょっと練習すれば加工できます。そうすれば全国でつくれるようになって、世界にも出していけるようになるので」
そう、実は海外進出に向けた布石だったのです。日本の木のおもちゃは海外でこそ絶対に売れると信じ、着実に歩みを進め、ここまで来たのでした。それは生半可な夢などではありません。だからこそ、森のおべんとうも世界標準に合わせた仕様になっています。
「(環境への意識が強い)海外では、商品の中に一つでもプラスチック製のものを使っていると『あなたの会社とは取引しない』って言われるんですよ。いつでも世界に出せるように世界標準に合わせてつくっていて、(輸送にかかるCO2排出量が少なくなるように)なるべく国産のものを使っています。森のおべんとうのわっぱもそうです。製造先もなんとか見つけた会社さんで、国産アカマツのわっぱを復活させてくれました。梅バンドも途中で見つけて、おべんとうの飾りに使ってます。いつ廃盤になるか冷や冷やですよ…(笑)」
「今でも海外では『日本の製品はいい』っていうイメージはありますね。おもてなしセレクション(日本の優れた商品等を海外に広める目的で創設されたアワード)を受賞した森のおべんとうは、海外の方からの評価が非常に高かった。トラディショナルなものがウケるし、海外でもおにぎりは認知されてますから。インテリアとしても使いたいっていう声もありましたね」
視線を海外に向けているのは、国内に対する危機感もあります。
「木工は儲かるはずだし需要があるのに、5年後か10年後には世の中のいろんな状況に飲み込まれて、人手が足りないから工場を閉鎖しなきゃいけないっていう流れになる可能性もあって、私は非常に怖いと思ってます。だからこそ、今が海外に出て行くチャンスだとも思うんです。みんなでいいものをきちんとつくって、日本の中で戦わずに、世界に出す仕組みをつくっていきたいですね」
里山生まれの木を使う
工場内を散策していると、山で伐り出してきたばかりのような丸太を発見しました。一場木工所では通称・里山材と呼ばれる木々たちです。どれも木材市場では売れないような規格で、一般には流通していません。森林整備などで出てきたものを知り合いの森林所有者さんや林業関係者からおすそ分けしてもらっていると言います。世の多くの木工所が外国産材を使っている現状からすれば、一場木工所がかなり稀有な存在であることがわかるでしょう。
森林組合や材木屋から材料を仕入れるのに加え、こうした特殊な里山材の調達ルートがあるため、工場内にはレアな樹種がそこかしこにあります。木材マニアにはたまりません。丸太で仕入れたものは製材所で挽いてもらい、板になったものを同社でさらに細かく加工し、おもちゃの材料として活用しています。
目指す先は世界でありながらも、地域の森林にも目を向け、里山材の利用に加えて森林環境教育や木育活動にも余念がありません。何がそこまで彼女を突き動かすのでしょうか。
穏やかでふんわりとした印象の一場さんですが、その背景には度重なる苦境や冷遇を乗り越えてきた過去がありました。この続きは別の連載で。
●Information
有限会社 一場木工所
〒729-6332 広島県三次市上志和地町195-1
TEL 0824-68-2318 / FAX 0824-67-3069
MAIL info@hinata.life
https://www.ichibamokko.com