木の民藝は、土地の気候や地理、歴史文化、地域情勢などと密接な関係を持つ。それは伝統的なものから新しいものまで多彩で、自然素材と向き合う手仕事には、大量生産型の工業製品にはない、見えない背景がある。そうした民藝ができあがるまでのストーリーを追っていく。今回は岐阜県高山市の大工がつくる、地元のスギを使った収納ボックスだ。
樹木が材料になるまでの
長くて遠い道のり
木でできた本棚や収納ボックスなどを使ったことはあるだろうか?それらがどのように組み立てられたのかは容易に想像がつくだろう。でも、使われている木の産地や、大工による加工技術はあまり知られていないはず。そうした収納ボックスの一生を知りたいと、岐阜県高山市に拠点を置く株式会社井上工務店を訪れ、製造の様子を追うことにした。
高山市は“飛騨の匠”と呼ばれる、1000年以上の歴史を有した大工文化が色濃く残る。そんな地で大工自身が創業し、今では林業や木材加工も担う企業へ成長したのが井上工務店だ。
収納ボックスづくりはまず、市内の山林で木を伐採するところから始まる。この丸太をトラックに積み込み、自社の製材工場へ運ぶ。運搬されてきた丸太たちは、製材機という巨大な機械で角材に加工される。
その後、すぐに木材として出荷するわけではなく、木材中の水分を飛ばすために乾燥させる。乾燥機を使えば数週間で乾くが、木本来の香りを残すため、場合によっては1年ほど天日干しする。木材が縮んで狂いが出ないようにするための欠かせない工程なのだ。
乾燥後、必要な寸法に切りそろえ、表面を削って仕上げ加工する。こうして1年以上もの歳月と、いくつもの工程を経てようやく材料になる。ちなみに、伐採された木々は樹齢60年前後のため、半世紀以上の時間をかけているとも言える。さて、ここからいよいよ、収納ボックスへと形を変える段階だ。
金具をなるべく使わない
大工技術の結晶
収納ボックスを組み立てている工房を訪れた。つくっていたのは元棟梁の上牧(かんまき)さんだ。収納ボックスを組み立てるときに、ある大工技術を使っているのだと教えてくれた。
「これは“枡組”といって、枡をつくるときによく使われる組み方なんやさ」
足の指みたいな形をした板を見せてくれた。この凹凸部分を組み合わせて板同士をつないでいるのだという。今は収納ボックスづくりのために専用の機械で凹凸加工しているそうだが、かつては蚤などの大工道具で手加工していたというから驚きだ。
「家を建てるときもこの枡組を使ったことはあるなあ。まあ色んな木組みの方法があるんやけど、昔は釘を使わずに木をうまいこと噛み合わせて丈夫な家をつくっとったんや」
凹凸部分を組み合わせると、収納ボックスの枠が一気にできあがる。
確かに金具がなくてもがっしり接合している。シンプルだが、古くから大工たちが積み重ねてきた知恵の結晶なのだろう。
最後は釘の力を借りて底板を取り付け、収納ボックスの完成だ。無塗装仕上げのため、やさしいスギの木の香りがほのかに工房を包み込んでいた。
棚にもなる
自由自在な収納ボックス
木材のいいところは、誰でも加工しやすいところだ。釘や金具で板をつなげたり、色を塗ったり、拡張性がある。しかし、プラスチックなどの人工的な材料ほど頑丈でもないため、いずれはボロボロになって手放す日も来るだろう。そんなときは捨てるのではなく、焚き火などの燃料として再利用することだってできる。
均質な工業製品とはちがって木材は自然素材だ。樹木として生きていたころは、内側に水をたくさん含んでいた。乾燥済みの木材でもエアコンの効いた室内に置いておくと、内部にわずかに残っていた水分がさらに蒸発して木が縮み、反ってしまうことがある。経年変化で木材表面の色味が変わることもある。天然素材ならではの変化が面白い。時間や環境とともに変わっていく木材は、使い込むほどに愛着が湧いてくるだろう。ひょっとすると、動物や植物を飼ったり育てたりする感覚に近いのかもしれない。
収納ボックスの使い方は自由だ。調味料やキッチンツールの収納に、おもちゃ箱に、デスク周りの小さな本棚としてもちょうどいい。箱を重ねて置くだけでちょっとした棚にもなる。オリジナルな使い道を思いついたらぜひ教えてほしい。
なんの変哲もない木の箱。しかし実際には、森から始まる長くて遠いストーリーと、1000年以上続く大工の知恵が隠れていた。この先も物語を楽しむように、森や木の民藝を味わっていこう。
●Information
株式会社井上工務店
岐阜県高山市江名子町2715-11
TEL:0577-33-0715
info@goboc.jp
https://goboc.jp/
収納ボックスはこちらから購入可能です
https://hibi-ki.shop-pro.jp/?pid=152296486