にっぽん 民藝 journey
# 2
暮らしの中にある伝統
埼玉県 関根桐材店
2020.4.16

地域により四季折々の自然が見られる日本には、一つひとつ個性の異なる自然素材があり、それらを加工する手仕事が数多くある。工場で大量生産される製品にはない、職人の熱意や作り手の物語にあふれている。この連載では、そうした民藝ができあがるまでのストーリーを追っていく。今回は埼玉県本庄市で伝統ある「桐細工」を製造している関根桐材店を訪ねた。

写真:西山 勲勲 /文:高岸 昌平

知られざる「桐」の歴史
モダンに生まれ変わる

桐を使った工芸品といえば、誰もがまず“桐タンス”を思い浮かべるだろう。でも桐の用途は実に多彩だ。

関根桐材店代表取締役の関根紀明さん。同店の4代目。

埼玉県本庄市にある関根桐材店は、桐下駄をつくる職人の店として明治33年に創業した。今では地元を代表する老舗である。徒歩や船が主な移動手段だった創業当時は、利根川の水運で発展した中山道の宿場町・本庄宿として栄え、人の出入りや物流の盛んな場所だった。そんな環境で桐下駄はよく売れたという。国産の樹種の中でもっとも軽いといわれる桐は、履物にぴったりでもあった。

「粋な人のたしなみは“白足袋に桐下駄”と昔は言われていました。それと、“足元を見る”っという言葉は、それは良いものを履いているかどうかで経済力がわかるということ。それくらい履物が重要だった時代は、下駄の販売が全体の8割を占めるほどうちの一番大きな収入源だったんです。桐タンスはお金持ちの豪商、豪農、武家とかね、限られた豊かな人の嫁入り道具でしかなかった。しっかり流通し始めたのは昭和に入ってからです。だからそんなに歴史は古くないんですよ」

そう教えてくれたのは、同店代表取締役の関根紀明さんだ。もともと中国原産の桐は、飛鳥時代(592~710年)に大陸から日本へ流入し、桐の文化が伝わった。飛鳥の頃は、楽器やお面の素材として使われるのが主流だったという。それから時代を経て明治になると用途は下駄に。そして、昭和には桐タンスへと移り変わった。

時代の流れとともに、その時々の生活様式に合わせて桐の用途も大きく変化してきたことがわかる。もちろん関根桐材店の商品も歩を合わせるように変わってきた。着物や和室から洋風のライフスタイルへ変化したことにより、現在ではタンスの需要も減少。桐タンスの修理が主な仕事になっている。次なるアイテムを生み出すタイミングがまさに今なのだ。

これからの桐の使い方
食生活を支える「桐CUBE」

関根桐材店では現在進行系で新商品の企画・開発に取り組んでいる。
そのうちの一つが、コーヒーキャニスターの「桐CUBE」だ。コーヒー豆の保存容器だが、紅茶の茶葉なども保存できる。この製品は桐箱をつくる技術を応用して、職人が手づくりで製作するものだ。

キャニスターのフタを開けると、“スポッ!”と軽快な音が鳴る。職人技が光る密閉性の高さに気が付く。そして、現代的な色づかいは地元の大学生と協力してつくったデザインだ。桐が持つ上品な白とカラフルな三角の差し色に親しみやすさを感じる。この色の違いが、中身のコーヒー豆や茶葉の種類を教えてくれる。2つ、3つと揃えて、色んなコーヒーの種類を楽しむのもいい。

ところでキャニスターといえば中身が見えるガラスが一般的だが、なぜ桐でつくったのだろうか?
「コーヒー豆は焙煎した後、鮮度が落ちて香りを失いやすい。その原因は、酸化・湿気・乾燥そして紫外線です」

桐には、湿度調節作用や抗酸化作用がある。その機能がコーヒーの鮮度を保ち、おいしいコーヒーをつくるのに一役買っているのだ。桐タンスに着物を入れたり、桐箱に入った紙の賞状をもらったりした経験はないだろうか。それらも、大切なものをいい状態で保管するため。湿気や空気に触れて保管物が劣化することを桐が防いでいるのだ。

キャニスターより一回り大きいサイズの桐箱は“米びつ”として人気。2㎏キロと5kg用の2種類。

つまり、桐CUBEの用途は無限大なのである。コーヒーや紅茶など酸化を防止したいものなら、なんでも使える。この利点を活かして、“米びつ”も商品化された。次はどんなアイテムが生まれてくるだろう。

さらなる桐の進化系
粋で気軽なサンダル

昨年はクラウドファンディングにも挑戦し、新たな商品化のプロジェクトを成功させた。それが、桐下駄の老舗が本気でつくる国産桐サンダル「桐SUN」だ。

最大の特徴は下駄特有の鼻緒がないスリッパ型であることだ。そのため、鼻緒と足指が擦れて痛くなることがない。

桐SUNのためにつくったオリジナルの型は、下駄ではないスリッパ型にしたことで、鋲の打ち方や足型のつくり方が変わった。長年の技と感覚でつくり上げられた、ここだけの型だ。

桐SUNのベルト素材となっている“畳縁(たたみべり)”を見せてくれた関根さん。

足を固定するベルトは、岡山県倉敷市で畳縁をつくる高田織物と協業する。畳を思い浮かべるとフチに布地が施されているのが想像できるだろうか。7000種類もバリエーションがあるという畳縁の中から、女性向け4色・男性向け3色の計7色を商品ラインナップとして採用。お祭りにぴったりな色もあれば、洋服に合わせやすい柄もある。

関根桐材店では今後、県内の足袋職人や藍染職人とともに新たな足袋やベルトをつくり、畳縁の柄バリエーションも増やし、桐SUNをグレードアップさせる予定だ。埼玉県内で“伝統×伝統”のものづくりが着々と進んでいる。

変化する時代の先にある
次の桐のステージとは?

関根桐材店では、流通量の少ない国産桐材のみを使い、漂白剤を使わず愚直に天日乾燥とアク抜きに時間をかけている。材に歪みや変色が出ないようにする重要な作業工程の一つだ。

桐材の色艶を良くするために数か月間天日干しする。表面を削り直せば、桐本来の白い木目が表れる。

こうした昔ながらの製法を保ち続ける一方で、桐細工が生き残っていくことがどれだけ難しいのか、関根さんは取材中に何度も現実を伝えてくれた。「桐職人は少ないですよ、ほんと。ぼくらの世代で終わりです。20~30代がいないですから」

桐を箱やタンスとして利用しているのは日本だけなのだという。そんな独自の進化を遂げてきた日本の桐細工は岐路を迎えている。これまで積み上げてきた歴史や知識だけでは暮らしていけない。だからこそ“モダンな伝統”としての変化が必要だ。ヒントを探し求め、ほかの伝統的な工芸品とともに高め合う。そうした新たなアイデアと協力体制、そしてこれまで培ってきた確かな技術が、今後の未来に桐CUBEや桐SUNを桐の代名詞とするのではないか。桐ダンスでさえ数十年の歴史だ。進化し続ける桐の次のステージに期待したい。

ものづくりには、その土地の歴史や私たちが忘れかけている知識や知恵が詰め込まれている。今回は、密閉性が高い桐材の性質を活かせば高性能な保存容器を生み出せることを知った。そうした普遍的な部分を発見し、気づきを得ることは私たちの生活をちょっぴり幸せにすると思う。それぞれが忙しく生活する中で、こぼれ落ちてしまった記憶が民藝には詰まっているはずだ。

●Information
関根桐材店
埼玉県本庄市若泉2-1-14
TEL:0495-22-6127
info@sekinekiriya.com
8:00~20:00 不定休
www.sekinekiriya.com

コーヒキャニスター、米びつはこちらから購入可能です
https://hibi-ki.shop-pro.jp/?pid=151501828

高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。