気がつくと傍らにある「街路樹」や公園の「木」。都市の景観に欠かせない、植えられた木と、その周りを行き交う人、それらを包み込む街の風景を切り取っていく。地元の人間にとっては代わり映えしないと感じる景色でも、よそ者が見るとどんなふうに見えるのか。まずは長野県松本市にある、あがたの森公園内のヒマラヤスギ並木をウォッチしてみよう。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

異国感を醸し出す並木道
外来の木が地元に根付く

巨大なヒマラヤスギに覆われた「あがたの森公園」(長野県松本市)。園内には、重要文化財である旧制松本高等学校の校舎が今も残り、文化会館として市民に親しまれている。当時は珍しかったであろうヒマラヤスギは、2代目校長で植物学者の大渡忠太郎によるキャンパスプランとして1919(大正8)年に植えられたと言われる。学校の敷地の中心を通る並木は約150mに及び、樹齢100年以上のヒマラヤスギがずらりと並ぶ。

太平洋戦争後、学制改革により1950(昭和25)年には信州大学となり、文理学部の校舎として1973(昭和48)年まで使用された。校舎は西洋建築様式を簡略・応用した洋風の木造建築で、明治末期から大正時代前期の代表的な建築例という。

ヒマラヤスギの並木はTVドラマ「白線流し」の通学路としても有名だそうだが、地元の高校生たちもリアルな通学路として利用する光景が印象的だ。まるでかつての学校がまだ続いているかのよう。

ヒマラヤスギはその名のとおり、ヒマラヤ~アフガニスタン原産の木で、明治初期に日本へ渡来した。名前はスギでもマツ科の仲間で(スギはヒノキ科)、日本では街路樹や公園樹、庭木としてよく植えられる。青白い葉と、枝先が垂れ下がった三角形の樹形が特徴的だ。成長スピードが早く、スケール感も大きい。あがたの森公園のヒマラヤスギ並木は、日本の樹木にはないヒマラヤスギ独特の雰囲気と、脇にある木造校舎の西洋風味が相まって、異国の地へ来たような不思議な空間が広がる。

地元に根を下ろした外来の木は、時を経てあたり一面を覆い尽くす巨大な並木となった。地域の人々にとってもはや当たり前の存在、見慣れた風景の一つだ。でも、初めて訪れた者には新鮮に映る。一方で地域の自然の一部になり、どっしりと佇む姿は、まさに地元に“根付いた”並木道だった。

田中 菜月 (たなか・なつき)
取材・記事執筆担当。印刷会社で働いていた数年前、ふと森に関わる仕事がしたいと思い立ち林業の学校へ。それ以来どっぷり森の沼にハマる。もう抜け出せない。伐木作業者特別教育修了/狩猟免許の更新忘れた…/休日はアイドル、キャンプ、純喫茶巡り、読書。
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