“森林ESD”という新しい形の森林環境教育の事例があると聞きつけ、山梨県北杜市を訪れた響hibi-ki編集部。従来行われてきた森林環境教育とどういった点で違うのか、林間学校に密着した1日の様子をお届けします。
“ESD”ってなんですか?
山梨県北杜市高根町清里。都心から2時間半の場所に位置するこの高原リゾート地は、標高約1,100mの涼やかな高地です。調べると1970年代から80年代にかけて多くの人が観光で訪れた「清里ブーム」を巻き起こしたとされていますが、2024年7月下旬に編集部が訪れた清里は、静かに時が流れ、時折爽やかな風が吹き抜ける、穏やかな避暑地といった雰囲気でした。
そんな清里高原は、体験学習のフィールドとして盛んに使われているようで、特に東京都心の学校などが移動教室や林間学校で訪れているようです。学校に関係する施設も数多く立ち並び、マップ上で調べただけでも、目黒区、荒川区、調布市、立川市立の宿泊施設や、明治大学をはじめとする各種大学の研修施設などが見つかります。
今回は、小金井市が実施している林間学校“森林ESDプログラム”について取材します。“ESD”とは「Education for Sustainable Development」の略称で、直訳すると「持続可能な発展のための教育」を意味します。言葉だけでは具体的にイメージしにくいので、今回は実際に行われている林間学校に密着し、これまでの森林教育とどういった点が違っているのかを探ってみたいと思います。現地を案内してくれたのは、今回響hibi-kiに情報提供をくれた木俣さんです。木俣さんは、このプログラムの発起人であり、学校と現地指導者との調整役を務めています。
「東京都小金井市と連携して取り組んでいる移動教室等における“森林ESDプログラム”の大きな特徴は、資金、活動場所、プログラム、指導者などを一体化し、学校が森林体験学習を取り入れやすくなるように“パッケージ化”している点です。従来の森林環境教育の支援策は、個々の学校を対象に、近隣の学校林等を用いた取組で、個々の学校の校長や教員等の熱意に頼ることが多く、継続性が課題となるケースが少なくありませんでした。しかし、“森林ESDプログラム”では、市町村単位で体系的にプログラムを提供することで、より多くの子どもたちに質の高い森林環境教育を提供することを目指しています」
まだ、全貌がつかめない森林ESDですが、話をしているうちに、遠くから子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきました。一体どんな体験が行われているのか、期待が高まります。
体験内容の詳細はその場で決まる!
子どもたちが自分でつくるプログラム
小金井市の全9つの小学校の6年生が参加する、“森林ESDプログラム”の一環として、山梨県で行われた2泊3日の林間学校。その中でも、今回は2日目の森林体験に密着しました。この日は小金井市立前原小学校の6年生約90名が参加し、豊かな自然の中で様々な体験に取り組みます。
生徒は、事前学習で興味を持った探求学習のテーマに基づき、10名程度の9つの班に分かれて活動します。各班は、午前と午後のいずれかで、地元の林業会社である有限会社天女山の指導による「間伐体験」か、公益財団法人キープ協会などの専門家による「探求学習」を行います。各班には指導者及び教員2名以上の大人が付き、安全に、そしてより深く森林体験を楽しめるようサポートします。
開会式を終え、指導者の呼びかけで、各班が集まります。「よし、この班は何をしようか?」、指導者の問いかけに、「葉っぱで何か作りたい!」「木で看板を作りたい!」など、生徒たちからさまざまなアイデアが飛び出します。他の班を見ても、同様の光景が広がっていました。指導者が生徒に何をしたいか聞くところから活動が始まるのです。事前に活動内容が決められていないことに驚いた私は、木俣さんにその理由を尋ねたところ、このように返ってきました。
「森林ESDでは『指導者が用意したプログラムを生徒が体験するだけ』というようなプログラムの作り方をしていません。子どもたちが慣れない森林に親しみ、興味・関心を引き出すための『チューニング』を最初に行った上で、『導入、展開、まとめ』のステップでプログラムを構成します。生徒たちが多様な素材や道具・材料に出会う中で、森の中でやりたいことを自ら考え、自ら実践するという、子どもに主体的な学びを促す探求学習の形式をとっています」
「生徒たちは事前学習であらかじめ森林について学んでおり、各自が決めた「探求テーマ」に基づき班編成がなされます。たとえば、『動物』『モノづくり』『植物調査』といった具合です。こうして出されたテーマに対して指導者は、①前日や当日朝に現地を下見して、森林にどのような”生きた”素材があるかを調べる、➁テーマに合わせた調べ学習や創作活動が行えるような多様な道具や材料を用意しておき、多様な引き出しを用意しておく、③生きた素材と生徒を自然に出会わせ、やりたいことを引き出して実践させる、という3段階でプログラムが進められます」
木俣さんの説明を受け、生徒たちの様子を改めて見渡してみます。先ほどの「看板を作りたい」と言っていた班のところに戻ってみると、その班では、「山の中に転がっている丸太を使って、宿泊している施設に向かうための看板を作ろう!」というアイデアが出ていました。これに対し、指導者は明確な答えではなく、「看板を作るための材料はどこから持ってくるの?」、「葉っぱを使いたいと言っていたけど、どうやって使おうか?」といったように、生徒たちに思考を促すような問いかけを繰り返していました。
その班は最終的に、「山の奥の方に転がっていた丸太を運び、それを加工して看板を作り、葉っぱで飾り付けをしよう」という計画を自分たちで立て、実際に森の中で主体的に作業を開始していました。生徒の要望に対応できるよう、工作道具などはあらかじめ準備しています。こうした指導者の事前準備があるからこそ、生徒は自由な活動ができるのです。
他の班を見ても、そこには生徒の賑やかな歓声が響き渡る、活気あふれる光景が広がっていました。ある班では、小さい網を使って小川で夢中になって水生生物を探し、また別の班では、見つけた葉っぱや木の実を題材に、オリジナルのビンゴカードを作っていました。いずれの班でも、活動のメインは子どもたち。指導者は生徒の後ろをついていき、安全に気を配りながら、活動を優しく後押ししている様子でした。
子どもたちの創造力には驚かされますが、さらに驚いたのは、普段東京で暮らしている生徒たちが、自分たちだけで森を楽しんでいることです。森に入った経験が少ないはずの子どもたちが、短い時間で森の楽しみ方を見つけることができるのはなぜでしょうか。どのような指導が行われているのか、また、指導者をどのように確保しているのか、木俣さんに伺ってみました。
「指導者が生徒に明確な答えを与えるような指導は行わず、代わりに生徒から湧き上がるあらゆる疑問にその場その場でヒントを与えていきます。そのとき指導者に求められるのは、子どもたちから出てくる数多くの探究テーマに対応した現場の森林に関する専門性の高さ、子どもたちがこれまで学校教育で学んできたことへの理解と、探求学習法という教育に関する専門性の高さ。いずれも多様な引き出しが求められ、一朝一夕で身に付くものではないので、2年間かけて“森林ESDインストラクター”の養成を行っています。講義や実習、さらに林間学校でのOJTを通して、子どもたちが主体となる体験活動の指導方法やプログラムデザインを学んでもらいます。この資格を取得した人が、指導者として活躍できるような仕組みになっています」
例えば、指導者の補助員である“森林ESDリーダー”に認定されるには、合計18時間の講義・実習と、実際の教育現場でのOJT研修を受ける必要があります。一見、取得のハードルが非常に高いように感じるかもしれません。しかし、木俣さんは、従来の森林環境教育との違いを強調します。
「これまでの森林環境教育の指導者養成では、学校への出前授業等での活躍を想定しているにも関わらず、学校教育の枠組みや内容までは学べていなかったり、現在の学校教育に求められるアクティブ・ラーニングなどの『主体的・対話的で深い学び』の教育方法を学べていませんでした。その結果、森林・林業に関する知識を一方的に伝えるという教え方が多かったように思います。しかし、森林ESDは、生徒が自ら問いを見つけ、答えを探求する過程を重視する、より深い学びを促す教育です。そのため、指導者にも、養成講座を通して、従来の森林環境教育とは異なる、生徒の主体性を引き出すためのスキルを身につけてもらう必要があったのです」
ここまで見てきて、従来の森林環境教育との違いが少しずつわかってきましたが、生徒が体験するプログラムはこれだけではありません。1日の学習は、自分たちで課題を設定する「探究学習」と、実際に森の手入れを体験する「間伐体験」という2つの柱で構成されています。後編では、間伐体験の様子と、学校関係者の熱い思いに迫ります。
●Information
森林環境譲与税を活用して拡げる「森林環境教育・森林ESD」実践セミナー2024
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