森、林業、木材と結びつきのある全国のイベント情報をお届けする連載。今回は東京都檜原村を拠点に林業や木製品の製造・販売を行う〈東京チェンソーズ〉が開催した、“森のヘンテコ素材”を紹介するツアーの参加レポートです。
“森のヘンテコ素材”に会いに行こう
「この度メディア向けのツアーを企画しました。未利用材(森のヘンテコ素材)の活用を通して、東京の林業を深く知る、という趣旨です」
ある日編集部に届いた1通のメール。送り主は〈東京チェンソーズ〉のコミュニケーション事業部・木田正人さんです。木田さんは“森のヘンテコ素材”を紹介するメールマガジン「まるごとニュースレター」の担当者であり、今回のツアーはその配信100回を記念して開催するとのことで連絡をいただいた。
“ヘンテコ”とは一体なんだろう…。メディアのみを対象とした現地見学ツアーなんて聞いたことがない…。森を取り上げているメディアとして、これは行かざるを得ない!ということで、ツアーへの参加を決意します。いざ、東京の森へ!
岐阜県からの参加となった編集部はツアー前日に立川駅に前泊しました。翌朝、立川駅から青梅線・五日市線に乗車し都心から離れること35分、乗客もまばらになったところで終着駅となる武蔵五日市駅に到着。そこから更に路線バスに乗り換え、目的地である檜原村を目指します。東京都とは思えない山間部を抜けていくバスに揺られること40分。集合場所近くのバス停である「払沢(ほっさわ)の滝入口」に到着します。
この日は11月中旬に入り、ガクンと気温が下がったタイミング。空は雲一つない青空でしたが、日陰に入ると思わず震えてしまう寒さです。しっかりとダウンを羽織り、バス停から徒歩で5分ほどの集合場所、払沢の滝駐車場まで移動します。
ツアーの参加者は私を含めて計8名で、ほとんどは都内から来た大手新聞社の方々です。集合場所で簡単な挨拶を済ませ、いよいよツアーの開始。東京チェンソーズさんのハイエースに乗せてもらい檜原村の山を登っていきます。
檜原村の森はどんな森?
最初に一行が到着したのは東京チェンソーズの社有林です。車を降りて、今回のツアーを開催した経緯やツアーの行程の説明を受けます。
そのまま、「まるごとニュースレター」を担当する東京チェンソーズの執行役員・吉田尚樹さんから、檜原村の森林・林業についての説明が始まります。
「檜原村はいわゆる林業地ではなかったので、昔は燃料として使われていたコナラなどの広葉樹が生えた薪炭林が広がっていたと言われています。ですが、戦後の拡大造林で広葉樹から針葉樹への植え替えが進んでいきました。山を見てもらえるとわかると思いますが、上までビッシリと針葉樹が植えられているわけです。この地域に住んでいた人のエネルギーっていうのを感じてもらえると思います」
続けて吉田さんから、檜原村でも日本全国と同じく木材価格の低下が起きたこと、都市部に人が流出したことによって人と森との関わり方が大きく変わり、結果として放置林(手つかずの森林)が増えてしまったことが語られます。
こうしてできた放置林は過密(ギュウギュウ)状態となり光が入らないため、木が細く育ったり、曲がってしまったりして価値が下がる傾向にあります。仮にこの状態のまま木を切り出して売っても、売上に対してかかる費用が大きくなってしまい、持続的な林業は行えません。この課題に対して東京チェンソーズでは、材の高付加価値化や森林空間の利用など、多様な手法で森林全体の価値を最大化するための取り組みを行っています。
「市場価格でいうと75年生の1本のスギの木で、1万円~1万5千円くらいにしかなっていない。だけどその1本の木を出すのにいくらかかっているか、というとおそらく同じくらい(費用が)かかっている。どう考えても採算が合わない。であれば、今まで使われていなかった部材である枝や葉っぱや根っこなどをどうやったら世の中に流通できるのか考えていこうと。それを『1本まるごと販売』という名前で始めたのが4年くらい前ですかね」
ツアーでは作業道を活用したため山の中を容易に歩いて回ることができましたが、本来の檜原村の山は35~40度の急傾斜が広がっています。必然的に、平地と比較すると林内での作業も多くの労力がかかります。実際に山を案内してもらったことで、簡単には木を切り出せない檜原村だからこそ「1本まるごと販売」という取り組みが生まれたことを実感しました。
次は場所を変えて、本日の主役である「1本まるごと販売」で取り扱っている“森のヘンテコ素材”を見学していきます。
なにに使うかはあなた次第
“森のヘンテコ素材”
社有林から車で5分程度山を登り、檜原村木材産業協同組合が管理する木材の天然乾燥施設に到着します。ここは檜原村では唯一の木材乾燥所で、東京チェンソーズが組合員として利用している場所とのことです。
車を降りてすぐ目に入ってきたのは、直径60㎝を超える大きな丸太や根株など、通常の木材乾燥所ではあまり見かけない商品の数々。その多くは「どうやって使うんだろう…」と思わされるモノばかりです。そういった“森のヘンテコ素材”について、吉田さんに一つずつストーリーを説明してもらいましょう。
「ヘンテコ素材にも大きく2種類あって、実用的なモノもあるし、全然使えないだろう、っていう非実用的なモノもあります。先に実用的なものをご説明すると、こっちのほうにある天板類ですね。今見ていただいているのがスギの120~130年生くらいのものです。青梅で切られた木で、胸高直径でだいたい90㎝くらいあります。基本こういう板モノって帯鋸で製材するんですが、これは大きすぎて製材所の製材機に入りません。なので東京に一人だけいる木挽き職人にチェンソーで割ってもらった木材です」
「あと面白いのはこれかな。イタヤカエデって樹種なんですけど、シミがあるのわかりますか?これは何かっていうと菌が入ってシミになっている。こんな木なぜ並べているんだ、と言われるかもしれないですけど、欧米とかに行くとスポルテッドっていう名前でシミの入った木材にも人気が結構あるんです。今までの価値観だと虫が入ってしまうとチップ材になったり、流通させられないこともあるわけです。でも、こういう素材自体が非常に表情として面白い、新しい価値として見せることができるんじゃないかと思って置いています」
「この子たちは、作業道を掘る工程で出た材料です。道を作るためには、どうしても木を倒してその根っこを掘り起こさなきゃいけない。その根っこの皮を剝くことで、こうして筋肉みたいな表情が出てくるんです。こういう世の中に出ていないけど力強くて美しいものが、ある意味森には捨てられているんだよっていうことですね。今は単純に素材の状態ですけど、デザイナーさんなどの手を介しながら価値を付けていくっていうのができたら面白いんじゃないかっていう、その象徴的なものが根株になります」
乾燥所には他にも、厚木のゴルフ場から切り出された直径60㎝はあるユーカリの大木や、二股のまま捻じれながら育ったサワラなど、ヘンテコな素材が目白押しです。これまで「まるごとニュースレター」ではこうした未利用材=“森のヘンテコ素材”を100個紹介してきましたが、その4分の1くらいは製品として流通していったそうです。
次に、そうして流通したヘンテコ素材が私たちの身近でどう使われているのか、その事例を見ていきます。
“森のヘンテコ素材”の旅の終着点
ツアーの最後に到着したのは「檜原 森のおもちゃ美術館」に併設する「おもちゃ工房」です。東京チェンソーズが借りているという工房の中で、広報を担当している販売事業部・高橋和馬さんからあらためて事業の紹介をしてもらいます。
「通常、山に立っている木を丸太として切り出す場合は、根っこから葉先まですべての部分で考えると、その半分しか木材として活用できていません。そこから製材所で建築用の板などに加工すると、さらに半分の25%くらいしか用材として活用できていない可能性があります。余った材はパルプ用のチップ材として使われたりしていますが、価値が高いかというとそうではない。この現状に対して『使われていなかった部材、あるいは安価な取引しかできていない部材に対して、新たな価値を創造する』というのが「1本まるごと販売」の考え方です」
こうして新しい価値を見出されることになった“森のヘンテコ素材”、実際に街中でどのように活用されているのか教えてもらいましょう。
「これは〈山路哲生建築設計事務所〉さんの麻布十番のカフェで使ってもらっていた素材になります。根っこの使い方が僕らもまだわかっていなかった、始めたての頃にいただいた案件です。もともとこの素材は工房長の関谷が根っこをとりあえず半分にしてみようとチェンソーで縦に切ったもので、その後は倉庫に眠っていた素材でした。設計事務所さんを山にご案内したときに、その根っこの話をしたところ、『めちゃくちゃ面白いね』っていう話になってテーブルの土台として活用したいというお話をいただいたものです」
「あとは、都内のシミュレーションゴルフ場になるんですが、これは『バタ材』というものを使っています。板を製材するときに、端の樹皮がついている部分は要らなくなるので切り取られるのですが、その切り取られてアーチ状になった素材をバタ材と呼んでいます。基本的にはバタ材はキャンプ場で薪にされたりすることが多いのですが、この案件ではバタ材の樹皮の粗さをそのまま活かして、長さだけ揃えて、壁材の装飾として活用した事例になります。今まで燃料としてしか活用されてこなかった素材でも、デザイナーさんが入ってアイデアが生まれてくれば、新しい活用の仕方が生まれてくることを感じた案件になります」
“森のヘンテコ素材”の活用は都内を中心に広がっており、2022年時点で約140社との取引があるようです。こうしたヘンテコ素材の広がりの背景には、表面的な便利さだけを求めて近代社会が発展してきた一方で、しっかり物事の背景を知って消費活動をしたい、という人が一定数現れてきたことが関係しているといいます。
そして最後に、今回メディア向けのツアーを開催したことについて、高橋さんとしての思いを語ってくれました。
「形が歪な木材というのは、加工する際にも危険が伴ったりして難しい部分がありますが、そこに良さがあると思っています。有機的な形をそのまま残すことによってその木が育った環境の話ができたり、その木が育った歴史みたいなお話ができるところが素材の面白さにつながるところです。会社としても木の背景を知りながら商品の製造加工をしているので、そういった情報の発信はしていきたいと思っていますし、僕らが少しでもお話をさせていただくことで、世の中の山への価値観が変わる火種になれば、ということを考えて事業を行っています」
今回のツアーでは山の持つポテンシャルの高さ、そしてその価値というものは、活かし方、アイデア次第でどこまでも高められるということが分かりました。今まで捨てられていた木の根っこにも価値が付くように、知られざる森林の魅力が掘り起こされていけば、業界が更に盛り上がっていくことでしょう。私も森林の最前線を追うメディアの一員として、全国の革新的な取り組みを探し続けることを人知れず誓うのでした。
●imformation
株式会社 東京チェンソーズ
〒190-0214 東京都西多摩郡檜原村654番地
https://tokyo-chainsaws.jp/