ヒビキツアーズ 番外編 #1
Special Issue 2
ぎふ木遊館の木が届くまで
2023.2.23
古くから森林とともに生きてきた文化が今も根付く岐阜県。街で暮らす人が多くなった現在でも、見えないところで森や木が暮らしを支え続けています。そうした岐阜の森と木をめぐる旅へ出かけてみましょう。

岐阜県の木育拠点である「ぎふ木遊館」は、岐阜県産の木をふんだんに使った建物と100種類以上の木のおもちゃがそろう、木に囲まれた空間です。施設内にある木々はどれも同じように見えますが、一つずつに知られざる物語が秘められています。建物の背景を探るとともに、実際に産地を訪ねて、ある積み木ができあがるまでのストーリーに迫ってみます。

写真:田ノ岡 宏明/文:田中 菜月

ぎふ木遊館は
こうして生まれた

森と木からの学びを深める「ぎふ木育」の拠点として、2020年7月にオープンしたのが「ぎふ木遊館」です。木遊館といえば、木のおもちゃで遊べる場所というイメージが強いかもしれません。ですが、それだけに留まらない点に同館の特徴があります。

写真提供:ぎふ木遊館

それは建築と、そこから生まれる空間です。

建築全体のコンセプトは「飛山濃水」(ひざんのうすい)。岐阜出身者であれば、子どものころに学校でこの言葉を習った方もいるでしょう。飛騨の山々から濃尾平野を流れる川まで水を介してつながっている岐阜県の自然を建物で表現しています。

編集部撮影

館内中央の広場は平野部を表し、広場に接する階段は木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)をイメージしたゆるやかな曲線になっています。階段を上がると白川郷の合掌造りをモチーフにした木製遊具が据えてあり、その奥の壁側上部には北アルプスの山並みを想起させる内装が施されています。北アルプスのあたりには県鳥であるライチョウが佇んでいるとかいないとか。ぜひ探してみてください。

こうしたデザイン面に加えて、建物に使われている素材も注目ポイントです。というのも、岐阜の山々で育った木が多く使われているからです。建物を支える構造材は98%が岐阜県産材だと言います。

例えば、格子状の梁は高山市荘川にある国有林で育ったカラマツの木が使われています。寸法の小さい材を接着させた集成材に加工することで、大きな構造を支えられるようになっています。この加工は七宗町に工場があるセブン工業株式会社とその協力工場が担当したものです。セブン工業は大きな建物の構造材の製造を得意としていて、これまでに学校の校舎や体育館などの施工も行ってきました。さまざまな建築工法に取り組んできた経験と技術が木遊館の構造にも詰まっています。

他にも、木育ひろばのフローリングは下呂市に工場がある桑原木材株式会社で製材・乾燥した岐阜県産ヒノキを使用しています。寺社仏閣の改修に使う木材なども製造している桑原木材では、木を知り尽くした職人たちによって丸太の仕入れから製材、家づくりまでを一貫して行っており、そうしたノウハウが木遊館にも活かされています。

2歳未満児の専用スペース「赤ちゃんひろば」。写真提供:ぎふ木遊館

赤ちゃんひろばのフローリングには、ヒノキよりも柔らかく温かみのあるスギ(岐阜県産)が使われています。製材・乾燥を担ったのは丸七ヒダ川ウッド株式会社(七宗町)です。木材の目利きによって一つひとつ丁寧に製材された床板には、製材に特化した同社ならではの技術が凝縮されています。

これだけ山に囲まれていれば地元の木を使うのは当たり前のように感じるかもしれません。しかし、これが意外と難しいのです。そもそも森林には所有者がいます。所有者自身が山を手入れし、木の伐採や運び出しをすることもありますが、実際はその役割の多くを森林組合や林業会社などが代わりに担っています。

そして、山から運ばれてきた丸太は製材会社や木材加工会社などに運び込まれ、乾燥と加工の工程に入ります。製材機で柱や梁などに加工し、乾燥機で木を乾かす場合もあれば、屋外でじっくり木を天日干しする方法もあります。乾燥が終わればモルダーなどの機械で木の表面をなめらかに仕上げて寸法を整え、ようやく建築材料として使えるようになります。得意分野が異なる多様なプレイヤーが連携するからこそ実現できることです。こうして岐阜で生まれ育った木々は、県内の林業・木材産業で働く人たちの手を経て、建物へと姿を変えているのでした。

県内各地でつくる
ぎふの木のおもちゃ

木遊館の建物と同じように、館内のおもちゃには岐阜県産の木が使われ、県内各地の木工職人によってつくられたものが多くあります。数ある中から人気のおもちゃを3つピックアップして、それぞれのおもちゃについて詳しく見てみましょう。

「TSUMIBOBO」。編集部撮影

高山市の白百合工房でつくられている「TSUMIBOBO」は、飛騨高山の土産物として有名な“さるぼぼ”をモチーフにした積み木です。森林率92%を誇る高山市の豊かな資源を活用しようと、頭の部分には飛騨高山のカエデの木が使われています。胴体の部分には東濃のスギを使って重さの違いをつくり、積み重ねる難しさをあえてつくっているそうです。木遊館では過去に、積み上げた高さを競う「つみぼぼ選手権」が開催されました。どんな積み方ならより高く重ねられるか、ぜひトライしてみてください。

「まあるいつみき」。編集部撮影

「まあるいつみき」は、郡上市にある郡上割り箸が製作しています。なんといっても特徴的なのは、16種類の木が使われていて、かつ産地はすべて県内という岐阜づくしな点です。一般的にはあまり流通していないキハダやハリギリなどの木も含まれていて、担当者曰く「材料を集めてくるだけでも難しい」のだそうです。種類豊富な岐阜の森林に少しでも触れてほしいという作り手の思いが込められています。

積み木1つずつの樹種はバラバラなので色味の違いは一目で分かるでしょう。実際に持ち比べてみると樹種による重さの違いもよく分かります。肌触りや音の鳴り方の違いなど、木の個性を感じられる積み木です。

「つみマスくみマス」。編集部撮影

建築材や桝を製造する株式会社トーホーが手がける「つみマスくみマス」は、東濃ヒノキでつくられています。東濃ヒノキといえば伊勢神宮の式年遷宮材として使われてきた歴史があるように、東濃エリアは優良材を出してきた地域です。そうした地域を代表する素材を使い、同社では桝づくりも行ってきました。

つみマスくみマスには、この伝統的な桝の加工技術が活かされているため、独特な凹凸の形になっています。凹凸を組み合わせてブロックのように遊べるため、他の積み木にはない楽しみ方が生まれます。

3つともジャンルとしては同じ積み木ですが、見た目はもちろん、つくられている地域の背景や使われている樹種はまったく異なります。各地でこれまで蓄積されてきた木の地場産業や伝統工芸品がある岐阜県だからこそ、今を生きる作り手たちがそれぞれの思いを込めた、多彩なストーリーのおもちゃが新たに生まれています。

職人がバトンをつないだ
「からからつみき」

木遊館に新たに登場した「からからつみき」も、木の伐採から加工まですべて県内で行われている木のおもちゃです。でも、これはちょっと物語が異なります。からからつみき自体は宮崎県のある“かまぼこ板工場”から生まれました。

開発したのは、boofoowooの代表・本田祥二さんです。妻の実家であるかまぼこ板工場で大量に廃棄される杉板を目の当たりにしたことがきっかけだったと言います。かまぼこ板は食品に使われることもあり、製造の基準が厳しく、小さな節穴や傷があるだけでも不良品としてはじかれてしまうそうです。かまぼこ板としては使えなくても、別の使い道であれば杉板は十分に活かすことができます。

そこで積み木としての活路を見出し、かまぼこ板を遊び場に持って行ったという本田さん。子どもたちが自由に遊び出す姿や、「板をわけてほしい」という親御さんたちの声を受け、「からからつみき」が誕生しました。

写真提供:boofoowoo

からからつみきは、板を積み重ねることでお城やタワー、蒸気機関車など色々な形をつくることができます。シンプルなつくりだからこそ、発想次第で新しい遊び方を生み出せるのが特徴です。本田さんも「子どもたちから学ぶことのほうが多いです」というように、子どもたちの創造性を引き出す力がからからつみきにはあるのかもしれません。

そして、宮崎県のスギ以外でつくるのは「ぎふの木からからつみき」が初めてです。種類はスギとヒノキの2つ。スギは飛騨高山から、ヒノキは加子母(かしも)から届きました。この2つのうち、東濃ヒノキの産地である加子母にクローズアップして、からからつみきができあがるまでのストーリーを取材してきました。

岐阜県中津川市の北部に位置し、長野県王滝村に隣接する加子母。

「ぎふの木からからつみき」(ヒノキ)の作り手は加子母森林組合です。この森林組合では、山で木を伐採したり苗を植えたりする林業と、家具などをつくる木工の大きく2つの仕事を行っています。木工を行う森林組合は全国でも珍しい存在です。そんな加子母森林組合で働くそれぞれの現場リーダーに、普段の仕事の様子やどんな思いで働いているのか話を聞かせてもらいました。

伐採現場のリーダーを務める曽我憲太さん。中津川市出身。

木を使うためにはなんといってもまず、山から木を伐り出してくることが必要です。この作業を担っているのが同組合で「グリーンキーパー」と呼ばれる6人の森林技術者たちです。通常は2人1組の3班に分かれて、各現場で伐採などの作業をしています。このグリーンキーパーをまとめているのが、曽我憲太さんです。

伐り頃と言われる樹齢60年ほどのヒノキ林。

この日の現場は、木を間伐し、組合の木材市場へ丸太を運び出す作業をしているところでした。現地へ行くと、歩くだけでもすべり落ちそうな急斜面です。こんなところで伐採をしているのかと驚かされます。

曽我さんが加子母森林組合で働き始めたのは約17年前の29歳のときでした。もともと木材や環境問題に関心があったという曽我さんは、たまたま森林組合の求人を見つけて林業の仕事に惹かれたと言います。「幼い頃に実家の山で家族と一緒に枝打ちなどをした原体験が今の仕事につながっているのかもしれません」と曽我さんがいうように、子どものときの経験は大人になっても心に残るものなのでしょう。

伐採した木の長さを測り、曲がりなどを確認する曽我さん。チェーンソーで枝を払い落し、4mずつの長さに切り分ける。

林業の現場は山の中です。そのため、働く人の姿を見る機会はなかなかありません。そんな林業について、からからつみきを使う人たちにぜひ伝えたいことがあると曽我さんが話してくれました。

「木を伐ることは悪いことじゃないよっていうことを知ってほしいですね。もちろん、無計画に大量伐採するのは良くないと思います。でも、伐ったあとに苗を植えればまた木が生えてくる。すごい資源ですよね。資源が限られる日本で、再生産できる木はすごく貴重だと思う。だからこそ、木を伐って、使って、苗を植えて育てるサイクルを回していくことが大事なんですよね」

加子母森林組合で木工を続けて25年以上になるという伊佐治文人さん。

続いて話を伺ったのは、5人の木工職人をまとめる伊佐治文人さんです。普段はオーダーメイドで木のものづくりをしていると言います。住宅や店舗、学校などの公共施設で使う家具をはじめ、おもちゃや雑貨など製作物は多彩です。

木のものづくりにおいて、「手に取る人が使いやすいように、ということを意識してつくっています。おもちゃの場合だったら、触ったときに痛くないように角を削って面を取ったりしていますね」と話す伊佐治さん。しかし、からからつみきの場合は少し違うそうです。

「からからつみきは面を取っていません。遊ぶうちに角が取れていくという考えなので、すごくシンプルなつくりです」

加子母森林組合でつくられた「ぎふの木からからつみき」のピース。

遊ぶうちに少しずつ角が取れていく変化を体感するのも、からからつみきの楽しみ方の一つです。角が残っていることで、手に持ったときに感覚がより刺激されます。

「木の種類によって手触り、重さ、硬さ、香りが全然変わってくるものです。日頃仕事をしていても、木によって削り方や切り方が変わります。そのあたりは完成品だけ見るとわからないと思うんですけど。そうした木の違いに気付いてくれるとうれしいですね」

この木は木工職人にはこんなふうに見えているのかな?と想像してみると、また違った木の一面が見えてくるでしょう。もしくは、自分が木を伐採する人になったつもりで、伐採される前の木の姿を想像してみると、木の見え方が変わってくるものです。

ぎふ木遊館の建物や木のおもちゃたちは、多様な地域の歴史や文化、産業、担い手の存在によってつくられていることが見えてきました。そうしたストーリーの積み重ねによって木遊館が形づくられています。

1
どうなってる?岐阜の森の今
3
子どもも大人も健やかにする木のチカラ
4
木のある暮らしのはじめ方
田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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